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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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ノルニルと精霊

 ノルニル国の歴史はおよそ六五十年前に、初代国王、ウィルソン・ノルニルがザクセン、ヴィノルバ、メリダ、オスロン、そしてアルナダの五つの領地を統括するところから始まる。アルナダ以外の四つの領地が接していた地帯を王都ブリュックと定め、城を中心に街の整備を進めた。

 ウィルソンの妻アリアには精霊の中で最も崇められている精霊帝の加護が授けられ、さらに火、風、水、土を司る四つの精霊王の加護がアルナダを除く四つの領主の伴侶に与えられた。以来、現在までこの国は精霊の加護に守られて栄えてきた。

「不思議と王や四つの土地の領主である四大侯爵が選んだ女性に加護が与えられてきた」

 ロッソが手を上げてテオドールに質問する。

「あの、その加護とは具体的にどのような?」

「例えば、いい風が吹いて、土壌がよくなり、綺麗な水も流れてきて、いい作物ができる」

「そして鉱物もよく取れて、いい鍛冶仕事ができ、健康な赤児が生まれ育つ。どれか一つの領地が欠けても、この国の豊さと繁栄はない。それがこの六百五十年、争いもなく続いてきているのは加護のおかげだよ」

 国王は顎に手を添えてしみじみと語った。テオドールの父親というだけあって、国王はとても見目がいい。国王の髪は鳶色で母方譲りだ、と教室で噂していたのをヴァレンティーナは思い出していた。でも髪の色は違っても瞳は親子で青色だ。国王の年齢は四十手前と聞いたが十歳若く言われても、全く違和感ないように思えた。

 マリーが恐る恐る手を上げた。気づいたテオドールが促す。

「あの、こう精霊を従えてとか精霊の力を借りてどーん、ばーん、みたいな事はないのでしょうか」

 アルナダや周辺諸国では、ノルニル国では精霊を使役したり精霊の力を借りて攻撃したり、病気や怪我の治癒を行うことができると噂されていた。

「精霊が人間に直接手を貸す、ということはない。古い文献によると初代国王ウィルソンとその妻アリア、初代の四大侯爵とアルナダの伯爵は精霊と交流があったらしい。彼等亡き後、精霊の姿どころか声すら聞いた者はおらん」

 国王の返答にロッソとマリーは顔を見合わせて驚いていた。これが他国に知られて攻め込まれでもしたら、あっという間にこの国は陥落するだろう。つい一年前まで大陸の他国間では国境付近の小競り合いが続いていた。ようやく和平交渉が結ばれ、ひと段落ついたところである。戦を経験した者と、剣すら握ったことのない者では勝負にならない。

 貿易も行われているし、他国からの移民もいる。他国の使者や王族も尋ねてきているにも関わらず、内情がもれていないのは精霊の加護のおかげだろう。

 なぜ同じ国であるはずのアルナダまで、他国と同じ噂話が浸透しているのかは謎だ。

「それで、国王陛下。私がここへ呼ばれた理由をお聞きしたいのですが」

 ヴァレンティーナが話を戻した。ノルニルと精霊についての歴史なら授業で十分だ。国王は言い淀んで口をひき結んだ。その様子を見たテオドールが代わりに口を開いた。

「……精霊帝が寿命を迎えられる。同時に精霊王も代替わりを迎えると、お告げがあったそうだ」

「お告げ? 精霊の声は聞こえないのでは?」

「夢枕に立たれたのだ。夢の中では精霊帝は光眩くその姿を見ることはできなかった。頭に声が響き、精霊帝はこの国を守りたいならどうすべきかを示してくださった」

 ヴァレンティーナは父親の胡散臭い顔を思い浮かべて顔を歪めた。


 何が観光がてら行ってくるといい、だ。面倒を娘に押し付けたな。


 ヴァレンティーナは無意識に拳を握りしめる。

「精霊帝の代替わりはないが、自然界を司る精霊の王は代替わりが必ずある。新しい精霊王に誓いの縛りをかけることができれば、これまでと同じく加護を授けてもらえるだろうと」

「なんですか、その誓いの縛りってのは」

「ロッソといったか? 君はなかなかいい質問をするね。話の理解も早いし、本当にただの馬車の従者かい?」

 顔は笑っているけれど目は笑っていない、テオドールの冷たい視線に空気がピリピリと痛いが、ロッソは後頭部に手をやって照れて見せた。ロッソは子爵家の人間だが学校へ通う年齢ではないので、馬車の従者として学内へ出入りしていた。

「王太子殿下に褒められるなんて嬉しいことですね。私ごときが、国王陛下の御前にいられるのもこの上ない光栄。これもお嬢様のおかげですね」

 はっはっは、とわざとらしく二人で笑い合うのを見ないフリして、ヴァレンティーナは国王に先ほどのロッソの質問を改めて尋ねた。

「精霊帝がおっしゃるには、精霊が自らの意志で誓ったことは、その精霊の存在が無くなるまで守り通されるということだ。現在の精霊王達はその誓いの縛りのため、人間に加護を与え続けてくれているらしい」

「精霊王に誓ってもらえなかったら、どうなるのですか?」

「昔、ノルニルの国は五つの領地に分かれていただろう? ザクセンは元から農地でそこそこいい土地ではあったらしいが、他の四つの領地は違った。この王都、ブリュックの周辺が最も資源が豊富な土地でな。奪い合いがずっと続いていた。精霊の加護という特別なものがなくなれば、新たな争いが生まれるかもしれん」

「話はわかりました。しかし、精霊王の誓いの縛りは四大侯爵家の務めではありませんか? ご存知の通り、アルナダは精霊の力を借りずにこれまでやって参りました。私どもの出る幕ではございません」

 精霊の加護もない、他の領地とは山を隔てた国境地帯で、アルナダが選んだのは人を戦地に送ることだった。依頼のあった国に兵士を派遣し、他国の民を守るために前線で幾度も戦った。アルナダの衛兵隊は全戦全勝の無類なき強さを誇り、今やどの国からも恐れられていた。

 アルナダは自分達で領地を守ってきたのに、今さら精霊がいなくなるから助けてくれなど、どの口が言うのかとヴァレンティーナの心は冷えていた。

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