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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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地割れ

 整備された道が突然なくなった。馬車を降りて先を見ると、地割れが足元から起点となり枝分かれを増やして先へ続いている。向こう側へ行けば行くほど、かなり大きく地面が割れていて隆起した土の断面が遠くからでも確認できた。

 この先には村が一つあったはずだが無事かどうかは現状不明だ。地図を片手にロッソは唸った。

「これはかなりの回り道が必要ですが、幸いザクセン侯爵の住むシュトロウムの街の近くまで来ています。他の道を探しながら進みましょう」

「この地割れ、なんとかならないものか」

「ヴァレンティーナ様、自然現象ですから私達人間の手に負えるものではないですよ」

「お嬢様、マリー。先ほどの分かれ道に戻って反対側の道を行きましょう」

 ロッソに促され、ヴァレンティーナは地面に這う地割れの黒い影に最後まで視線を送りながら馬車に乗り込んだ。

 ヴァレンティーナ、マリー、ロッソの三人は王都ブリュックを二日前に出発し、今日中にザクセン侯爵の屋敷を訪問する予定になっていた。早馬で駆ければ一日で着く距離だが、テオドールから止められた。

「王太子殿下の名代として赴くのだから、王家の馬車に乗って行け、か。そんな悠長なこと言っている場合なのか?」

 ヴァレンティーナは低い声で呟いた。馬車に乗ってはいるものの、ヴァレンティーナの格好はアルナダからブリュックへ向かうのと同じシャツにズボンを履き、上から外套を羽織っていた。道中はそれでいいが、ザクセン侯爵に会う前に着替えをすること、とテオドールから約束させられていた。

 ザクセン侯爵の妻、ハンナは土の精霊王から加護を受けており、その証として琥珀の宝石をはめ込んだブレスレットをしていたという。先日、城にもたらされた知らせはそのブレスレットに入っていた石の輝きが消え、手首の鎖が切れてしまったというものだ。当主が次代に移るとき、そのブレスも共に引き継がれていくものなのでこのような事態は初めてだった。

 城への知らせはもう一つ。ザクセン領内で地震が頻発しているというものだった。最初は小さい揺れで頻度も多くはなかった。それがブレスレットが失われた途端、大きな揺れが起こったという。

「領内の人達は無事なのだろうか」

「救援を求める内容じゃなかったから、今のところは大丈夫だろうって殿下は仰っていましたけど。次に地震が来たらどうなるか分からないですよね」

 マリーは広大に広がる麦畑を見ながら腕を摩った。

「それにしても、次期当主はブリュック校にいなかったんですね」

「今年十九歳になられるそうだから、いたらおかしい」

 ザクセン領から来たのはその妹だという。付き添いという名目で次期当主は城に赴いたらしい。

「四大侯爵家と王の会議があったらしいですね。アルナダ抜きで」

「それは父上が出席を断ったに決まっている。精霊とは馴染みがないし、面倒くさかったのだろ」

 ブリュック校へ入学するという名目に、各侯爵家の代表が集まり城で秘密裏に会議が行われたという。しかし前例もなく、頼りになりそうな文献もインク塗れで使い物にならず、解決策が出なかった。最後の望みの綱というわけでヴァレンティーナ達は城に呼ばれたという訳だった。

「それにしてもヴァレンティーナ様が引き受けられるとは思いませんでした。てっきり……」

「最初は断る気だった。もし精霊がいなくなったら、アルナダが謀反を起こすと疑われているのかと思ったからな。それは違ったようだし、彼も困っている様子だったから……」

「テオドール殿下がお困りだったからお引き受けしたのですか?」

「そうだな。彼は私にとって……」

 言いかけたところで、馬の嘶きが聞こえた。

「お嬢様! 早く馬車から降りてください!」

 ロッソの怒鳴り声とともに扉が開いた。馬車を引いていた馬は前足をあげたり後ろ足を蹴りあげたりして暴れている。馬車が引きずられて横転する前に、二人はなんとか馬車を降りた。馬二頭は馬車を引きずったまま道を外れて何処かへ走り去ってしまった。

「申し訳ありません、お嬢様。突然馬が暴れて」

 ヴァレンティーナは、父の言葉を突然思い出す。


 動物は、人間よりも危険を察知する能力が優れているからいつもと違うことが起きたら、注意しなければならない。それはどこの国に行っても同じだ。


「ロッソ、マリー!」

 揺れた。ヴァレンティーナは思わず片膝をつく。低い音が地の底から体に響き、土と岩が崩れる音が足元から聞こえる。ロッソは何とか立っているが、マリーは座り込んでしまっている。

「お嬢様!」

「ヴァレンティーナ様!」

 二人との間に亀裂が走り、ヴァレンティーナの足元が崩れた。二人の叫び声は砂と石がぶつかり合う音にかき消され、ヴァレンティーナは地底へと飲み込まれていった。


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