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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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見える人

「だいたい、声も聞こえない、姿も見えない、不思議な力を操ることもない。そのような状態で精霊はいると言われましても、アルナダの民には到底信じられる話ではございません。お力になることはできないようなので、私たちは領地へ帰らさせて頂きます」

 いつになく強い調子で国王に言い放つと、ヴァレンティーナは席を立った。呼応してロッソとマリーも席を立ち、一二歩踏み出したところで息を乱した婦人が飛び込んできた。

「アルナダ嬢。国王と王太子の説明不足、私からお詫びいたします。けれど、国を揺るがす事態だということは事実なのです」

「ユリア」

「母上」

 ユリア、と呼ばれたその女性は、マリーと同じ栗色の髪を高く結い、濃い青色のドレスをからげて大股でヴァレンティーナのそばまでやってきた。そして鎖骨に手をやり、ヴァレンティーナの紫色の瞳を真っ直ぐに見てこう言った。

「私はノルニル国の王妃、ユリア・ザクセン・ノルニル。私の首にあるこの飾りは精霊帝から加護を授かった時につけられたものです。普通の首飾りでないこと、あなたには分かるのでは?」

 鎖は銀色で六角形の白い石が下がっている。見覚えのある首飾りだ。なぜ、ノルニル国の王妃と同じ首飾りが自分の首にもあるのだ、とヴァレンティーナは頭が痛くなってこめかみを抑えた。

「私も国王も精霊は見えません。精霊帝にお会いしたこともございません。しかし、やはり夢枕に立たれてこの首飾りをしてくれました。夢から目が覚めると実際にこの首飾りが私の首に巻かれていたのです。信じがたいことでしょうが、この首飾りには留め金がありません」

 そこまで聞いてヴァレンティーナは自分の首にあるものと全く同じであると確信した。

「ああ、ええ。精霊が存在することは認めます。けれど、やはり私がここへ呼ばれた理由が……」

 ヴァレンティーナは口を開けて天井を見つめた。天井には先ほどまではいなかったはずの鳥や虫、羽の生えた小さな人が飛んでいた。結構な数が集まっている。

「お嬢様?」

 口を開けたままのヴァレンティーナにロッソは怪訝に声をかける。マリーは天井を指差して口をパクパクさせているヴァレンティーナを心配している様子だ。二人には見えていないのだ。

「アルナダ伯爵は、本当に何もあなたに教えていないのですね」

 テオドールがくっくっと笑いを噛み殺しているのを見て、ヴァレンティーナは彼を睨みつけた。

「どういう意味ですか?」

 テオドールの肩に白い大きな鷲が乗っている。鋭い目。それに負けないぐらい青い目がヴァレンティーナを鋭く射る。

 テオドールが近づいてくる。逃げろ、と本能が囁くのに足が地面にくっついてしまったかのように動かない。目を逸らせない。

「待ってたよ。ヴァレンティーナ」

 まるで洗礼を与えるようにテオドールはヴァレンティーナの頭にそっと手を置いた。




「なるほど、いきなり精霊が見えるようになったと。よく正気でいられましたね!」

「ヴァレンティーナ様があんな口を開けてパクパク金魚さんみたいに……素敵でした」

 国王との謁見はテオドールの一言で終了となった。ヴァレンティーナが精霊を認識出来るようになったので、気が動転している、休ませましょう。という一言だった。

 城の一室で長い椅子に座り、ヴァレンティーナは出された暖かい紅茶に口をつけた。この部屋に精霊はいない。

「にしても、お嬢様の首に付けられた飾りが王妃様と同じものだったとは。あの爺さんは精霊帝だったってことですか」

「おそらく」

「なんで私達にも見えたんでしょうね? 国王や王妃様も会ったことないという話だったのに」

「力の強い精霊になると人間に擬態することができるんだよ」

 音もなく、入り口にテオドールが立っていた。肩の上に白い鷲はいない。

「気分はどう? ヴァレンティーナ」

「おかげさまで。多少はよくなりました」

 テオドールは当然のようにヴァレンティーナの横に座って長い足を組んだ。ロッソは椅子から立ち、ヴァレンティーナの後ろに控えた。マリーも立ち上がろうとしたが、テオドールは手でそれを制した。

「いいよ。君も座って」

 ロッソは一瞬、逡巡したものの少し離れたところにあった椅子に腰を下ろした。

「君達二人とも、アルナダ家の分家の人間なんだって? 子爵が馬車の御者なんてよくやるね」

「知っていたのですか」

 ヴァレンティーナは聞きながら心の中では、やはりと思っていた。何も言わずにロッソとマリーまで城に招き入れていた所から、すでにある程度の情報は手に入れているのだろうと思っていたのだった。

「入学式からこの一週間の間にね。これから国の大事に関わってもらうのに素性の分からない人間を側に置いておきたくなくてね」

「そのような心配されずとも、アルナダは王家に反乱を起こそうなどと思いません。精霊がいなくなろうとも、私達は王家に忠誠を誓っております。その方針は初代から忘れず受け継がれております」

 初代レクセル・アルナダは家訓としてその志を残した。精霊がいなくなり、王家が傾こうともアルナダは裏切らないという誓いを親から子へ口頭で語り続けている。

「とっても心強い言葉だなあ。今回は使えるものは使いたくてね、四大侯爵家と王家だけじゃあ心許ないからさ」

 テオドールはヴァレンティーナの手をとり、口を甲に寄せた。

「ご協力、感謝する」

 そういうことに慣れていないヴァレンティーナは、石像のように固まった後、一気に頬を赤くした。

「いやいやいや! まだ協力するとは言ってませんから!」

 手を振り払い、ヴァレンティーナは立ち上がってテオドールと距離を置く。

「あははー。でも君、見えるようになっちゃったからね」

「え?」

「精霊、見えないなら協力してもらえなくても仕方ないってなったかもだけど、見えてるんだよね」

 なぜか突然、ヴァレンティーナは精霊が見えるようになってしまった。テオドールも見えているようだが、先ほどテオドールが言っていたことが気になる。

「あの、さっき力の強い精霊は人間に擬態できるって」

「そう。現状では精霊帝だけかな。彼は精霊の姿で人前に現れないけど、たまに人間に化けている時があるんだよ。後から、ああ、あれは精霊帝だったのかなって思うんだ」

「精霊王は見えないのですか」

「うん、彼らは人間には化けないし、精霊の姿も人には見えない」

「テオドール様には見えるのですか?」

 青い目がゆらりと揺れた。泣きそうに見えた。

「うん、生まれた時から俺だけにね」

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