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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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ターラント7

 カリグラ公爵達が閉じ込められていた地下の部屋に、エリザベートは投獄されていた。見張りが二人、部屋の前にいる。

「テオドール殿下より承っております」

 そう言うと、見張りは鍵を開けて二人を中に通した。パタリと扉が閉められると窓もない部屋は暗く、机に乗っている小さな燭台とヴァレンティーナが手に持つ灯りだけが頼りなく部屋を照らした。

「辛気臭い部屋だな」

 エルドはそう言うと、ヴァレンティーナが持っていた灯りを受け取り少し手に力を入れた。すると、灯りが大きくなり部屋の中の様子が確認できるほどの明るさになった。簡素なベッドが一つと、一人分の円卓に椅子が一脚置かれていた。壁は石でできていて、牢屋と言っていい部屋だ。

「お待ちしておりました」

 エリザベートはベッドの脇に立ち、ヴァレンティーナに向かって頭を下げた。たった一晩であるが、やつれた印象を受けた。

「エリザベート様、火の精霊王と話をさせていただきたく参りました」

「彼はもう逝ってしまいました」

 そう言うと、エリザベートは手のひらにティアラを乗せて差し出してきた。灰色の石になったそれは、ひび割れて今にも崩れてしまいそうだった。

「つい先ほど、お別れをしたところです」

 エリザベートは表情を消してティアラを胸に引き寄せる。その様子から、エリザベートは火の精霊王とただならぬ仲であったことは明白であった。

「許されないことであったのは分かっております。けれど、私は彼を愛し、彼も私を愛してくれた」

「利用されただけだと思うが」

 エルドが口を挟んだ。エリザベートはエルドの方を見て笑みを浮かべた。

「彼はあなたに尊敬と畏怖の念を持っておりました。最後にお会いできて満足そうでした」

「どうでもいいな」

「エリザベート様、私にはわかりません。ヴィノルバ侯爵はあなたをとても思っているように見えました」

 ヴァレンティーナは男女のことにはとても疎い。まだ純真無垢と言ってもいい。躊躇わずに聞けてしまえるのは、その幼さ故だった。

「そうね、カミロは私を愛してくれたわ。それでも、私は彼に惹かれてしまったの」

「単なる浮気心が出た、それだけのことだ」

 エルドは身も蓋もないことを言って、エリザベートを一蹴した。しかし、エリザベートは気を悪くすることもなくクスクスと笑い声を漏らした。

「まあ、情緒のかけらもないお方ね。でも、私達の心や事情がどうであれ、事実として残るのはそれだけよね。私はここで大人しく、沙汰を待ちます」




 地上に戻ると太陽の光で目が眩んだ。しばらくその場に立って目が慣れるのを待つ。エルドも横で待っていてくれるのがわかった。

「振り出しに戻る、だな」

「そうでもないぜ」

 エルドは屋敷の入り口の方を見ながらそう言った。視力が戻ってきたヴァレンティーナもエルドが見ている方向を見やる。間に屋敷の建物や塀があるせいで何も見えない。エルドには一体何が見えているのか、とヴァレンティーナはエルドの顔を見上げる。

「来るぞ」

 何が、と聞く前に人影がひょっこりと顔を覗かせた。

「お、ヴァレンティーナちゃん! また会ったね」

「……ローマン!」

 そこに現れたのはザクセンで別れた何でも屋のローマンであった。

「どうしてここに?」

「どうしてって、ヴァレンティーナちゃん。まだ俺に支払いが済んでないでしょ。取り立てに来たに決まってるじゃないかあ」

「あ、ああ! 忘れていた! 雇っていたんだっけ? でもあんまり役に立たなかったような……」

「ひっど! ちょっと、それ酷いな。影ながら大活躍だったじゃん。あまりにも自然で分からなかったかな」

 軽快な軽口は相変わらずで元気そうなのが分かる。

「わかっている。ローマンには助けられた、感謝している。支払いはとりあえずブリュックに帰ってからでいいか?」

 素直な感謝の言葉にローマンはすっと静かになる。それから顎に手を当てて困ったような笑みを浮かべた。

「参ったなあ。女の子からの感謝の言葉はどんな金銀財宝より価値がある」

「事実だ。ローマンがティール伯爵と知り合いであったから、ザクセンでの作戦はうまくいったんだ」

「ヴァレンティーナちゃん、俺と結婚する?」

 さりげなく手を握ってローマンがヴァレンティーナの顔を覗き込んでくる。じっ、とヴァレンティーナはローマンの琥珀色の瞳を見つめ返す。どこかで見たような瞳の色だな、と呑気に思っていると見慣れた背中が割り込んできた。

「悪いが先約がある。お前には別の役目があるだろ」

「誰、この色男。っていうか、あの狼野郎はいないの?」

 いつもなら真っ先に割り込んでくるであろうロッソの姿が見えないことを、ローマンが不審がる。かわりに現われた絶世の美丈夫に対して嫌な目を向ける。

「はー、俺よりいい男なんざ見たくねえ」

「ロッソは水の精霊王と契約を交わして、今はオスロンの侯爵家に婿入りしたんだ」

「は!? マジっ!? いや、それはかなり驚き。あいつがヴァレンティーナちゃんの側を離れるっていうのが一番ありえないっていうか」

 そう言いながら、ローマンはエルドに視線を向ける。

「もしかして、この色男がいるから大丈夫って思ったわけ?」

「ローマン!!」

 息を切らせて駆けつけてきたのは、カミロだった。

「よ、親父。元気だったか」

 ヴァレンティーナはローマンから出てきた単語に、得心がいったとばかりに手を打った。琥珀色の瞳に引っかかりを覚えたのはこの二人が親子だったからだ。

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