共鳴の案内人 ~マッピング能力も使いよう~
ダンジョン――一獲千金を夢見る者たちの憧れだ。
伝説の秘宝、世にも珍しい薬草、古代の発掘品その他もろもろ。時には金で価値を測れないようなものまで出てしまったりするのがダンジョンだ。
「よぅし。みんな、今日もダンジョン攻略始めようねぇ」
「ふはははっ、拙僧にかかればこのようなでんじょん、裏山に同じ!」
「うーん、違うなぁ。もっと可愛げのあるものよね。でも機能が落ちるのは本末転倒」
ダンジョンの入り口、三者三様の感性で過ごすのは、種族も年齢もバラバラの女性たちだ。
漆黒の翼を持ち煽情的ともいえる姿で斧槍を構えるリゴリー。
東洋の法衣に身を包みながら金棒を担いだ鬼女ハリサイ。
自分を自分で改造し続ける継ぎ接ぎだらけの人造人間ヴィフラ。
「というわけで今日もあたしらの案内頼むよぉ。オーズ」
「おう、任せとけよ……」
間延びした喋り方のリゴリーに応えたのは、テントやらポーションやら、残りの三人に比べて多くの荷物を持った少年、オーズだった。
探検前なのに疲れた様子を見せる彼にリゴリーが近寄る。
「何辛気臭い顔してんのさぁ。美女三人がお供で嬉しくない?」
「リゴリー、人造人間に性別は存在しないぞ。というか乗っかるな、ただでさえ荷物が重いんだから!」
「むふふふ、仲間に照れているようでは青いぞ、おぉず殿。よし、師匠より授けられた話を一つ。とある染物屋の奉公人……」
「ハリサイの話は基本長いからパス。リゴリーも、手持ちの荷物のチェックを」
「うーん、この装備だと積載制限を超えちゃうから……あ、でもこっちのほうがきれい?」
「ヴィフラ、換装はそこまでにしてパーツの点検をしろ!」
これからダンジョンに挑もうというのに、何とも緊張感がない。
「いいか。今日の収入で目標金額に達成できないと、リゴリーの借金も、ハリサイの酒代も、ヴィフラのローンも払えなくなる。今俺たちの食費と生活費だけでかつかつだってことを忘れるな……収入と支出のバランスおかしいだろうがよぉ……」
「わかってるよぉ。同じパーティーを組んだ以上、お互い後悔させないと誓い合った」
「拙僧の手にかかればでんじょんの怪物など一刀で二切れ、二刀で四切れ、三刀で八切れ、斬ってご覧に入れましょう! 拙僧の武器、金棒でござるがな」
「結婚には先立つものが必要よ。花嫁修業のためにもね」
オーズの言葉に各々応える三人。それに対し、彼はため息を吐き出した。
何せ、この会話はすでにやっている。それどころか、もう何度目かと思う。
それでも、このパーティーを崩すことはできない。
「全員無事で、生きて戻るぞ!」
「おう!」
激励にも応えた。初めて出会った時にも同じような言葉で気合を入れた。
今日こそうまくいきますように、ダンジョンの入り口をくぐりながらオーズは思った。
***
オーズは、普通の冒険者とともにダンジョンへ潜ることができない。
ダンジョンに潜る者には、【恩恵】と呼ばれる力が身につく。種族によって多少の傾向はあるが、どれも有用で、ある程度のカテゴライズもできる。
だが、時には大きなデメリットを伴うものがある。
強靭な肉体の代わりに理性が欠ける【バーサーク】、あらゆる地形を見通すが脳に負担の大きい【千里眼】、強力だが敵味方問わず効いてしまう【毒生成】、どれもメリットとデメリットを加味して、うまく使えばダンジョンに現れる怪物たちをたちまちに葬れる【恩恵】だ。
ただ、オーズの場合はそれが極端だ。
「さて、オーズ。さっそく【恩恵】でやってちょぉうだい」
「古代の装飾品とか発見してくれると嬉しいな」
「夢見てないで構えろ。すぐに来るぞ」
リゴリーの言葉に応え、オーズは自分の胸に手を当てる。
陣形はハリサイを最前列に、オーズとリゴリーが並び、三人を俯瞰するようにヴィフラが後ろから見ている。
「【恩恵:反響】発動!」
