星の夜、故に世界は孤独である
「両片思い」
それは両想いの二人がお互いに片思いをしている関係性のことをいう。両片思いはひとえに言えば、「あいつら、好き同士じゃね?」という現象である。クラス内で噂されることは多々あり、ヤジが飛んでくることもあるが、本人たちはいい迷惑である。
両片思いの面倒な所は、互いに進むことがないので長期間の片思いになり、卒業まで続き、その後の進路はバラバラ、二度と出会うことはない。こうなってしまうところである。
つまり、「友達以上、恋人未満」こっちのほうが理にかなっているかもしれない。この話は、そんな両片思いの二人が、バレンタインにいい加減、自分たちの関係性を変えるべく、一歩踏み出す話である。
2/11 金 春斗の家
今年のバレンタインはいつもとは違う、少しだけ覚悟を持った状態で挑むことになる。相手は、幼なじみの唯。
今年は、週の頭にバレンタインがあるため、二日前の金曜日に唯が言った。
「今年のバレンタイン、あんたに渡すわ。」
いきなりであった。幼なじみだからと言って毎年もらっているわけではないし、去年もらったわけではない。それなのに、胸の動悸が収まらないのはひとえに、俺が唯のことを好きだからである。小学校からの付き合いで、中学、高校と来た。当然、家族ぐるみで付き合いは長い。好きだと自覚したのは、高校の時、入学式で生徒代表を務めた唯を見て、ときめいた。いつもとは違う、この時に疑惑は確信へと変わった。
告白は俺からすると決めてからはや二年、告白するチャンスは何度もあった。夏祭り、文化祭、体育祭、修学旅行、挙句の果てには唯の部屋まで……。
だが、言えない。いざ告白しようとすると口が上手く動かない。体が無性に震えて続きが出てこない。勇気が足りない。
もう高校三年生、唯は大学へ、俺は地元で就職が決まっている。初めて進路が分かれ、二度と会えないかもしれない。だから、これがラストチャンス。そんな時に唯がチョコレートを俺に渡すといった。
「これは……あるのか?」
ふとそんなことがよぎって、すぐに首を振る。
あの、唯だぞ。学校からの評判も良くて成績優秀、友人多数で弱点がない。そんな人が好意を持ってくれるのか?
不安がよぎる。唯はバレンタインに渡すといった。それは別にチョコレートに限った話ではない。クッキーやマシュマロ、グミが飛んでくる可能性もある。そうなれば告白どころの話ではない。
「俺は……どうしたら………」
そんなことを考える金曜の夜であった。
2/11 唯の家
「ついに……言っちゃった!!!」
私は自分の部屋で何度も跳ねてしまった。バレンタインの日に幼なじみの春斗に渡すと宣言したのである。
「どーしよ、どーしよどーしよぉぉぉぉ!!」
お菓子作りは前々からやってきた。小さい頃からお母さんに教わったかいがあった。おかげである程度のお菓子は自分だけで作れるようになった。シミュレーションも何度もしてきた。毎年春斗にはチョコレートを持ってバレンタインを迎えた。でも、渡せない。なぜかわからないけど、春斗を前にしたら、なんてことないこともドキドキしてきてチョコレートどころじゃなかった。春斗は小学校から一緒で中高と関係は続いている。私は、春斗が好きだ。じゃなきゃ毎年チョコレートを準備してこない。だが、春斗は恋愛に関しては本当に疎くて、学校の色々なイベントに誘ったし、勇気を振り絞って私の家に誘ったこともあった。だけど、春斗は私を見たら、なんか体の震えが止まらないとかわけわかんないこと言って話をそらしちゃって……。
春斗は地元の企業に就職が決まっている。私も県内だけど、少し遠いところに進学をする。だから、会えるのは高校までだ。だから、私は勇気を振り絞った。
「今年のバレンタイン、あんたに渡すわ。」
我ながら、上出来であると思う。あとは、何を渡すかである。チョコレートでもいいが、ここは少し凝ったものにしたい。もちろん、バレンタインに渡すと言っているのだから本命相手にグミやマシュマロはあり得ない。春斗が意味を知っているかどうかはわからないけど、渡さない。
