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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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目と耳

「お嬢様はなんでみえるようになったんですか?」

 ロッソの質問で空気が変わった。テオドールは腕組みをして目を伏せた。

「それは……」

「それは?」

「すまない、わからない」

 なんともお粗末な回答にヴァレンティーナ達三人は、肩を落としてため息をついた。

「初代アルナダ伯爵も紫色の瞳で、精霊達が見えたという記録が残っている。だから六百年ぶりの先祖返りで紫色の瞳を持つ君が、精霊達との交渉で何らかの役に立つんじゃないかというのが、君がここに呼ばれた理由なんだよ」

「初代の王や侯爵がどうやって精霊と交渉したのかは記録に残っていないんですか?」

 あのように仰々しくも王に謁見させられた割りに、ヴァレンティーナが協力を求められた理由は案外雑なものだった。てっきり、アルナダ領が反乱を企てさせないために人質として呼ばれたと勘違いした。精霊の加護がなくなれば、一番に脅威に感じるのは衛兵隊として名を馳せているアルナダの謀反だろう。それを未然に防ぐためにアルナダ伯爵の娘であるヴァレンティーナを理由をつけて呼び寄せたのではと思ったのだ。

「いつかは分からないのだが、誰かが書物の上にインクを思いっきり溢してしまったようで。書いてあったであろうページが読めなくなっていた」

「ええー。いったい誰がそんな迷惑なことを……」

「お前みたいな奴、他にもいるんだな」

 マリーはロッソを殴りたそうに拳を握りしめたが、テオドールの手前、睨み付けるだけに留めた。

「うちの歴史研究家がなんとかインクを取り払おうと試行錯誤している最中だ。いつになるか分からないから、あてにはしないでね」

 ふ、と閉まった扉をすり抜けて白い鷲がテオドールの肩にとまった。

「あの、その鷲は?」

「俺が小さい頃に拾ったんだ。風の精霊だよ。名前はリー」

「精霊を操ることはできないと先ほど言っていませんでした?」

「見えるのは俺だけだからなー。リーも操ってるわけじゃなくて気が合ったから仲よくしてるんだ」

 ヴァレンティーナはじっとその鷲を見つめた。鷲は羽を広げて今度はヴァレンティーナの肩に飛んできた。そして頭をヴァレンティーナの頬に摺り寄せた。ヴァレンティーナは頬を緩めてリーの小さい頭を指でさする。

「こんにちは、リー」

『こんにちは、ヴァレンティーナ』

「あ、話せるの?」

『違うわ、あなたがわかるだけよ』

「私がわかるだけ? 人の言葉ではないの?」

「ちょっと待って、ヴァレンティーナ。リーと話しているの?」

「はい。この子、女の子なんですね」

 テオドールは呆然とした。

「……俺は見えるけど、話はできないよ」

 口に手を当てて、テオドールは少し考えると長椅子から立ち上がった。

「このことは、ここにいる者以外にはしばらく秘密にすること。ちょっと俺は行くところができた」

『まって、テオドール。私も行くわ! じゃあね、ヴァレンティーナ』

 白い鷲のリーはあっという間にテオドールの後を追いかけて飛んでいってしまった。

「見えるから意思疎通もできるはず、なんて思い込みなんですね」

 マリーがポツリと言った。

「何にせよ、面倒なことになった」

 王太子殿下の婚約者探しという派手な演出で、国の存続に関わる事態を隠そうとしているのだろうか。今年、学園に集められた生徒の中に四大侯爵家の人間がいただろうかとヴァレンティーナは考える。何せ人付き合いが苦手な上に入学して一週間だ。隣の席のテオドール以外の顔と名前は覚えていない。

 しばらくして扉を叩く音が聞こえた。ロッソが扉を開ける。

「何か?」

「王太子殿下からお食事を持って行くように申しつかりました」

「ああ、どうぞ」

 食事の乗った車輪付きの荷台を押して入ってきたのは城のメイドだ。長椅子に腰掛けているヴァレンティーナの横まで来ると皿を低い机の上に置いた。

「!」

「ヴァレンティーナ様!」

 突然、そのメイドはスカートの下から短剣を引き抜き、ヴァレンティーナの首を掻っ切ろうとした。だがギリギリで避けるとヴァレンティーナは料理の乗った皿を引っ掴みメイドの頭に投げつけた。マリーは短剣を持ったメイドの腕を掴み、皿が頭に当たってバランスを崩したメイドを長椅子から床に投げ飛ばす。すると、後ろに流れていた長い髪が外れて飛んでいった。

「あら、髪の毛が」

「手が随分とゴツいと思ったんだよ!」

 そう言いながらロッソがメイドの腹をめがめて拳を振り下ろすが、メイドは両膝を引き寄せてロッソを蹴り上げる。ロッソが避けている間に態勢を立て直したメイドは壁を背に立つ。

「私になんの用だ?」

 ヴァレンティーナは眉一つ動かさずにメイドに問いかける。先ほど剣を向けて狙われたことなど、まるでなかったかのようだ。

「話が違ったな。世間知らずのお嬢さんだって聞いたんだけど、その辺の騎士なんかより肝が座っているようで」

 男は場に似合わない軽い口調で言いながら笑みを浮かべ、琥珀色の瞳を細めた。

「お前は相手が悪かったが、運はいい。俺達は王に会うために丸腰の状態だ。そうじゃなかったら、最初の時点でお嬢様に切られてるぜ」

「は、そりゃどうも!」

 じりじりと壁を伝っていたメイド服の男は、窓に向かって走り出した。それをロッソが追ったが、目の前に黒い布が覆いかぶさり、振り払った時には男は姿を消していた。

「チッ、野郎の着てた服なんて気色悪いだけだ」

 ロッソは男が脱ぎ捨てたメイド服を床に放り投げた。

「おい、誰かいないか!」

 廊下に向かって大声を上げると、二人分の慌ただしい足音が聞こえてきた。そばに見張りの兵士がいたようだ。

「どうかされましたか?」

「さっきのメイドを通したのはお前らか?」

「そうです。食事だというので」

「お嬢様が斬りかかられた」

「え!? ご、ご無事で!?」

「全員無傷だが、王太子殿下を呼んで欲しい。報告する」

「かしこまりました!」

 動揺した足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ヴァレンティーナは皿の破片が散らばる長椅子に目を向けた。

「ロッソ」

「はい」

「掃除しなくていいか?」

 ロッソは、はー、とため息をついて頭を掻いた。

「証拠残しておかないと。食べ物に毒も仕込んであったかもしれませんよ。それに、これは賊の侵入を簡単に許したブリュック城の連中の落ち度ですよ。気にしなくていいです」

「そうか」

 確かにあの男が言った通り、ヴァレンティーナが世間知らずのお嬢様であるのは否定できない、とロッソは腕組みをして両目をつぶった。

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