オーズの体表の空気が振動し、直後彼を中心に波動が広がっていく。
それが彼の【恩恵:反響】の発動エフェクトだ。周囲に広がる音によって脳内に地図を描き、ダンジョン内の構造を把握する。毎日形状の変わるダンジョン相手なら、これほどの当たりの【恩恵】はない――はずなのだ。
だが、実際に使ってみるとそうではない。
「来おったな。まるでイナゴの群れのごとき畜生どもめ!」
「ハリサイ、あんまり前に出すぎないでね。援護ができないわ」
軽口を叩きあうハリサイとヴィフラ。その目の前に迫るのは、大量の怪物たちだ。
まず【反響】は周囲を音で観測する。そこまではいいが、その音が問題だ。もしもその階層に大量の怪物が残っていれば、瞬く間に囲まれる。
この反響音に使う音波が、怪物たちを呼び寄せる性質を持っていたのだ。
「来るぞ、油断するなよ」
この怪物集団に、パーティーの弱点となる敵がいたらどうなるか。それに気づかず応戦した結果、壊滅ということも考えられる。
オーズの【恩恵】は安易に使えばどうなるか。その結果を、彼はもう知っている。
迫りくる怪物たちの群れを見るたびに、臓腑を掴まれるような感覚に陥る。
「頼むぞ、ハリサイ!」
「おう!」
では、なぜリゴリーたちと一緒にいて使ったのか。
「でぇぇやっ!」
答えは簡単。ハリサイは担いだ金棒を両手で持って、一気に敵の懐まで踏み込む。
「打ち捨て御免!」
憤激の言葉とともに振りぬいた金棒が、怪物の甲殻も毛皮も貫いて、骨を砕く。
つまり――強いのだ。
「おお、あいかわらずの金棒使い」
「オーズの音に呼ばれてきた怪物たちって硬いのに、ハリサイなら一撃ね」
街の酒場で酔いつぶれていたハリサイは、東の地方からの流れ者だという。突撃思考でダンジョンに挑んでいたのを、オーズがスカウトした。
彼女がここのダンジョンに挑むのは、極度の方向音痴であるため帰り道がわからないからだ。路銀を稼いで案内人を雇うなどと言っているが、そのほとんどは日々の酒に消えていく。
おかげで、強靭な戦士がパーティーに留まり続けていた。
「ハリサイ、回れ右! それ以上追うな、また道に迷うぞ!」
「おっとそれは勘弁! 全く、このでんじょんは天狗のまやかしのようでござるな」
「どうしてハリサイは案内板の立ってるダンジョンで道に迷えるのかしら」
呆れて肩をすくめるヴィフラは、高笑いを上げながら金棒を担いで戻ってくるハリサイを見る。
その全身は怪物たちの返り血に汚れているが、傷はない。何十匹という怪物をほぼ単独で瞬殺したハリサイは、血を拭いながら水分を補給する。
「はっはっはっ、この程度拙者には造作もなし!」
「よし、第一階層はクリアだ。素材を回収したら、第十層まで直通下降路に行くぞ」
オーズの言葉に肯いた一同は、休憩もそこそこに移動を開始した。
***
オーズの【反響】は、ダンジョンの怪物たちにとって不快らしい。動きを止めるほどではないが、怒らせて集める程度には嫌いな音のようだ。
ただ、これだけ集まってもダンジョン第一層の怪物からの落とし物など、千匹に一匹、めぼしいものがあるかという程度だ。
「よし、第三十層到着と」
「一層から十層はともかく、二十層以降は特に複雑なのに、早いよねぇ」
第一層での戦闘から一時間足らず。すでに彼らの姿は三十層にある。普通のパーティーなら十数時間かかるところを、彼らはその十分の一以下で到達していた。
「さすがは我らの案内人! 【反響】を使った良き移動だった!」
オーズの言う直通下降路とは、実はトラップだ。彼の音は設置された罠や行き止まりを検出する。それを利用すれば、低級冒険者を狙った落下トラップも見つけられる。
「あんたらじゃなけりゃ、疫病神って放逐されてたけどな」
「そういえば、初めて会った時の君はそんなだったよねぇ。組んだパーティーメンバーともどもボロボロで、罵倒されながら蹴り飛ばされて。見るに堪えなかったなぁ」