「さて、どーしましょうかね。いった手前、あとには引けないし………二日で出来るもの……グラッセ
はなんか重いし、キャンディは市販でいい。そうね、カップケーキとかどうかしら。」
今から、何が必要かお母さんに聞いてみようか。大丈夫、きっとうまくいくわ。
確実なことは何一つないが、とりあえず、親に色々相談してみることにした金曜の夜であった。
2/12 土曜日 春斗の家
「まっっっっっったく、寝れんかった。」
寝ぼけた髪を整えながら、俺はつぶやいた。昨日は、あの後ベッドに入っても眠れることはなく、何度も起き上がっては考え、起き上がっては考えを繰り返してしまった事で、すっかり時間が経過してしまった。
「あら、ハル。おはよう、目の下すごいクマよ?テストでも近いの?」
「母さん、おはよう。テストはこの前終わった。このクマは自分との闘いに負けた時のクマ。」
後ろからカールの髪型を整えた母親がポンと肩をたたく。
「そういえば、今年はどうするつもりなのかしらね?」
「何が?」
「唯ちゃんのチョコレート。」
「んぐっ、ゲホゲホゲホ!!」
唯からのチョコレート という発言に咽た俺を見て驚く母親。手を口に当てながら少しニマニマした表情を浮かべる。
「あら、誰もあなたへのチョコレートとは言ってないわよ。それとも心当たりがあるの?」
「今まではなかったよ……」
「今まではって、あなた気づいてないのね。」
「何が?」
「唯ちゃん、毎年チョコレート作っているわよ。あなた宛ての。」
「………………は?」
あまりにもあっさりとした母親の暴露に対して持っていた電動のブラシが鳴る音だけが洗面台に響く。
2/12 土曜日 唯の家
「ああもう!難しすぎるわ!うまくいかない!」
土曜の昼前から台所に立ちレシピ本片手に黙々と作っている私だったが、どうにもうまくいかない。チョコレートもカップケーキも何度か作ったことがあって、それなりに自信もある。だから、試作を数回やっていい配合を探そうとしたが、そもそもチョコレートとカップケーキの相性があまりよくないのか、形がきれいなものが出来上がらない。朝一にスーパーによって買った材料がもうじき底をつきそうだ。買いなおそうとも考えたが、高校生でアルバイトをしているわけではない私が持てるのはよくて月に五千円が限界である。せっかくのバレンタインなのだから親の金は使いたくない。でも、本番用を残したとしても試作できるのはあと一回か二回ほど。
「しょうがない、頼るか。」
私は寒いからと言って朝食を食べた後に寝てしまった母親をたたき起こした。
「お母さん、チョコレートのカップケーキのつくり方教えて~」
「………んぅ、いいわよ。どんなのを作りたいの?」
「バレンタイン用。」
「あら、今年はカップケーキに挑戦するのね。ハルちゃん用かしら。」
「…………うん。」
普段はぐうたらしている母親だが、実はれっきとしたお菓子職人なのである。私が母親を頼りたくない理由でもあるのだが、完成度が高すぎて自分のがみすぼらしく見えてしまうからである。
だが、今回はそうも言ってられない。しぶしぶ頼るのである。
「試作はあと何回出来る?」
「よく持って二回。」
「よし来た、お母さんに任せなさい。」
そう言い切った母親は起き上がり、エプロンを片手に取ると私の試作を一つ食べた。
「ん~~~~~~なるほどね。」
母親は何かを理解したかのように私に向けて言う。
「確かにこれなら並大抵の人に渡す義理チョコなら問題ないわ。先生やクラスの人に配る程度でしょう。でも、相手がハルちゃんなら話は別。唯、あなたが作ったこのお菓子からは愛が足りないわ。あなたがハルちゃんに対する愛情ってものが抜けているのよ。」
母親はそう言い切ると、私が作った試作を一つ一つ見比べ始めた。
「これは、うまく混ざりきってない。これは、焼き時間が長い。これは味がちょっとパサついててお菓子ではない。そしてこれは愛がない。」
最後に自分が食べていたカップケーキを指さすと母親はにこやかになった。
