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紅梅礼讃

作者: 貝瀬多聞

 雪のちらちらとみえる頃、うちの梅は咲きました。去年に買った苗木です。花を見たのは初めてです。きれいに咲いて良かったと思います。

「咲かなくてはいけなかったの?」

 とんでもない。もし咲かなくても私は面倒を見ていたでしょう、本当に。私は一年水をやり、肥料をやり、確かに育てました。それでも人でなしだと思いますか。許してください。梅のつぼみが枝につき、冷たい風に晒され、どれほど私が心配したか。私に会ってくれませんか。十年も年を取ったとあなたは言った。変わらずあなたは美しい。これが償いの痛みなのですか。あなたは美しい。どれほど言葉を尽くしても足りない。尊敬しているのです。そう笑わないでください。悲しく目を伏せないでください。年がどうだというのです。あなたの行いが私を導いたのですから。


 それでもあなたは否定する。あなたは善良だ。そして賢い。私を信頼していない。あなたが朗らかに笑うほど、私は謝罪の言葉を思い浮かべる。あなたを傷付けたこと、生意気な言葉を使ったこと、底意地の悪さで手を焼かせたこと、職業上の名誉を貶めたこと、貴重な時間を損なわせたこと、すべてを謝ります。だから、あなたは美しいと言わせてください。独善的でしょうか。あなたの人生がどんなものであれ、私には素晴らしいものであると見えるのです。祝福されたものであれ、そう心から思えるのです。あなたは気にしていないという。あなたが元気でよかったという。そんな明るさを痛みに耐えて表明している。私は未だに甘えている。けじめを付けていない。どうすれば始末を付けられるのですか。罰が降るべきです。あなたは美しい。軽々しくもキレイだとのたまった私を罰してください。いまだに人生を知らない、私の失礼な言い分を怒ってください。しかし、あなたは望まない。私が自らを罰することをあなたは欲しない。私はどうすれば良いのですか。これを聞くことがあなたの心中に踏み入る行為になってしまう。どうすれば──ただできることはあなたを肯定すること。あなたの知らないところで、私は梅を育てるでしょう。花の咲くころにあなたを思い出し、真っ赤な色合いに感情を静めるのです。


 二十代の終わりと共に、私は多くのものを手放していった。皆もそうしたのだろう。SNSでは華やかな日々が綴られ、お金は溢れるように世間を回っているらしい。私のところには一向にこない。今日も夜十時まで外で働いて、惣菜の弁当を食べて寝る。日々、若さが薄れ可能性を失ってゆく。仕事のために趣味を捨て、知人とは離れ離れになった。どんな大事なものでも生活のために切り捨てて前へ進んだ。かつてはあんなに楽しんでいたのに。鏡を見るたびに自分が別人になったようで怖かった。覚悟が足りなかったのだろうか。十代、二十代を振り返って思う。楽しかったという思いと、このツケを払っているという感覚が走る。知らないだけで幸せだった。もはや羨ましく思う。だからと言って人に慰めてほしいとは思わない。仕事に尽くして、恥ずかしくない行いをしてきたつもりだった。ただ甘えと愚かさが私を苦しめ、終わりの無い仕事の繰り返しが人生を終えるときまで続くというだけなのだが。


 あなたを肯定したい。あなたに明るく笑ってほしい。悲しい笑みはやめてください。本当に、まっすぐ笑ってほしいのです。私が幼稚なのでしょうか。人生を重ねたこと、あなたの仕事が素晴らしいもので感謝されるべきであると、本当に言いたいのです。どうすれば、私では答えに手が届かない。悲しい。あなたのために小説を書きましょう。結局、道具には使い道があり、過ちを重ねなければ愛にはたどり着けないのですから。


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