映画館
三題噺もどき―ろくじゅうはち。
お題:ポップコーン・満席・映画館
真っ暗な箱部屋の中。
目の前で繰り広げられる恋物語や激しいバトル。
日常からは程遠い、非日常的なあれこれ。
「……」
満席なんて程遠い。
ガラガラの小さな映画館。
「……」
そこで1人、ポップコーンを片手に見ている。
(つまんない……)
まあ、そんなことを思うなら、映画館に行かなきゃいいのだが。
別に、映画を見ることが目的ではない。
―この空間が、この時間が好きなのだ。
真っ暗なこの箱部屋が。
ポップコーンを食べながら、のんべんだらりと過ごすこの時間が。
他の人間なんて、いないような。
この箱部屋で、独りでいるようなこの感覚が好きで。
「……」
大人になってから、社会に出てから。
嫌というほど、人混みに揉まれて。
人の嫌なところばかり見て。
目を瞑ろうと、耳を塞ごうと、現実は無理やり突き付けられて。
けれど、ここは真っ暗で、何も見えない。
外から隔離された部屋。
小さな箱部屋。
聞こえるのはスクリーンからの声だけ。
現実じゃあ聞かないような、爆発音や衝突音。
それに混じって、恥ずかしくなるような浮ついたセリフ。
面白いからとか、楽しいからとか、そんなんじゃない。
ここにくれば、現実は追って来ない。
現実からの隔絶を物理的にできる。
「……」
(まあ、逃げてばっかじゃダメなんだけど)
しかしそれが分かっていても、詰めすぎてしまえば、息が苦しくなってしまう。
海で溺れたように、息ができなくなる。
砂漠で1人にされたように、孤独感に襲われて、自分の存在価値が分からなくなる。
―そうなってしまえば、多分、たえられなくなる。
だから、息が苦しくなって、死にたくなってしまう前に。
現実逃避をするために、私はここに来るのである。