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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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帰城

 マリーは最初こそ不釣り合いだから、と断ろうとしたが土の精霊王の加護を引き合いに出すと恐る恐るだが承諾した。ティールはプルグ伯爵からプルグ侯爵となり四大侯爵家の一員となった。ザクセン侯爵家は取り潰しとなったが、混乱を避けるため領地の名前はそのままザクセンとすることになる。

「ヴァレンティーナ様、お元気で」

「大丈夫。また会いに来るよ。とりあえず結婚式には行くから」

 涙をこぼしてしゃくり上げるマリーを抱きしめ、ヴァレンティーナはティールを見る。

「マリーを頼みます」

「お任せください。ヴァレンティーナ様」

 力強くうなずくその姿を頼もしく思い、ヴァレンティーナはザクセン領、シュトロウムの街を後にした。

「お前、行かないのか?」

 ティールの横にはローマンが立っていた。

「何でも屋がついて行ってもどうにもならんだろ」

「護衛の仕事は終わったのか」

「……忘れてた。金もらってねえ」

 雲が青空を渡る、のどかな日の見送りとなった。




「殿下、もう一つのご報告の方はどうなりました?」

 ヴァレンティーナはテオドールと同じ馬車に乗って帰城することになった。ロッソは騎乗して馬車の後ろを歩いている。もう一つ後ろの馬車にはザクセン夫妻が乗っていた。

「叔父のカリグラ公爵の動きが怪しくなってきたのは、ここ数ヶ月のことだ。精霊不要論の筆頭が叔父上だった」

 どこか悲しそうな表情でテオドールは馬車の前方を見ていた。すでにカリグラは捕らえられているという。息子のマクシミリアンはまだ見つかっていないそうだ。

「叔父の部屋で汚された文献と全く同じ物が見つかったそうだ。今回のことも踏まえて、残りの精霊との契約も果たせるだろう」

「そうですか」

 ふ、とヴァレンティーナはエルドのことを思い出す。

「あの殿下、精霊の中に人型の精霊はいるのでしょうか?」

「人型の精霊? 俺は見たことがないが……。精霊帝は人型と言われてはいるが、お姿を見たことはない」

 土の精霊王の代替わり後、精霊らしき者達を目撃したが、どれも虫や小動物の形をしていた。彼らに聞いてはみたが、首をふるばかりで答えてはくれなかった。

「もう少し文献を読めば何か書いてあるかもしれないが。何せ急いでとんできたもので……」

 テオドールは何かに気づき、馬車の窓を開けた。すると馬車の中に白い鳩が空から入り込んできた。そばを走っていたローマンが声をかける。

「殿下! 今の鳩は」

「問題ない、俺の伝書鳩だ」

 言いながら足に括り付けてあった筒から紙を取り出し、目を走らせる。その表情は最初は鋭いものだったが最後には安堵したしたものになった。

「朗報だ。次の風の精霊の加護を受けることができたそうだ」

「え!?」

「文献に記されていることと、土の精霊王の事例を他の侯爵達にも伝えておいた。風の精霊は土の精霊と同じで穏やかな性質だから、うまくいったんだろう」

 残るは水の精霊王、火の精霊王の二つだ。

「水も火も攻撃的で少々、性質が荒いところがある。申し訳ないのだけれど、ヴァレンティーナ嬢引き続き協力をお願いしていいだろうか」

「もちろんです。といっても私自身は、あまり役に立てていないのですが」

「そんなことはない。今回のザクセン領でのことでは、あなた達がいなければもっと大変なことになるところだった。王に代わって礼を言う」

 ブリュック校での飄々とした態度はなりを潜め、テオドールはすっかりと王太子の顔になっていた。ヴァレンティーナはなんだかおかしくなって、つい笑みを溢してしまった。

「うん、これはいいものを見た。幸先良くなりそうだ」

 テオドールは春の花がこぼれるように咲く庭を見ているような、暖かい気持ちが胸に灯るのを感じた。




 ヴァレンティーナとロッソがブリュック城へ滞在したのは一週間ほどだった。

 その間にオリバー夫妻の取り調べが進み、王弟カリグラとのやりとりも明らかになった。オリバー夫妻の不正問題と精霊の加護の偽りは証拠もあり処分を下すことができたが、カリグラの謀反の証拠は上がらなかった。カリグラに対する取り調べも難航している。文献を所持していた理由も所持していて隠していた理由も、知らなかったの一点張りなのだ。土の精霊王のブレスをオリバー夫妻に間違った方法を示した理由も、知らなかったで通している。

「甘いんだよ」

 その話を聞いたロッソは吐き捨てるように言った。まだ容疑の固まっていないカリグラは、牢屋ではなく窓に鉄格子がはめられた、鍵のかかる部屋に見張り付きで閉じ込められている状態だ。王や王太子殿下は拷問も指示していない。それはカリグラ公爵が城の政務の大部分を担っている状態だからだ。テオドールが少しずつ分担を増やして采配しているものの、王が受け持つべき部分が少なすぎたために引き継ぎが難航している。

「人任せな王なんだな。王弟の不満が溜まるのも無理はない」

 ヴァレンティーナが謁見の間で会った王の印象を思い出す。悪い人ではない。しかし、テオドールや彼の母親が話の主導を握っていて、王自身の采配はあまり期待できるようには見えなかった。

「ま、とっとと精霊王から加護をもらえば、面倒な争いもなくなるでしょう。ヴァレンティーナ様、見えてきましたよ」

 小高い丘から見下ろすと、そこには大きな港街が広がっている。水の精霊王が加護するオスロン領、ヴェルゲニールの街であった。

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