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美桜という人物

 朝食を済まし美桜の部屋に戻ったカノンは、これからどうしようかと勉強机に備えている椅子に腰かけ、机に向かった。


 机の上には見覚えのある本の背表紙が目に入った。

 昨日カノンが手に持っていたおまじないの本だ。


 その本を手に取りページを開いていると紙の束が挟まっていた。

 その紙を広げてみると美桜の自伝が書かれていた。

 カノンは躊躇いながらも美桜の自伝を読み始めた。


***


 普通の家庭に生まれた勉強が好きで少し内気な高校生、一ノ瀬 美桜。

 父は料理上手のサラリーマン。

 母はフリーのイラストレーター。

 そして4つ上の大学生の兄がいる。

 好きなものや興味があるものはとことん調べたり、技術として身に着けるところがある。


 それ故に学年での成績は常にトップであり、美術や調理実習など人並み以上に技術として身に着けている反面、運動に関しては努力をしても向いていないのか、伸びる気配がない。


 彼女の性格や物事にのめりこむ様子を見ている同級生たちからは、理解もあり友達もそれなりにいる。


 だが、大学生の優秀な兄の影響で家庭では少し違う。

 兄は幼少のころから遊んでばかりいるのに成績がトップなのだ。

 本人曰く「授業を受けていれば余裕だ」というのだ。


 それも一つの才能かもしれないが、兄の場合、性格にも少し問題がある。

 いつ頃だったか学校や家で自分の才能をひけらかしたり、努力している人を小ばかにするようになった。


 両親が何度兄と話をしても直る気配がなく、次第に諦めた。


 美桜に関しても例外ではない。


 高校受験の時期はさすがに何も言っては来なかったが、中学・高校にわたり美桜が何かしらに興味を持ち勉強したり技術を身に着けることに対して「勉強したってどうせ俺みたいに成績が良くなるわけでもないのにやめとけよ」「そんな技術持ったって何の役に立つんだよ、そんな技術で世の中渡り歩けるほど簡単じゃねえよ」等とやる前から諦めにかかるような言葉を投げかけてくる。


 最初こそ両親が止めに入ったがキリがなくなり次第に止めに入るのも辞めた。


 美桜も内気な性格ではあるが負けじと反論を試みたが、おどおどした様子なので反論の意味をなさない。


 何を言っても話にならない兄を次第に無視し始めた。


 家族の問題なのに、見て見ぬふりをし始める両親とも距離を取り始めた。

 美桜と家族がこうして距離が離れていく一方で兄と両親は以前にも増して仲良くなっていった。


 きっかけは兄が両親の望む一流大学に一発合格したことだ。


 また兄は、学校や美桜には横柄な態度だが両親の期待には難なく応えるほど態度が少し違う。

 親の言うことを聞かない時は美桜に関することだけなので「親の期待に応える分には問題ない」と両親は判断し兄を甘やかし始める。


 美桜もそれなりに両親の期待に応えてきたのだが兄と比べられ、「そんなもんか」と知識や技術を認めてもらえなかった。


 勉強ができれば兄に認めて褒めてもらえる、もしかしたら一緒に勉強もできるかもしれない、美術ができれば母の仕事のイラストレーターのお手伝いができるかもしれない、料理ができれば父と一緒に台所に立てるかもしれない。


 そんな思いで日々頑張ってきたのが認めてもらえず自分は一ノ瀬家の一員ではないような虚無感をだんだんと覚え始め、誰に聞こえるわけでもない声で「人生つまらない」そう呟く。


 17歳になった今も相変わらず家族とは距離があるままだ。


 今では家で家族と過ごすより図書館や古本屋にいる時間のほうが長い。

読んでいる本の中には異世界ものや恋愛もの、歴史や神話などあらゆるジャンルがあった。


 多くの本を読んでいるうちに貴族に関する物語が好きになった美桜は貴族について調べた。


 言葉遣いやテーブルマナーを身に着けたり、動画を見ながらダンスのステップをぎこちないながらもやってみたりドレスやアクセサリーといった装飾品を雑誌を見ながら真似て描いてみた。


 そういった時間が何よりも楽しく美桜の心を満たしていった。


 そんなある日の休日、いつも通り古本屋に行き好きなジャンルのものを3冊ほど購入を済ませる。


 すると、店主から「嬢ちゃんみたいな若い子がこんな小さい古本屋にいつも来てくれてありがとうね。だが、もう時代に合わなくて店仕舞いをすることになったんだよ。これは閉店サービスってことでもらってくれないか。中身は嬢ちゃんの好きそうな内容ばかりだから家に帰ってのお楽しみだ」とウインクしがちにもう3冊ほど譲ってくれた。


 美桜は申し訳ないという気持ちもあったが好きな本をタダでもらえるなんてラッキーだと思い、店主の気持ちに甘えることにした。


「ありがとうございます! たくさんの本と出合えて嬉しかったです。お世話になりました!」


 と、気持ちが高ぶってお礼とその場にあっているかどうかわからない言葉を店主に伝えた。

 店主は嬉しそうに、けど少し寂しそうに頷いていた。


 古本屋を出た美桜は幾年かぶりに軽い足取りで家に向かっていた。

 今日買った本と頂いた本、どちらから読もうか頭の中はその事でいっぱいだった。


 家に着いた美桜はさっそく買った本と譲り受けた本を広げてみた。

 その中にタイトルもなく作者名もない古びた本が目に入る。

 中身が気になり開いてみると外国の文字が並んでいる。


 幸い、外国語は勉強のおかげで読める程度まで取得していたのでわかる単語を拾っていき読み解いていく。

 どうやら内容はおまじないのようだ。


 薄い本だが種類は豊富のようで、その中でも美桜の目に留まったのが『人生一番つまらないときに唱えるだけで奇跡が起きる』という内容のものだった。


 おまじないで今のつまらない現状がどうにかなるわけではないと、頭ではわかってはいるが心のどこかでは期待をしてしまう。


 葛藤の末に唱えるだけでいいというのなら、物は試しということでおまじないをしてみることにした。


 その前にこうして自伝を書き残しておこうとペンを走らせたのだった。

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