「自分で言ってなんだけど思い出したくないからやめてリゴリー」
「大丈夫よ。私たちはそんなひどいことしたりしないから」
俯くオーズの頭を、ヴィフラは無言で撫でる。
「ヴィフラってさ、そういう気づかいができるのになんでいまだに婚活中なんだ?」
「……どうもねぇ。人に優しくするのは簡単なの。相手の好みのパーツに付け替えれば、どんな容姿にも性別にもなれるからこそ、一番親しい同性の友達になっちゃうのよね」
「人造人間は究極の人間として造られるから、性別がそもそもないからな……」
それなのに結婚願望がある。最初に人造人間を作ったやつは一体何を考えていたのやら。
そんなことを考えているオーズの袖を、リゴリーは羽をパタパタと揺らしながら引っ張る。
「ねぇ、なんかちょっと暑くなぁい? 湿度高いのかしら」
「暑い……確かに、ちょっと気温高い気はするけれど」
「うーん、拙僧の故郷は暑くしけった土地ゆえ、さほど暑いとも思わんので」
「私はそもそも汗をかかないし、暑さを感じる器官が鈍いのよ」
リゴリーの種族は鳥人種。感覚器は鳥のそれと同等以上であり、ただの人間でしかないオーズにはわからない変化を感じ取れるのだ。
その感覚を彼は尊重する。
「わかった。【反響】を使うぞ。全員警戒!」
確かにオーズの力は有用だ。だが、それを活かせるだけの者がいなかった。リゴリーも同じだ。鳥人種という見た目も相まって、彼女自身を尊重できる者がいなかった。
けれど、このパーティーなら違う。
「あら、何かすごいの来ちゃったわね」
ヴィフラの声色が変わる。
オーズの【反響】は、一度使うとしばらく止まらない。その恩恵として、移動式トラップや階層内の怪物の位置が逐一わかる。
尤も、その大半が自分に向かって突き進んできているのは最大の問題だ。
再発動した以上、また止まるまでの間は三十層で増えた強敵たちが押し寄せてくる。
「通路の反響がどんどん早くなってる。通路を埋め尽くすほどデカいぞ」
迫りくる怪物は一体。だが、それが厄介だ。奥から溢れてきた熱気で敵を知る。
リゴリーが言った「暑い」の正体は、この怪物だった。
「マグマメーバ、四十層級の怪物じゃないか!」
「かかかっ、これはとんでもないものを引き付けてくれたな、おぉず殿!」
「あちゃー、これは想定外だねぇ」
さすがに全員顔が引きつった。マグマメーバは意志を持ち動くマグマと言っていい。
ここより十層は下でなければ出てこないような怪物なのだが、どうやらここまで上がってきたらしい。
「あれは拙僧の金棒ではだめだ。りごりぃ殿は?」
「うーん、できなくはないけど壊しちゃいそうだしぃ。オーズ、逃げる?」
「同意したいところだが、ヴィフラ」
「ん? どうかしたの?」
緊張感の漂う空気の中で、ヴィフラは汗もかかずに平然としていた。そもそも、彼女は言っていた通り人間の感覚とは多少違うのだ。
「やれるか?」
「もちろん、喜んで!」
直後、ヴィフラの右腕が割れる。まっすぐ伸ばした腕が掌に対して垂直に分割、中指と薬指が離れていく。断面の間に電流が走り、内包するエネルギーによって震える。
究極の人造人間――それは究極の人型兵器という言葉に等しい。
「コールドバースト!」
放たれたのは、青白い雷撃だ。それも単なる雷撃ではない。マグマメーバに当たると同時にその身を凍らせていく。
単なる雷撃ならマグマメーバを分裂させて危険を増やしただけだ。だが、ヴィフラのそれは冷凍光線、溶岩の体を凍らせていく。
熱を奪われてはたまらないと触手で反撃するが、ヴィフラは左腕を掲げる。すると、その手首が回転しながらエネルギーを放出、傘状の盾が出来上がる。押し止めるだけではなく押し返し、オーズたちへの被害を失くす。
その間にも、マグマメーバの体は凍り付く。
「とどめよ!」
右腕が攻撃をやめて閉じると、今度は肘から折れ曲がる。そして二の腕の中に仕込まれた武器が顔を見せた。
