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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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王太子殿下

 ヴァレンティーナは教室の隅にある自分の席で大あくびをした。少し暖かくなった午後の日差しに、そよそよと吹く風には誰もが眠りを誘われてしまう。昼食をとった後の授業というのはこうも眠たくなるものか、とヴァレンティーナは目頭を押さえて眠気と必死で戦った。窓際の一番後ろの席という当たり席を用意してもらえて、入学から一週間、ヴァレンティーナはつつがなく学生生活を送っていた。

 先ほどまで受けていた授業は、歴史の授業だった。ノルニル国の成り立ちと精霊の繋がりについてこれから学んでいくらしい。アルナダでは精霊についての勉強は重視されていないので、初めて知ることもあって興味深い。しかし、昼食を挟んでの授業は眠気が勝る。

「あらあら、王なしの領地からいらっしゃった方にはノルニル国と精霊の歴史などご興味ないのでしょうね」

「この学校ができて六百年余り、一度もアルナダからのご入学はなかったというのに、今回は一体どういう風の吹き回しなのかしら」

 どういう風の吹き回しかは、こちらが聞きたいほどであった。ヴァレンティーナは指の隙間から、少し離れた位置で目敏く大あくびを見つけ、聞こえよがしに嫌味を言ってくる三人の女達を確認した。家柄はヴァレンティーナと同じ伯爵家。しかしアルナダ出身というだけで彼女達にはヴァレンティーナは自分達よりも身分が下という認識になるらしい。

「私、聞いたのですけれど。つい一年前までアルナダは他国と契約を結んで、領地の人間を衛兵隊として戦地に送っていたそうですわ」

「まあなんて酷いことを。自国のためならばまだ致し方ないこともありましょうが、他国のために民の命を投げ出させるんて」

「それにあの方の目の色、ご覧になって。紫色でしょう?」

「珍しい色ですわ」

「元は青かったのが、戦場で散っていってしまった者たちの血の呪いで、紫色に変わってしまったのだとか」

 概ね噂は正しいのでヴァレンティーナは関心した。ただ自分の瞳が紫色なのは生まれつきなので変わったわけではない。父も母の瞳も青色なのでそのような噂が立ったのかもしれない。アルナダ家で紫色の瞳を持っていたのは初代、レクセル・アルナダ伯爵のみである。六百年ぶりの先祖返りにヴァレンティーナが生まれたとき、領地ではちょっとしたお祭り騒ぎになったと聞いている。

「まあまあ、君たち。そのような根拠のない噂話を広げてはいけないよ」

 彼が教室に入ってくると一気に場の雰囲気が変わった。

「で、殿下。本日もご機嫌麗しく」

「いいの、いいの。ここは学校だから。テオドールと呼んで」

 ヴァレンティーナは窓の方を向いて視線を思い切りそらせた。今回、ヴァレンティーナが王都まで出てくることになった原因、テオドール・エドワード・ノルニル王太子殿下。ノルニル国の次期国王となる方だ。

 靴のかかとを鳴らしてテオドールはヴァレンティーナの横の席に腰を下ろした。恐ろしいことに隣の席なのだ。

「ご機嫌よう、ヴァレンティーナ嬢。今日の授業はどうだった?」

「ご機嫌よう、テオドール殿下。とても興味深いものでした」

 王太子に話しかけられて答えないわけにもいかず、ヴァレンティーナは首を戻してテオドールに向き直った。

 金髪に碧眼。テオドールは絵画に出てくる精霊のように美しい人だった。陽光に透ける金髪の部分など、絵にしたらいい作品になるんじゃないかとヴァレンティーナは思う。

「あの方、テオドール殿下に話しかけらたのに、なんと無愛想なの」

「本当に。殿下もどうして何も言われないのかしら」

 淑女の嗜み、愛想笑いなどという訓練を受けてこなかったヴァレンティーナは無表情でテオドールの顔を見つめている。

「なんで来たんだという顔だね。あなたのその顔が見たかったんだよ」

 授業はあと一つで終わりだった。テオドールは公務も既に手伝っているので、授業を休んだり遅刻したりすることがしょっちゅうあった。おそらくこの学校で習うようなことは、テオドールもヴァレンティーナと同じでとっくの昔に習い終わっているのだろう。本当に婚約者を見つけるためだけにこの学校に出入りしているようだった。

「殿下に対してそのような気持ちはございません。本日もご公務が忙しかったのにもかかわらず、学校に来られるのは大変なことでございましょう、と思っておりました」

「声にも顔にも感情がなくて、本当に読めないなあ。俺、育ちがら人が何考えてるかわかるんだけど、君は本当に分からないんだよね」

「ありがとうございます」

 ヴァレンティーナの返しにテオドールは白い歯をこぼして笑った。窓に反射して映ったその笑顔に、令嬢たちは声を上げて喜んだ。ぴくりとも動かないヴァレンティーナの表情に、テオドールは首を傾げる。

「あんな反応が普通なんだけど。俺の顔、好きじゃない?」

「未来の国王である殿下を嫌うなどと、反逆と同じことです」

「はは。そうだよね。俺の地位も含めて、みんな俺のこと好きなんだよね」

 少し声の調子が暗くなったテオドールを横目で見ながら、ヴァレンティーナは次の授業の教科書を鞄から引っ張り出した。王族相手に話の途中で自分の都合を優先させるなど、本来ならありえないことであった。しかしあえてヴァレンティーナはそうやってテオドールの話しを何でもないことのように態度で示した。

「当たり前でしょう。顔と財力はこの貴族社会においては最大の武器です。王太子殿下がそれを持って生まれたことは精霊帝の御加護の賜物でしょう。どうぞ、大事にされてください」

 胸の首飾りがじんわりと暖かくなったような気がする。ヴァレンティーナは無意識に首元に手を当てる。

「こういう弱っている所を見せると、大概、ころっといくんだけどな。君にはその手も通用しないか」

「はあ。弱っているようには見えませんでしたので」

 前の扉が開き、教師が中に入ってきた。次の授業は数学である。灰色の髪を左右にぴったりと撫で付けた神経質そうな中年の男性教師だ。見た目は人気がないが、授業はわかりやすく聞きやすい。

「うーん……。今度、あいつの髪の毛、誰かに頼むかな」

 授業の講師は城に仕える学者がほとんどだ。この教師もテオドールの顔見知りなのだろう。

「ふ、世話好きなのですね」

 珍しく口元を緩ませたヴァレンティーナの顔をテオドールは頬杖をついて覗き込む。

「うーん。無自覚に人をたらしこむ天然さんか」

 教師が授業開始の合図に三回手を叩いて、生徒たちの注意を戻した。授業を真剣に聞き始めるヴァレンティーナと対照的に、テオドールはつまらなさそうな顔でそのまま机に頬杖をついていた。

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