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紫眼のヴァレンティーナ  作者: 吉田 春
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シュトロウム1

 馬車が無残な姿になってしまったので、四人は二頭の馬にそれぞれ二人乗りしてシュトロウムの街へ向かった。馬車で向かうより小回りもきき、早駆けもできたので次の日には街へ着くことができた。しかし、一行は思いがけない形で足止めをくらう形になった。

「王の使者? このザクセン侯爵家に送る使者ならば王家の馬車に乗り、それ相応の格好をするのが筋では? そのような身なりで我が侯爵家の門をくぐろうなどと甚だ不愉快である。出直して参られよ」

 屋敷の門のところで背筋を伸ばして毅然と言われてしまい、ヴァレンティーナ達は途方に暮れた。

 確かに馬に乗って駆けてきた為、全身土埃まみれなのである。肝心のヴァレンティーナに至っては地割れに巻き込まれたために服もボロボロだ。一番まともな服装なのは意外にもローマンだった。彼は荷物の中に着替えを持っており、屋敷を訪れる前に一人着替えていたのだった。それは何でも屋などと怪しげな商売をしている輩が持っていなさそうな上品な服だった。

「待たれよ。そなたは侯爵さまの執事のイーヴォだな。長男のティールはおられるか? ローマンが来たのに門前払いにすると後で罰を受けるぞ」

「ローマン……?」

 威厳のある老執事は眉を寄せてローマンの顔をじっと見つめる。しかしすぐに思い当たったのか顔をパッと明るくして別人のように朗らかな笑顔を見せた。

「ローマン様! 何年ぶりでしょうか。ティール様が時折気にしておられましたぞ。どこで何をされていたのでしょうか」

「訳あって、この方達を侯爵家へお届けすることになったのだ。道中で地割れにあってしまい馬車も壊れてしまったゆえに、情けなくも馬二頭に四人乗ってかけてきたのだ。侯爵様にお取り次ぎ願えるか?」

「申し訳ございません。ローマン様をお通しすることはできますが、やはりその者たちを屋敷内に入れることはできかねます。どうぞ、身なりを整えてからお越しくださいませ」

 なぜテオドールが頑なに馬車で行け、着替えを持って行けと言ったのかヴァレンティーナは理解した。確か、ザクセン領の人間は規律や伝統を重んじる質で、融通が聞かない頑固者が多いと聞いたことがあった。この老執事などその気質そのものであり、そして歴史と名のある四大侯爵家のザクセン家はその気質の筆頭と言ってもいい家風を持っているのだろう。

「あー、じゃあ俺行ってくるわ。宿で待っててくれ」

「仕方ない。ローマン、頼む」

 ヴァレンティーナ達はローマンの後ろ姿を見送った。

「ザクセン家と何か縁があるようだな」

「あいつに任せるの、癪ですけど仕方ありませんね」

「こんな堅苦しい家こっちから願い下げです。宿で湯あみしましょう、ヴァレンティーナ様」

 イーヴォという名の執事の背中にマリーは舌を出して見送った。

「そうだな。さすがに疲れたし、今日はもう寝よう」

「腹減りましたよ。どこかでメシにしましょう」

「いいこと言うじゃないのロッソ!」

 ローマンが何者であるかはさておいて、三人は温かいご飯を目的にシュトロウムの街をぶらつくことにした。




 ローマンが客間で待っていると、入ってきたのはザクセン家の現当主であるオリバー・ザクセン侯爵と妻のハンナであった。面食らったが顔色を変えず立ち上がり席を譲る。彼らはそれをごく自然に受け入れ、当然のように上座に座った。

「王の使者を連れてきたと聞いたが」

「ええ、たまたま地割れで彼らの馬車が壊れてしまったところに居合わせまして。成り行きで彼らを案内することになりました」

「そうか。地割れはこの街にはまだ起こっていないのが幸いだ。我らは被害をまだ受けていない」

「しかしザクセン領内の他の地域の村や町では被害が出ていますよ。村が丸々一つ潰されているところもありました」

「そうか。この街が被害を受ける前になんとかせねばなるまい」

 自分たちの住んでいる街さえ無事なら、あとはどうでもいいと言わんばかりの態度にローマンの頬はぴくりと引きつった。噛み合わないものを感じる。

「ハンナ様は精霊からの贈り物であるブレスはどうされたのでしょう? 切れてしまったと聞きましたが」

「あのブレスについていた美しい色の石は、ただの石ころになってしまって。銀の鎖もただの錆びた鉄になってしまったの。だから庭師に命じて庭に埋めたわ」

 ローマンは眉間にシワが寄るのを止められない。長い間、ザクセン侯爵家とノルニルの国を加護してくれていた精霊王の贈り物を庭に埋めるとは。精霊王に対する感謝も敬意も感じられない振る舞いである。

「初代のアウグスト侯爵から六百五十年間、多大な御加護をザクセン家に与えてくださった精霊王に対して、その振る舞いはよろしくないのでは」

「だが、国王の使者がそのようにするように、とおっしゃられた」

「は?」

 国王の使者は先ほど門前払いをしたヴァレンティーナ達だ。彼女達から他に使者が送られているという話は聞いていない。

「昨日、王家の馬車に乗り、王家の印章入りの手紙を持った使者の方が参られた。精霊王のブレスは土に返すために庭に埋めることを勧められた。そして彼らはこうも言った」

 部屋の入り口からザクセン領の兵士達が十人ほど入ってきた。ローマンの周りを取り囲む。

「王からの使者を名乗る者が来たらそれは偽物である。捕えよとな」

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