「マジックミサイル!」
炎と煙を上げてマジック(物理)ミサイルは飛んでいく。たっぷりの火薬が詰まった榴弾が激突し、爆発。マグマメーバの凍り付いた体は粉々に砕け散り、内部にある核が落ちる。
その光景を見るオーズは、勝利にも関わらずため息をつく。
「えっと、今の冷凍光線を十七秒撃ったから消費エネルギーは……このくらいか。で、シールドを七秒、マジックミサイル一発だから、合計で……」
「あら、おおよそさきほどの大群で得た素材分ほどね」
「くそぉっ! 安心と引き換えの経費が高い!!」
ヴィフラはこの世界で最も強力な人造人間の一人だ。だが、その分大量の物資、高価な補給素材を必要とする。
マグマメーバという複数の上級冒険者が束になって挑むべき相手でも、こうして彼女は完封できるのだから、むしろその程度の出費は必要経費と割り切るべきだろう。
「心配めされるな! そなたの【反響】が呼び寄せた怪物退治が結果……ほれ、こうしてみっそぉ一発分で同等の核が手に入ったのだ。喜ぶがよい」
「……ああ。あ、ハリサイが持っていると落とすから、俺が持つよ」
「ん、そうでござるな。お頼み申す」
頼もしい仲間であることは間違いない。
ただ、もう少し楽をさせてもらえたらな、と思わなくなかった。
***
マグマメーバの後始末をしたころには、オーズの【反響】は停止していた。
下層から登ってきたマグマメーバは冒険者だけではなく多くの怪物たちも襲撃していたのか、四十層までは静かなものだった。おかげで【恩恵】を使う必要もない。
「ねぇオーズ、今回の報酬で必要なもの払ったら、次はどうしようかぁ」
「次? 次はそもそも借金やツケを貯めこまないところから始める。人間誰かに貸しがあるとまともな精神状態じゃいられなくなるかなら」
「うーん、堅実というか単調な答えだなぁ」
「じゃあお前は何かあるのかよ」
オーズは、リゴリーに助けられた。パーティーから放逐されたところを彼女が助け、その後ヴィフラとハリサイをスカウトして現在に至る。言葉にすれば短い話だ。それでもオーズが救われたのは間違いない。彼自身の【恩恵】がこのパーティーでなければ活かせないという理由も大いにある。
だが悪態をつきこそすれ、恩義を感じているからこそ、彼女の借金返済のために協力しているのだ。
「ちょっと街から離れたダンジョン行ってみない? 今まで採れなかった素材とか、アイテムが手に入るかもしれないわよ」
「わかった。ならきちんと稼ぎが手に入ったら、小旅行かねて別のダンジョン行ってみるか」
「わっ! 別のダンジョン行くの? 新装備が手に入るかな?」
「ふむ。土地が変われば酒も変わる。これは次の冒険が楽しみでありますなぁ」
「ま、今回の収入がちゃんと目標金額に達していればって話だけどな」
でなければお疲れのところ悪いがもう一巡り、ということになる。
敵の少ない道を進み、最後の階段を降りる。そこは今までと雰囲気が違う。ダンジョンの最下層、ここがダンジョンの最難関だ。
「下層落下トラップのおかげでだいぶ短縮できた。ここからはさらに難易度が上がるぞ」
「重々承知! 皆の者、まいりましょうぞ!」
ハリサイの声に応えた三人は、恐れることなく下層へ足を踏み入れた。
「うーん、何度来ても空気が澱んでるね。危険な香りがするよぉ」
「うかつに【反響】は使えないからな。トラップに注意しろ!」
第五十層は最下層だ。もしここで一層のように怪物たちを集めたら、パーティーが蹂躙される。いくら仲間たちが強いと言っても、数でこられれば必ず被害が出るだろう。
それは誰も望んでいないし、これからの活動に大きなダメージを残す。
「しかし、ここでとれる素材ならばヴぃふら殿の食費も賄い、拙僧の酒代も補って余りあるほど。これだから下層探索はやめられん!」
「落ち着きなって。怪物は逃げたりせず向かって来てくれるから」
