王家の血1
テオドール達は精霊王との契約が済んだその日、ブリュック城へと帰路についた。ヴァレンティーナも馬車を用意してもらい、テオドールと一緒にブリュック城へ帰ることにした。ちなみにヴァレンティーナは馬でいいと言ったが、テオドールに固く断られ、馬車で帰ることになった。ヴィノルバ領は街道がきちんと整備されており、ブリュック城までの道のりには石畳が敷かれている。途中には宿場町もあり旅程は組みやすい。
一行は当初の予定通り、三日でブリュック城へと帰還した。
「今日はゆっくり休むといい」
テオドールは馬車から降りたヴァレンティーナにそれだけ言うと、慌ただしく城内に入って行った。国王陛下を見舞いに行くのだろう。テオドールが戻ってきた城内は再び活気を取り戻したように見える。
「湯殿の用意ができております。ご案内いたします」
「ありがとう」
メイドが二人、ヴァレンティーナに付き添い世話をしてくれた。久しぶりにゆっくりと湯につかれて、疲れがとれたヴァレンティーナは用意された客室のベッドに横になるとそのまま朝まで眠ってしまった。エルドは馬車を降りてから一度も姿を見せなかった。
扉をノックする音で目が覚めた。ヴァレンティーナは寝ぼけながら返事をすると、扉が開き昨日の湯あみを手伝ってくれたメイドが頭を下げた。
「失礼いたします。お支度の手伝いをさせていただきます」
「え、一人で出来ますので、大丈夫ですよ」
「王太子殿下のご命令でございます」
そう言われると、断ったらこのメイドに迷惑がかかるのでヴァレンティーナは大人しくするしかなかった。髪をとかれ、ドレスを着せられる。あまり派手すぎない、金糸の刺繍が所々入った深緑色のドレスだった。
「朝食はこちらにお持ちいたします。お済みになられましたら、王太子殿下のところへご案内いたします」
「わかりました」
朝食は温かい野菜のスープにパン、卵の煎り焼き、それから果物まで出た。それらを全て平らげ、出された紅茶を飲み終わったところで再びメイドがやって来た。
「よろしければ、王太子殿下の所へご案内いたします」
「頼みます」
気慣れないドレスの裾が足にまとわりついて歩きづらい。ヴァレンティーナは踵のある靴を履いて歩くのも苦手だ。そんなヴァレンティーナを気遣ってから、用意された靴の踵はとても低い。
やがて通されたのはテオドールの執務室だった。あまり広くはない部屋の奥に大きな机が一つあり、テオドールが何か作業をしながら出迎えた。まだ朝食の時間だというのに、もう働いているようだ。
「おはよう、ヴァレンティーナ嬢」
「おはようございます。テオドール殿下」
朝の挨拶を交わし、テオドールはようやく顔を上げてヴァレンティーナを執務机の前にある応接用の長椅子に座るよう促す。
「彼は?」
「エルドですか? 昨日から姿を見ておりません」
「彼からも話を聞きたかったんだが、仕方ないか」
テオドールは執務机から立ち、ヴァレンティーナの前に座った。それから二冊の書物を応接机の上に並べて差し出した。
「これは?」
「前に話した古い文献だ。一冊はインクがかけられて読めなくなった部分があり、もう一冊はカリグラ公爵が所持していたものだ」
その文献は内容だけでなく、外見も全く同じだった。色が薄くなってしまった朱色の表紙の痛み具合に、紙の黄ばみ具合までとてもよく似ている。
「この文献自体には、特段重要なことは書かれていない。土の精霊王と風の精霊王の代替わりについての記述以外は、他の書物を読めばわかるようなことばかり書いてある。なぜかこれを王家では重要書物として厳重に保管していた。王弟だったカリグラ公爵はその管理も任されていたのだ」
「そうでしたか」
「本題はこちらだ」
テオドールは一冊を手に取り、裏表紙のページをめくる。そしてすでにのり付けを剥がした後の隙間から、一枚の紙を取り出した。
「これはカリグラ公爵が拾った方の文献に隠されていた」
本と同じぐらいその手紙は古そうなものだ。テオドールはヴァレンティーナに手紙を渡す。
「読んでほしい」
そっと破れないように、手の力を抜いてヴァレンティーナは手紙を広げて読み始めた。
『親愛なる我が従兄弟、カーリーへ
アルナダ領の様子はどうであろう。そなたの父であるレクセル叔父上がアルナダ家へ婿として入られ、国境の守護を申し出てくれたおかげで、ようやくノルニル国内をまとめることができた。アルナダ家には感謝してもしきれない。
ところで最近、とんと我らが祖父である精霊帝の姿をお見かけしなくなった。たまに夢枕の中でお会いするぐらいだ。私も年老いて、精霊の姿を見ることができなくなった。知っての通り、息子や娘は産まれた時からすでに精霊の姿を見る力はなかった。このまま血が薄まっていくのだろう。憂いているが、どうすればよいかわからない。
すまない、体が弱ると気も弱るようだ。元気なうちに会いたいものだ。
君の従兄弟であり友である、ジャスティン・ノルニルより』




