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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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王家の血2

 ヴァレンティーナは混乱した。ジャスティン・ノルニルとは二代目の国王の名である。その彼が精霊帝を祖父と呼ぶのが本当ならば、ノルニル王家は精霊帝の子孫だ。そしてジャスティンが叔父と呼んだレクセルは、精霊帝の子供という事になる。

「アルナダ家は、精霊帝の子孫?」

「ノルニルの歴史は必ずウィルソン・ノルニルから始まる。彼がどこで生まれ、どこから来たのかを知る術はなかった。それはアルナダ伯爵家と四大侯爵家の初代当主においても同じだ」

「しかし、これが本物である証拠は」

「本物であるかはわからない。だから、彼に話を聞くことが必要なんだ」

 そしてテオドールは小さな箱を取り出し、蓋を外した。中には同じような手紙が折り畳まられることなく入れられている。

「これは王を継ぐときに一緒に渡されるものだ」

 箱ごと受け取り、ヴァレンティーナは目を通した。




『親愛なる従兄弟であり、友であるジャスティン国王陛下へ

 ご病気のこと気にしております。今すぐ飛んでいきたい気持ちを抑えて国境の守護にあたっております。我がアルナダ家の祖先は土の始祖であり、ご存知の通り我らの祖父は風の始祖である精霊帝です。精霊の血を薄めぬようにし、精霊の加護が無くなる際には力となりましょう。

 私の娘、息子も精霊を見る力はありません。ですが、血は脈々と受け継がれ来るべき時には必ず役に立ちましょう。少しでもご心痛を和らげることができれば幸いです。

ノルニルに幸いあれ カーリー・アルナダ』




「先ほど、父からこの手紙を渡されたのだ」

 ヴァレンティーナは顔を上げる。テオドールは困ったように笑った。

「心配せずとも父は生きている。だが、この怪我を理由に王位から退きたいという意向を申された」

「国王陛下を刺したとされる男はどうなったのですか」

「まだ言っていなかったか? ヴィノルバの港町の桟橋で倒れているのが見つかった」

「倒れていた?」

「息はあったが、記憶がなかった。おそらくカミロと同じように火の精霊王に操られていたのだろう」

「火の精霊王は人間との契約を快く思っていなかったといいます。その筆頭である国王陛下に対して、矛先が向いたのでしょうか」

「そうかもしれない。紙一重で致命傷を免れたという。精霊帝の加護のおかげであろう」

 ヴァレンティーナはふ、と自身の首にかかる白い宝石の首飾りを思い出す。そういえば、精霊帝も寿命を迎えるという話だった。まだ大丈夫なのだろうか、とヴァレンティーナは首飾りを確認する。白い宝石は淡く光を放っていた。

「ヴァレンティーナ嬢、それは」

「実は、アルナダ領からブリュックへ向かう道中に、ある老人を馬車に乗せました。これはその方から頂いたものです。おかしなことに鎖の留め具がなく、外すことができません」

「同じものを知っている。母上がしているものと同じだ」

 やはり、その老人は精霊帝だったのだ。

「なぜ彼が私に加護をくれたのかは分からなかったのですが、この手紙に記されているのが本当ならば、私は精霊帝の子孫になります。それが理由になりそうですね」

「確かに、理由として考えられるのはそれしかない」

 扉をノックする音が聞こえた。テオドールが返事をすると、兵士が来客を告げた。

「アルナダ伯爵と御子息のノア様がいらっしゃいました」

「父と兄が?」

「急な来訪だな。何の便りもなかったのだが」

 テオドールは驚きながらも、その来訪を待っていたようだった。それはそうだ。これから、テオドールは国王としてまずは四大公爵家とアルナダ伯爵に、忠誠を誓ってもらわなければならない。しかも精霊帝の加護は無くなるのだ。精霊帝の加護なく、五家が忠誠を誓わなければ他の貴族達も王家に従わないだろう。

「先に彼らと会ってくる。君はここで待っているといい」

 ヴァレンティーナを置いて、テオドールは部屋を足早に出て行った。




 エルドはブリュック城から突き出る小屋根の上に立っていた。眼下にはブリュック城と王都の街が広がっている。城のてっぺんとも言える場所は風が強く、常人ならば立っていることもできない場所だ。そんなところに立つエルド は、やはり人間ではない。そして、エルドの立つ場所からほど近い場所、こちらも突き出た屋根の上に人影がある。

「久しいな」

「すっかり老いぼれの姿が板につくようになったな、風の始祖。いや、精霊帝だったか?」

「この姿が一番警戒されないんだよ」

 すっぽりと頭から外套を被り、屋根の上に腰掛ける老人はくぐもった笑いを漏らした。エルドは肩をすくめる。

「人間に姿が見えるようになると、結構面倒になるもんだな」

「まさか火の始祖が自らそうするとは思いもしなかった」

「気まぐれさ」

「あなたには退屈しのぎの気まぐれでも、他の精霊や人間にとってはとてつもないことだ」

 以前の火の精霊王のように人間と馴れ合うことに屈辱を感じるような精霊もいる。大抵、その精霊は火の始祖であるエルドのことを崇拝しているのだ。精霊の始祖の中で、最も力の強い火の始祖は精霊達の中で崇められている。

「お前が子孫達を加護してる理由だって、なかなかだ。土の始祖の後を追って、早く消えたいからなんてな」

 一際風が強く吹き、精霊帝の頭に被さっていた外套を払った。老人であった顔は若返り、二十代の秀麗な青年の姿がエルドの前に現れた。

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