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カノンという人物

 使用人の手を借りて身支度を整えた美桜は、使用人の案内で食堂で朝食を採っていた。


「(若い使用人さんは普通に接してくれるけど、ご年配の使用人さんはカノンさんに対する態度が少し冷たい気がするのはなぜでしょう)」


 美桜は心に引っかかる気持ちはあるが、それは後で考えることにして、朝食を早々に済ませて部屋に戻ることにした。


「よし、まずは状況の整理をしましょう……。

会話は……先ほど出来ていたので、大丈夫として……文字は……」


 読み書きのほうは部屋にあった本やペンで試してみた。


「文字も……読み書きできます……。

どうして……」


 いろいろ考えてみた結果、一つの考察が生まれた。

 長年使っている言葉や文字の読み書きは、その人自身の身についているものだから癖のようなもので、自然と出来てしまっているのではないかということだ。


 だがそれ以外の知識や技術、記憶、考えは美桜のままだ。

 おおむね整理できたところでさっきの紙の束を一枚ずつ読んでいく。


 その内容はカノンの自伝だった。

 美桜は最初読むことに躊躇ったが、読み進めてみることにした。


***


 アルストロメリア王国の侯爵令嬢であるカノン・グレイス・フローライト。


 彼女はフローライト家の末娘として生まれ、令嬢として必要な教養をそつ無くやり遂げる。

 だがそれは彼女自身の負けず嫌いの性格故に妥協を許さず、誰が見ても納得のいくよう影で予習・復習をし完璧になるよう仕上げていた。


 そんな彼女の努力を知らない家族や他の貴族からは、末娘と言う生い立ちや失敗のない完璧な令嬢と言う理由で彼女を必要以上に甘やかす。

 日頃から人に囲まれ華やかな生活の中で何不自由ない生活。


 傍から見ればどこに不満があるのだと思うかもしれないが、自分で手に入れた地位でもなければ、自分から習いたいと言ったわけでもない。


 親が決めた道を当たり前のように進んでいて、まるで自分の意思はそこにないような気がして今の生活や周囲の対応、自分の日頃の振る舞いにさえも「つまらない」そう呟くようになった。


「さすがカノン様。

何を教えても一度で完璧にこなすのですから、もうこれ以上私がお教えできるものはありませんわ。

このような逸材のお嬢様を持って旦那様は鼻が高いですわね」


 家庭教師もこのような調子で褒め称える。


「さすがは私の娘だ。

何をさせても完璧だ。

これで社交界に出るとなれば他の貴族達が黙っていないだろう。

ましてや容姿も申し分ないのだ。


私はとても鼻が高いぞ。

褒美に欲しいものを何でも買おう。

ドレスでもアクセサリーでも何でもよいぞ」


 父も日頃からこの調子だ。


 こんな環境が続き、気がつけば17歳。

幼少のころは良くてもさすがにこうも甘やかされ続ければうんざりする。


「いい加減、年を考えて甘やかすのはやめてもらえないかしら」


 ため息交じりに呟くカノンは他の令嬢とは少しずれていた。


 このように甘やかされれば我が儘で自己中心的な振る舞いをしてしまうだろう。

だが当の本人はドレスやアクセサリー、社交界と言う令嬢達が興味津々なものには目もくれず、古代の歴史や政治、法に関するものに心を奪われていたのだ。


 そのことを父に話してみたら令嬢らしくないと一蹴された。


「『女は政治にかかわるな』なんて考えが古いわ。

女だろうが男だろうが、国をよくしていこうとする気持ちを持つもの達で協力していけば、良い政策が行えるはずなのに。

お父様のわからずや。

いいわ、それなら私が社交界で他の貴族たちに直接掛け合ってみるしかないわ」


 そう意気込むカノンだった。


 とある社交界の日、挨拶回りをしながらカノンは貴族達の国の情勢に関する話を聞きながら、それとなく自分の意見を伝えてみた。


 だが女が口を出すものではないと、多方面から言われて相手にされなかった。

 表向きは女だからと一蹴してはいるが、内心は努力の知らない令嬢の戯言などと言うものが多い。


 社交界とは煌びやかな所ではあるが怖いところでもあるのだ。


 貴族同士の駆け引きや交渉の場が多く、また、嘘か誠かわからないうわさも飛び交う場。

 カノンの才や家柄をよく思わない者たちの口から、社交界でのことが広まりはじめ、あることないこと言われるようになっていった。


 そんな状況を知っていてもなお、カノンはあきらめず、政策に関する提案や意見を彼女なりに伝えていたのだが、もはや誰も聞く耳を持たず、育ちのせいで我が儘な事を言っているなどと吹聴された。


 いつしか彼女は一人だった。


 母は早くに他界しており、兄姉は出家している為カノンを庇うものはいない。


 あんなに甘かった父でさえ冷ややかな目で見るようになっており、使用人たちも必要最低限カノンに関わろうとしない。


「あんなにも皆、鬱陶しいくらい甘やかしてきたのに令嬢らしくないからって一瞬で離れてしまうなんてしょうもない人達。

何がいけなかったのかしら。


政治に口を挟んだから?

おしゃれに興味がないから?

おしゃれは程々にたしなんでたはず。


ほんとは努力してるとこを見せるべきだったかしら。

いいえ、侯爵令嬢たるもの皆のお手本になるべく努力は影で、完璧を表に出すべきよ。

本当に、人生つまらないわ」


 ため息を交え自分なりに原因を考えるカノン。

 思い当る節はあるものの、負けず嫌いな性格が出かかった考えを心の奥に押し込んだ。


 気力を無くした今は、社交界やお茶会に顔も出さず、令嬢としての振る舞いや家の事などどうでもよく、自室と書庫を行き来する生活になっていった。


 そんな生活が数日続いたころ、カノンは自室で書庫から持ってきた古い本を読もうと一冊手に取る。


 その本の見た目は少しよれて古びた茶色の薄い本。


 作者や題名が書かれておらず、中を開けば古い文字で書かれている。

 カノンは歴史が好きで古い文字も読み書きできるように勉強していたこともあり、古い文字でかかれたその本を難なく読めた。


 どうやらおまじないの本のようだ。


 カノンが一番興味をひかれたのは『人生一番つまらないときに唱えると奇跡が起きる』という内容のものだ。


「おまじないなんて」とらしくないと思いながらも読みふける。


「本当に奇跡が起きて何かが変わるのなら」


 そんな思いでカノンはおまじないを試みる事を決意をする。


 その前にこうして自分の事を何枚にもわたり書き記し、奇跡が起きた後も日記として書き記そうとペンを走らせるのだった。

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