「猪突猛進はいい餌だもんねぇ」
走り出しそうなハリサイをリゴリーが諫める。このような会話も、仲の良さ故だ。
「ここを超えれば借金返済は目の前だ。ビビるなよ」
「ビビってるわけじゃなぁい、慎重と言って!」
ハリサイを先頭に全員で五十層を進む。
「息をするだけで肺が苦しくなってくる。これが五十層の空気か……」
「少なくない瘴気が含まれているからね。大丈夫、あたしの【治療】は効くから」
【恩恵】はある程度大別できる。リゴリーの【治療】も細かく調べれば違う名前になるのだろうけれど、瘴気に充てられたオーズにはありがたい。
「みんな大丈夫か。いつも四十層くらいで引き返してたから、さすがに初めては……」
「私はそもそも毒とか効かないから問題ないわよ」
「拙僧、寺の門をくぐる際に角を落とした故わかりづらいがオニ種である故、この程度の瘴気でどうにかなるほど、やわではござらんよ」
「あたしは自分で治療できるから」
「あれ、足手まとい俺だけじゃね?」
直面した事実に泣きたくなるが、リゴリーたちは首を横に振る。
「オーズがいたからここまで楽に到達できたんだから、少しは自信持ちなよぉ」
「そうね。オーズはよく頑張ってるわ」
「戦いなら拙僧に任されよ! それ以外はお頼み申す!」
ヴィフラが肩に手を置き、ハリサイがぶっきらぼうに頭を撫でる。有用だが使いどころが難しすぎて使えなかった【恩恵】の持ち主は、強い仲間と出会えたことで救われていた。
「というわけでおぉず殿。【反響】をやってくだされ」
「それやったらダメだって話さっきしたよね!」
「いや。そう警戒する必要がなさげでござるからな。良く周りを見られよ。怪物の姿も気配も一つとして見られん」
先ほどまでのおどけた空気が霧散する。ヴィフラは腕を展開し雷撃をいつでも放てる。リゴリーは斧槍を握りなおし、ハリサイとオーズも武器を構える。
確かに、五十層に入ってからこれまで数分だが、いやに静かだった。
「マグマメーバの時と同じようねぇ。下層から上がってきた強敵が、上の層を食い荒らしたように。ここは最下層だから、階層主より強いのが出たとか?」
「雑魚に大量遭遇するよりかいいよねぇ。オーズ」
「ああ。発動する!」
響きわたる音波が、すぐに敵の位置を伝えてくる。反射の仕方から把握した姿に、オーズの顔は青くなる。
「逃げたほうがいい」
「え?」
「デモゴルゴンだ!」
そう判断した時には遅かった。同じ怪物たちを屠ったそれが振り向いたと思ったら、音を超える速度で迫りつつあったのだ。
リゴリーと同じような翼を持った人間の姿をしている。しかしその形はコウモリのそれであり、竜のようなしっぽとツノ、牙を持ち合わせている。
「おぉず殿!」
振り下ろされた爪をハリサイの金棒が受け止める。衝撃だけでダンジョンの床と壁にへこみができる。そんな一撃を受け止めたハリサイの能力の高さは、きっとこのダンジョンに挑む誰よりも上なのだろう。
その顔が、苦痛と焦りに歪む。
「仲間から離れなさい!」
チャージしていた雷撃が放たれる。色は赤、高熱のプラズマの塊だ。デモゴルゴンの尻尾を焦がすほどの威力だが、肉を抉るほどの出力はない。
ヴィフラに飛び掛かろうとするところを横から来た斧槍が静止する。首、肩、脇を狙った三段突き、ほぼ同時かと思われるほどのリゴリーの攻撃をデモゴルゴンは無造作に受けた。
「硬い……」
「音を強める。ひるんでいる間に首を!」
オーズは手を重ね合わせて力を籠める。この【反響】は基本的に攻撃には使えない。だが、至近距離では音波の衝撃だけで人を昏倒させることもできた。
それでも、一瞬程度しか効果はない。
「ぐふぅっ!?」
振り回されたしっぽが腹を打ち、ダンジョンの壁面に叩きつけられる。
ぶつかった背中に押されて肺の空気が押し出される。呼吸がうまくできず、登ってくる痛みで全身が動かない。心臓止まっていないか? と思うが思考できている以上止まっていない。
