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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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ターラント8

 テオドールの横にヴァレンティーナが座り、ヴァレンティーナの後ろにエルドが立ち、三人の正面にはカミロとローマンが座った。

「えっと、ローマンにはザクセンで会ったけれど侯爵の息子だとは気づかなかったな」

「俺は直接殿下にはお会いしたことありませんからね。そういう堅苦しい場は苦手で」

「申し訳ありません。こいつはアリア・ブリュック校を一年過ぎたところで勝手に退学し、行方知れずになっておりまして。秘密裏にずっと探していたのです。子供はこのローマン一人しかいなかったので、騒ぎにならないよう学校にもこちらの都合で退学したと伝えていました」

 ローマンがザクセン侯爵の息子であるティールと知り合いだったのは、アリア・ブリュック校に通っていたからだったのだ。侯爵家の息子ならば、持っていた上等な服や洗練された所作にも説明がつく。

「どこで何をやっていた」

「別に。他の領地を回ったり、他国を旅してみたり、何でも屋をやったり」

「……ッ、ッ……はーッ」

 全く悪びれることなくソファーに背中を預けるローマンに、カミロは頬を痙攣させながら目を瞑って息を吐き出した。怒鳴りつけたいのを必死に堪えている様子がわかる。

「まあ、よかったじゃないか。こうやって生きて帰ってきたのは喜ばしいことだ」

「わかっております、殿下。しかし、しかしですね」

「ローマン、ここに来た理由はなんだ? まさか本当に未払いの護衛料をもらいに来たわけではないだろう?」

 ヴァレンティーナの問いかけにローマンは視線を斜め上に向けて静かになった。エルドがソファーに肘で寄りかかりながら鼻で笑った。

「大事に育てられた一人息子だ。親が心配になって戻ってきたってところか」

「そうなのか、ローマン」

 カミロは息子のローマンに心配されているたということに驚きを隠せないでいた。

「人間の親子というのはいつまでたっても親子の情が切れない生き物と聞く。それを幸福と感じるか不幸と感じるかはその人間次第のようだが」

 エルドの言葉にローマンが舌打ちをした。

「まったく、俺よりも色男な上に人間心理まで説かれちゃ敵わない。そうだよ、ザクセンのティールから王弟親子を手引きした疑いが親父にかかっているってのを聞いたんだ。まあ、大丈夫だろうとは思っていたが気づいたらここまで来ていた」

「ローマン……」

 ここまで堪えてきた何かがカミロの中から溢れたのか、カミロは目頭を抑えて俯いた。

「しばらく、二人はここで休むといい。ヴァレンティーナ嬢と少し話しがしたい」

 気を利かせてテオドールはヴァレンティーナとエルドを連れて部屋を退出して行った。静まり返った部屋で並んで座っている状態に、ローマンは気まずさで頭を掻いた。

 まだ俯いている状態の父親に、ローマンはなんと声をかけるか考えあぐねる。そのうちに鼻をすすりながらカミロが顔を上げた。目の縁が赤くなっている。

「お前が学校を辞めていなくなった時、驚いた。驚いたしめちゃくちゃ怒った」

「う、おう」

「怒りで眠れなかったぐらいなんだが」

「ああ」

「さすが俺の息子だって思っちまったんだよ」

「……そっか」

「色んな国を見てきたのか」

「まあ、そうだな。まだ戦争中だったから、色んなモノを見れた。少なくとも精霊に守られたこの国の中にいるよりは、いい経験したと思うぜ」

 カミロは隣に座るローマンの肩に手を置いた。琥珀色の瞳が互いを映し出す。

「安心して、お前に任せられるよ」

「親父」

「今回の件で、俺はもう侯爵の座にはいられない。代をお前に譲ることでヴィノルバ家は存続の許しを得られるだろう。四大侯爵家としての地位も保てる」

「いや、新しい精霊王の加護っていうのがいるんだろ。そういえば、お袋はどこ行った?」

「そうだな、まずはその話からしなくちゃならないな」

 疲れた表情を浮かべながら話し出すカミロの言葉に、ローマンはいつになく真剣に耳を傾けた。




 二人を残して部屋を出たヴァレンティーナ達は執務室へと場所を変えた。普段はカミロがそこで領地の事務を執り行っているが、現在はテオドール達が調査のために使用している。調査のためにテオドール達は書類をひっきりなしに出したり入れたりしながらも、執務室は一定の整理整頓はなされていた。

「彼はどちらの息子なのかな?」

 長椅子に腰掛けるなり、テオドールはエルドに向かって問いかけた。面白くなさそうな顔をしながらもエルドは足を組んでヴァレンティーナの横で深く腰掛けた。

「時期的にも、体はあのカミロのものだったろう。中身は別だろうが」

「カミロの息子ということ?」

 ヴァレンティーナの問いには少し表情を和らげてエルドは答える。

「混ざり合ってるな。父親の血が二つ流れているようなもんだ」

「憑依とはそこまで影響を与えるものなのか」

 テオドールが険しい顔をした。人型の精霊がその気を起こせば、王族も憑依されて好き勝手されてしまう恐れがあるのだ。

「人型の精霊は稀だ。精霊の始祖と、精霊種族の最上位である火の精霊の中に、俺の知る限りでは三体だけだ」

「絶対にない、とは言い切れまい。今までは精霊帝の加護のおかげでそのようなことが起こらなかった。だが、精霊帝が近い内に消失してしまえば、どうなるかわからない」

「エルドが話をつけるわけにはいかないのか」

「は? 俺ぇ?」

 ヴァレンティーナは上目遣いに小首を傾げる。それも無意識の所作だ。

 テオドールは、ぱん、と手を叩いてわざとらしく何か言い訳をしながら執務室を出て行った。ご丁寧に人払いをする声が廊下から聞こえる。

「火の精霊の始祖なのだろう?」

 ヴァレンティーナはようやくこの男の正体に気づいた。正確にはもっと早く疑念を抱いていたのだが、確信を持って聞くことができないでいたのだ。

「今の精霊帝も始祖の一人で、エルドとも知り合いなんだろう?」

「前にも言ったよね」

 エルドの周囲の空気が冷やりとしたものに変わる。ヴァレンティーナの胸もとにある白い石のついた首飾りを、エルドは指にとる。エルドの手の甲がヴァレンティーナの胸板にあたる。

「君は女王になる気はあるかって」

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