絡まる思惑 03
コレールから侯爵家の屋敷がある領都レーネ市までは、行きと同じように汽車を使って戻る事になった。
「少しでも傷口に障るようなら教えて下さい」
アリスティードはネージュにそう声を掛けると、彼女を席まで誘導して座らせた。自身はその向かい側に腰掛ける。
往路と同じ個室席だが、ジャンヌが姿を消したので二人きりだ。かなり気まずい。
ネージュが謝罪を受け入れてくれたのは、アリスティードがマルセルの孫だからだ。
それを忘れてはいけないと、アリスティードは自分に言い聞かせた。
その後の話し合いで、屋敷に帰ったら、ネージュは女主人の部屋に戻ってくる事になっている。
ジャンヌによる改装工事が始まる前だったのは不幸中の幸いで、今頃連絡を受けた屋敷の使用人が、部屋を整えているはずだ。
それはいい。問題は夫婦の寝室である。
ネージュの怪我の完治を待って、そちらも使うことになったのだ。
話し合いの時の彼女の発言を思い出し、アリスティードはこっそりとため息をついた。
『レーネ侯爵家には後継者が必要です。それも、可能であればアリス様の血を引く子供が。……あなたに触れられるのは嫌ではありませんので、試してみませんか?』
淡々と告げられ、アリスティードは衝撃を受けた。
『私の体には傷がありますので……もしご覧になって夫婦生活が難しいと感じられたら遠慮なく仰って下さい。その時は別の女性に後継者を産んで頂くか養子を取るか……何か考えなくてはいけませんね』
レーネ侯爵家のためなら、好きでもない男と体を重ねても構わない。消えない傷痕があるから女としての価値が低い。
――彼女の発言からは読み取れたのはそんな意図である。
慌てて否定し、傷なんて気にしていないし、ネージュに女性としての魅力を感じている事を伝えたものの、今一つ伝わっていない気がする。
どうすれば目の前の女性の自己評価の低さを覆しつつ、自分の過ちを償えるのかが分からなくて、アリスティードは途方に暮れていた。
「――今回は残念でしたね」
ネージュに話し掛けられ、アリスティードは思考の中から現実に引き戻された。
「ルネ様とコレット様の所に行けませんでした」
彼女の口から飛び出してきたのは、母方の祖父母の名前だ。
今回の視察では、最終日に彼らの眠る墓所に向かう予定だった。
「状況が状況なので、二人ともわかってくれると思いますよ。生きている人間の方が大切ですから」
「でも……」
アリスティードの発言を聞いてもなお、ネージュは浮かない顔をしていた。
何故、常に無表情で、何を考えているかわからないと思い込んでいたのだろう。
よく見ると、ネージュの表情はわずかながらも変化している。
これまで色眼鏡で判断し、ちゃんと彼女を見ていなかったから気付かなかっただけだ。
「お気持ちだけでありがたいです」
アリスティードは心の中で恥じ入りながら、ネージュに向かって微笑んだ。
少し短いので夜にもう一話更新します




