元ヒロインが迫ってくるのですが
タイムリープできるとはいえ、そう何度も死に近づきたくはない。
エミリーの頭の中で最も死を連想させる登場人物は2人いる。1人は今まさにエミリーの目前まで来て跪き、手の甲に唇を落としているジョナサン。
もう1人はこの国の王位継承者である。
この王位継承者というのがまた厄介な男で、エミリーを忌み嫌った。エミリーもまた彼のことが大嫌いだった。
「考え事かな? エミリー嬢」
「いいえ、まさか。素敵な殿方を前にして少し緊張しているだけですわ」
「そう? それならいいけど。きみが他の男性のことを考えているんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
他の男性のことを考えていたことは否定できないが、ジョナサンに咎められる義理もない。
不満が顔に出ていたのだろう。ジョナサンは紳士らしく微笑みを返してきた。
「婚約者がいる女性に言うセリフとしては相応しくなかったかな?」
そんな探るような目をした男からの問いに何と答えるべきか、今までの人生で男性から好意を向けられた経験のないエミリーには分からない。
仮に相手が彼でなければ少しは浮き足立ったのかもしれないが、これまでの人生を振り返れば迷惑以外の感想が出てこない。
話題を変えた方がいいかしらと背後で控えるお歴々を窺いつつジョナサンから距離を置いた。
「ところでジョナサン様」
「ジョンでいいよ」
「……ジョン様、リリアナ嬢からの文は読まれましたか?」
「ああ、読んだよ。そしてお断りのお返事をした。今も昔も僕の心を占めるのはただ一人だからね」
これには思わず周囲で黄色い悲鳴が上がる。押しこらえた風ではあったが会場の注目を集めるには充分だった。
説明が遅れたが、彼らがいるのはパーティー会場である。今宵は若い貴族たちの教養と社交の場であるビースト学園への入学祝いパーティーだ。
入学者とその両親や側近が談笑したりダンスをしているはずだったが、ここでエミリーとジョナサンという美形の組み合わせのせいで目立ってしまっていた。