「オーズ! ハリサイ、ヴィフラ、全力で止めるんだ!」
「承知!」
「ええ!」
リゴリーの言葉に二人が承諾する。その間に彼女はオーズを助け起こす。
「ははっ……マジで、ありえねぇ……」
「そうだねぇ。こんな敵は予想外よ。さ、ここを離れるわ」
「ああ……」
力なく答えるオーズは、立ち上がる力もない。首から下にうまく力が入らない。
おそらくは一時的なものだと思うが、リゴリーの助け失くしては立てなかった。背中に回った掌から、【治療】の力が流れ込んでくる。
「すぐにここから離れて、あと二人も連れて脱出を――」
「いや。待て。向こうへ、袋小路のある方へ……」
「はぁ? 何言ってるの、バカなことを言わないで」
間延びした喋り方がなくなっている。それほど切羽詰まった状況なのだと、彼女も理解しているらしい。それでもなお、オーズは通路の奥を示す。
頼む、と小さく付け加えて。
「……もうわかったよ!」
確かにオーズとリゴリーがともにダンジョンに潜った日数も回数も少ない。だが、確かな信頼がそこにある。
デモゴルゴンを足止めする二人の体には、短い間に受けた傷が見えた。
法衣は裂け、装甲は割れ、少なくないダメージを、ハリサイたちが負ったことが見て取れた。
「プラズマ砲が効かない。腕の内臓ブレードでも切れない。人造人間の私に悪魔を鎮める祈りはできない……勝てる要素が足りないわね」
「りごりぃ殿が戻ってくるまでの辛抱でござるぞ、びふら殿。こやつの体力を削り、三人がかりならば!」
ハリサイは気丈に言うが、その顔に余裕はない。五十層という領域ですら楽勝だろうと思っていたのは否めない。そこに現れたデモゴルゴンという圧倒的脅威。だが、彼女らは退かない。今退けば、逃げた仲間に敵の牙が伸びる。
それだけは避けなくてはならない。
『ハリサイ、ヴィフラ』
耳の奥から聞こえたような声に、ハリサイとヴィフラは肩を震わす。なんだ今の声はと思うが、同時にそれはオーズの者だと理解する。
『【反響】を応用して、声を届かせている。デモゴルゴンにはわからない。リゴリーが向かってる。俺のところまで誘導してくれ』
理屈はわからないし自由自在というわけではないだろう。淡々と用件だけを伝えるような言葉だ。
ただそれだけで、オーズの頼みに彼女らは応える。
「応!!」「任せて!!」
突っ込んでくるデモゴルゴンを金棒が迎え撃つ。鉄同士がぶつかった時より鈍い音を響かせた。その速度を出す翼に対して内臓ブレードが振り下ろされる。文字通りの手刀が付け根を打つが、皮膚は装甲板より硬い。
うっとうしそうに腕を振るおうとする悪魔の肩に、ふわりと何かが舞い降りる。
「悪魔さん、あちらで遊びましょぉ」
三本の爪、そして後趾を用いて両肩を捉える。音を出さぬ羽ばたき、フクロウの鳥人であるリゴリーは、気づかれることなく上空を取る。
そしてその場で後方に回転。持ちあげた悪魔の体を、自分の後ろに向けて投げ飛ばす。
「リゴリー、オーズは?」
「大丈夫。二人はあいつを抑えて。とどめは、あたしたちが」
叩きつけられ、痛みを覚えるデモゴルゴンを、ハリサイとヴィフラが追い立てる。その先は、ダンジョンの行き止まりだ。
「音は、狭いところの方がよく反射するからな」
壁の出っ張りに隠れていたオーズは、追い立てられるデモゴルゴンを見て、口角を吊り上げる。さっきはよくもやってくれたと、悪態をつきながら。
ハリサイとヴィフラの蹴りが、デモゴルゴンを奥へと押し込んだ。
オーズが飛び出し、同時に二人が離れる。
「【反響】、最大出力!」
何かに当たって跳ね返ることが前提の【恩恵】は、単純に使っているだけなら単なるマッピング能力でしかない。だが、狭いところで集中すれば、それは音響兵器とでも言うべきものになる。
