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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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ヴェルゲニール5

 疲労が溜まっていたようで、ヴァレンティーナは再びベッドに横になった。しかし雨が上がっていることに気付いて、窓を開けた。空には半分の虹が海から空に向かって伸びていた。この屋敷は少し小高い丘の上に建っていて、海が見えるのだ。雨雲と青空が混じり合う少し湿った空模様だった。

「これは、終わったということ?」

 ヴァレンティーナとしては一週間は覚悟していたつもりだった。精霊が一体どれほどの数いるのかわからなかったし、どういう勝負をしているのかもわからなかったからだ。ロッソを探しに行こうと扉を開くと、そこにはルイーゼが立っていた。

「まあ、そんなに急いでどちらへ?」

「ルイーゼ様。いかがいたしました? 何かご用が」

 水の精霊達のことについては話していないので、ヴァレンティーナは平静を装ってルイーゼに聞き返した。

「たいしたことではないのだけれど、あなた、その胸の首飾りは何かしら」

 胸の首飾り、と言われてヴァレンティーナは首を傾げた。胸元に手をやって指に硬い感触を感じ、ヴァレンティーナはやっと思い出した。あまりにも馴染みのよい物なので着けていることを忘れてしまっていたのだ。

 アルナダ領からザクセン領へ入った直後、謎の老人から着けさせられた白い石の首飾りだ。王妃が同じ物を首に巻いていたことから、その老人は精霊帝であったのではと推測される。

 首の飾りは出さないようにシャツの胸元は閉めていたので、ルイーゼが見る機会はなかったはずだ。

「なぜ、あのお方の加護をお前が? それは国王の妃しか受けられない加護であろう。それになぜあのお方までも、お前についている?」

 ザワザワと立ち上ってくる負の感情を隠そうともせず、ルイーゼの表情は醜く歪んでいく。それは普段のルイーゼとはあまりにもかけ離れた表情と感情であり、ヴァレンティーナは後退りして部屋の扉を閉めようとした。

「お待ちッ!」

 扉に手をかけて強引に入ってこようとするルイーゼは鬼気迫る勢いだ。身の危険を感じずにはいられないが、ルイーゼを切り捨てるわけにもいかない。ヴァレンティーナはなんとか扉を閉めて、ルイーゼと距離をとりたかった。

「ルイーゼ様! どうされたのですか! 気を確かに! 誰か、誰かいないのか!?」

 屋敷内には見張りの兵士も置いていなかった。女ばかりの屋敷にいささか無用心なのでは、と思っていたが水の精霊王が嫉妬深い蛇女であったのだから、男手を置くことができなかったのかもしれない。

「お母様!?」

「何をしているの!?」

 ヴァレンティーナの声に気づいて駆けつけてきたのは、ルイーゼの双子の娘達だ。フェミアが母親の腰にしがみつく。リリアンは母の後ろへまわると母親を羽交い締めにした。しかし娘達のことも目に入らないようで、ルイーゼは奇声を上げながらヴァレンティーナに掴みかかろうとする。

「ど、どうされたの!」

「すごい力だわッ。抑えられない」

 娘二人を振り払うとルイーゼはヴァレンティーナの部屋に押し入った。窓を背中にルイーゼと対峙するヴァレンティーナは置いてあった剣をとり、柄に手をかける。しかし抜くのことはできない。なるべく興奮させないように穏やかに話しかける。

「ルイーゼ様、気を確かに。あのお方というのは精霊帝のことでしょうか」

「何を白々しい。それはお前が一番よくわかっているだろう。それとも、何も知らずにのうのうと守られているだけというのか」

 ぼんやりと霧のようなものがルイーゼの周囲に漂っていて、禍々しい気がそこから発せられているのがわかる。ヴァレンティーナが目を凝らして霧の正体を見極める。

「お前、水の精霊王? まだ生きていたのかッ」

 霧が顔の形となり蛇の体を作り、ルイーゼに絡みついている。

『この女、涼しい顔して中身は真っ黒だよ。私や精霊、ノルニルの国王達の恨み辛みでいっぱいさ。それが私の精神の一部と混ざり合って一つになったのさ。人間に切り離すことは無理だ、殺すしかないぞ』

 耳障りな笑い声を立てて水の精霊王はルイーゼの体を動かし、ヴァレンティーナの首に手をかける。もうやるしかない、とヴァレンティーナが剣を抜き払おうとするとルイーゼの体の動きが止まった。ルイーゼは身を震わせ詰めていた息を徐々に荒く息を吐き出した。

 ルイーゼの胸から剣の先が突き出ている。

「ロッソ」

「お嬢様、ご無事ですか」

 ロッソは灰色の冷たい目でルイーゼを見下ろしていた。

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