「じゃあ、どうするの?もう日がないわ。」
「簡単よ、あなた。今までハルちゃんに何度もチョコレート作ろうとしたけど結局、渡せなかったそうじゃない。」
「ど、どうしてそれを……」
母親にだけは内緒にしていた。私がハルに対して好きだという自覚の証明になってしまいそうで怖かった。
「私がお菓子作りの後を見逃さないとでも思っているのかしら。第一、あなたがハルちゃんのお母さんに聞いているの知っているんだから。」
「あ………ああ……」
確かに、ハルの母親には相談した。万が一、砂糖とかのアレルギーだったら困るから。ついでにハルがチョコレートをそこそこ好きでいるということも。
でも、それが何で今になって……バレているのよ。
「ま、大丈夫でしょ。唯は私の子供なんだもん。何とかなるよ。」
「また適当言ってる。」
「違うわよ。じゃ、お母さんは仕事の準備してくるから。」
「分かった。ありがとう。」
「あ、そうだ。チョコレートなんだけど……チョコチップのほうがいいかもしれないわね。」
うちの母親はどうしていつもこう……大事なことを最後に言うのだろうか。
こうして、私はハルへ渡すカップケーキを最大限の気持ちを込めることで成功した。
2/14 月曜日 学校にて
「おはよう、唯。」
「おはよう、ハル。」
朝、クラスメイトがいないところで勝負を仕掛けようと考えた俺は、唯を朝一に呼び出した。まだキジバトが外で鳴いているのが聞こえる。
「………なによ。」
「なんでもない。」
俺は唯の隣の席に座る。何かを言いたげそうに口を何度も、もごもごさせている。
何か言おうと思っていても切り出すのがとても難しい。日曜日に色々なシミュレーションをしたのがここで全部無駄になった。
「…どっから言ったもんかなぁ。」
何気なくそんな言葉が出てきた。特に意図はないが、切り出しとしてはまずまずだろう。
「母さんから聞いたぞ、お前毎年俺にチョコレート用意してるって。」
「知っていて当然よ、ハルのお母さんに色々相談したもん。まあ、私の親にも話が言っているとは思っていなかったけれど……。」
「お前の母さん、お菓子屋さんで働いているもんな。バレるだろ。」
違う、俺が言いたいことはそういうことじゃない。もっと、確信に迫ることを言うんだ。
私は、なんでこんなことを言っているんだろう。さっさとハルに『好き』と伝えてチョコレートを渡せば終わりなのに。
いい加減、この関係を断ち切るのもいいかもしれない。
いい加減、この関係から進まなきゃ。
俺は席を立つと唯を手招きして教室の隅っこに誘う。
「唯、お前、言ったよな。チョコレート俺に渡すって。」
「言ったわよ。その言葉に偽りはないわ。証拠が欲しいなら見せてあげてもいいわよ。あんた宛だからそのままもらってくれてもかまわないわ。」
「唯、そのことなんだが。俺がもらっていいんだな。」
「何言っているのよ、最初からあんた宛って言っているわよ。」
「じゃあ!!お前は俺のこと好きなのかよ!」
「好きに決まっているじゃない!!そうじゃなきゃ毎年こんなに悩んだりしないわ!!」
「っく………お前、感情に任せてとんでもないこと言ったぞ。」
ハルの言葉に私は自分が言った言葉の意味を理解した。そして、急に顔が熱くなるのを感じたけど、それは目の前にいる男もそうだった。
「ずるいぞ、告白は俺からするって決めていたのに……」
「え?告白?」
「………お前のせいだぞ。何もかも。」
「私のせいって……」
「そうだ!俺がお前をまともに見れなくなったのも、お前を見てムズ痒い感じになるのも、お前がバレンタインに合わせてチョコレートを作るって言ったから休日が休日じゃなくなった。こんな気持ちになったのも、全部お前なんだよ。」
進め、あとには戻るな。自分にそう言い聞かせながら俺は一歩踏み出して、すでにちょっと涙目になっている唯に近づく。
「俺は!お前が好きだ。ずっと前から好きだ。大好きだ。」
「私も、ハルが好き。だいすき。」
そこから先はキジバトの鳴る音がやっと進んだ一歩を祝福するかのようだった。