もちろん敵を呼び寄せる性質自体に変化はないが、それを集中して浴びせ続けることができれば、怪物とは言えどうなるか。
デモゴルゴンは頭をさえ、翼で頭を庇おうとする。だが、音は目に見えない攻撃。多少の壁で防いだように思えても、新入角度を変えてどこからでも襲い掛かる。
しかし、大きなダメージではない。
それは、彼女らの役目だ。
「この狭さなら、避けようもないわ」
斧槍をくるくると回すリゴリーは、その先端をデモゴルゴンへと定める。
彼女を中心に風が渦巻き、小さな竜巻のようになる。
「やっちまえ、リゴリー」
それは、【反響】を発し続けるオーズの真横を通り抜ける。
彼はその瞬間も恐れることなく、ただまっすぐにデモゴルゴンを睨んでいた。
「撃ち抜け、一投!」
風を纏う斧槍の威力は、たとえマグマメーバの体がどれだけ熱くても、熔けきる前に核を撃ち抜くだろう。デモゴルゴンがどれだけ硬い皮膚を持っていようとも、風によって構成された加速と螺旋の刃は、貫いてダンジョンの壁に磔にする。
豪快な激突音を響かせた斧槍に貫かれて、デモゴルゴンは四肢を投げ出した。もしこれが行き止まりでなく普通の通路なら、一体どこまでその体は飛んで行ったことか。
「あの速度を出せる敵だから、狭い通路で逃げ場を失くし、音波で弱らせる。確実かつ適切な手段だったねぇ」
「ああ。あいつが強すぎたのが原因だ。普通の階層主なら、自分の部下全員を殺しちまうことはないからな」
敵の愚行に救われた。そう肩をすくめるオーズは、ふらりと力尽きて倒れる。その肩を、リゴリーが担ぐ。
「さ、あいつの素材と、この階層のアイテムを拾って帰るぞ。脱出用直通昇路の位置はもうわかってるからさ」
オーズの言葉に三人は肯き、後始末の後、ダンジョンを脱出した。
***
換金結果を告げる用紙を見ながら、オーズは拳を振り上げる。
「やった。これで、全員分の貸し借りゼロ……これで真っ当な冒険者を名乗れる……!」
嬉し涙を流すオーズを横目に、三人は杯を交わす。ようやく借金やらツケやらから解放されたのだ。飲みたくもなる。ヴィフラは酒ではなく潤滑油だが。
「して、この先どうするか、早々に決めてはどうでござるか? だらだらと遊んで暮らせるほどもうかっておるわけでもありますまい」
「現実引き戻すわねぇ。でも私は借金、ハリサイはツケを返したとして、ヴィフラは」
「今回の修理代でまたローンよ。前よりは少ないけど」
「貯蓄と安定した暮らしはまだまだ先かよ……」
さらに言えば、デモゴルゴンのせいで少ない装備がさらに消耗した。すぐに金欠とはならないが、備えなくてはならない。
「なら、あたしから提案いいかしら」
「ん? なんだ、提案って」
「やっぱりオーズの【反響】によるマッピングは有用だって、ここで証明されたわ。だから途中で言ってた、街から離れたダンジョン、より上級のダンジョンにいきましょぉ」
デモゴルゴンを倒したという功績は確かに輝かしい。だからと言ってそれが他のダンジョンで通じるか、微妙なところ。それはリゴリーだってわかっている。
だからこそ、試したいのだろう。自分たちの力を。
「よぉしっ! なら小旅行兼ねてでんじょん挑戦を前に、乾杯といこうではないか!」
「あら、もう決定なのね」
「よいではないかよいではないか。おぉず殿もよろしいな!?」
ハリサイの問いかけに対し、オーズはリゴリー、ヴィフラのことを順番に見る。
そして肩をすくめながら言う。
「俺はお前ら三人の案内人なんだ。連れていくさ、どこまでも」
自分のジョッキを手に取ったオーズは、それを彼女らの前に出す。
応えるように、三人の器がぶつかり、音を鳴らした。
結果、また装備品や移動費やらで、小さな借金を抱え込むことになるのだった。
少しでも気に入っていただけたら幸いです。
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