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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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ヴェルゲニール1

 今度こそ王家の紋章が入った馬車に乗り、旅の荷物も積んである荷馬車も用意してもらい、ヴァレンティーナとロッソはオスロン侯爵の屋敷へ招かれた。出てきたのは顔も体つきも瓜二つの少女達だった。

「ようこそいらっしゃいました」

「私はオスロン侯爵の娘、フェミア・オスロンと申します」

「同じくリリアン・オスロンと申します」

 海のように青い絨毯が敷かれた廊下を二人に連れられて歩き、ヴァレンティーナとロッソは屋敷内を案内された。

「ご存知の通り、私たちの父であるボルガー・オスロンは病を患いすでにこの世にはおりません。母であるルイーゼがオスロン侯爵の地位におります」

 昔からオスロン侯爵の夫は短命である。オスロンは女性が跡を継ぎ、夫は婿入りするのが習わしとなっている。オスロン侯爵で生まれた男児は跡を継ぐことなく、他の貴族家へ養子と出されているのだった。

「ようこそいらっしゃいました。国王と王太子殿下から知らせは受けております。長旅ご苦労様でした」

 客間で出迎えてくれたルイーゼは美しかったが、穏やかで控え目な感じに見えた。娘と三人並ぶと姉妹のようで年齢を感じさせない人だった。

「ヴァレンティーナ様はアルナダからいらしたんですってね。お隣の領地なのに間にあるガルホピック山脈のせいで、交流がないのは残念です」

「ええ。ザクセン領とも隣ですが、こちらもフィヒデル山地に遮られてほとんど交流はありません」

「同じノルニル国だというのに残念なことですわね」

 ソファーに腰を下ろすと、ルイーゼは小さな箱を二人の前に差し出した。

「つい二日ほど前に、こうなってしまったの」

 箱の中には白くひび割れた宝石のついたピアスが二つ入っていた。ザクセンで見たブレスと同じ状態である。

「残念なことに文献には水の精霊と火の精霊について、弔いの方法が記述されていなかったそうよ。だから、精霊と対話ができるあなたを頼るようにと、王太子殿下からお達しがあったわ」

「出来る限りご協力させていただきます」

 ヴァレンティーナはじっとそのピアスを見つめる。反対の属性である炎に炙りでもしたらいいのだろうか、と思うが間違った方法を試して何かあっては困る。ザクセンはそれで甚大な被害を被った。

『いやあね、物騒なこと考えないで』

 ヴァレンティーナが弾かれたように顔を上げると、それはいた。下半身は蛇で上半身は人間の姿をしているそれは、蛇の胴体をルイーゼの体に巻きつけて嫌らしく笑っている。口には牙が生えていて鋭く釣り上がった目がヴァレンティーナを品定めする。裸の上半身には乳房が二つあり、女であるらしい。

「あなたは水の精霊王でしょうか」

『そうよぉ。つまんないわねぇ、もう死んじゃうなんて」

 水の精霊王は、くっと顔を歪ませて手に白いものを乗せた。ヴァレンティーナは眉を潜めた。精霊王の手にのっているのは人の頭蓋骨だった。

『いい男の肉を喰らうのは楽しかったのにねえ』

 全身に鳥肌が立ち、ヴァレンティーナは立ち上がり剣の柄に手をかけた。

『こいつはもう死ぬ。放っておけ』

 耳元に囁き声が落ちた。振り返るが誰もそこにはいない。

「お嬢様? どうされました。水の精霊王がそこにいるのですか?」

 ソファーの斜め後ろに立っていたロッソが気遣わしげに話しかけてくる。突然、殺気を向けられたルイーゼと双子の娘達も困惑している。

「ルイーゼ様、一つお聞きして良いでしょうか」

「なあに?」

「あなたの夫であるボルガー様は本当にご病気だったのですか」

「何が言いたいの?」

「そこにいる水の精霊王が男の肉を喰ったと申しているのですが」

 ロッソは頬を引きつらせルイーゼの方を見る。先ほどまで穏やかな笑みを湛えていたはずのルイーゼは、表情を消していた。

「そのように仰ったのならば、そうなのでしょう」

 声を固くしてルイーゼは腿の上に組んでいた手をギュッと握りしめた。それから話し始めたのは初代オスロン侯爵、ハラー・オスロンの末路だった。


 ハラーはノルニル国初代国王、グリーゼからオスロン領を与えられた。そしてその妻であるラグンヒルは水の精霊王から加護を受けた。ラグンヒルは男を狂わせるほどの美しさと色香を持った女だったと言われている。ハラーはそんな女性を妻とすることができて最初は喜んだ。しかし恐ろしいことに水の精霊王はラグンヒルに嫉妬し、ハラーに告げた。


 加護を受け続けたければオスロン家を女に継がせ、婿を我に捧げよ


 ハラーは女児が生まれ、その子が十三の誕生日を過ぎる頃に自ら海に身を投げた。


「以来、我がオスロン家では女がオスロン侯爵の家を継ぎ、婿に迎えた夫は娘が十三を過ぎた頃に海へ沈められるのです」

「なんてこと。それは王も知らないのですか」

「ええ。オスロン家の婿が短命であるのは六百五十年前から。そういうもの、という認識なのでしょう」

『愚かな人間よ。人間に都合よくしてやる理由など我らにはない』

 塒を巻く水の精霊王は耳障りな笑い声を残し、煙となって消えていった。

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