ヒロインはイケメン
「ごきげんよう、ジョナサン様」
微笑みながら、ドレスの裾をつまんで少しだけ持ち上げる。
全身を彩る宝飾品が、窓からの光を反射して瞬きをした。身につけた宝石にも劣らぬ美貌を持つ彼女はエミリー・ブルノンヴェル。ブルノンヴェル伯爵家の長女であり、完璧なる令嬢である。
彼女の睫毛は1本1本が水を含んでいるかのようだ。滑らかな白い肌と桃色の頬は思わず口に含みたくなるほどに甘く、世界中のエメラルドを集めてきても尚彼女の瞳が一番輝いている。
「エミリー、昨日ぶりだね」
そう言ってこちらに大股で近づいてくる騎士、彼こそがエミリーの目下の悩みの種であった。
ジョナサン・グラーン、以前はジェーン・グラーンという名の公爵家ご令嬢であった。
そして、乙女ゲーム『こんな恋ってありえない!?』のヒロインでもあった。
何のことかよく分からないだろう。エミリーも混乱している。
整理すると、まずエミリー・ブルノンヴェルは現代日本からの転生者である。前世での記憶もあり、31歳OLだったことは覚えている。そして今世では時間を操ることができる特殊能力により何度も断罪を逃れてきた。設定盛り過ぎて訳が分からなくなっていると、どこかで下界を見下ろして下々の者共を嘲笑っているであろう神々に心中で抗議しつつ、目の前の課題は『いかにジェーンもといジョナサンから遠ざかるか』である。
平和な日本で平々凡々に暮らしてきたエミリーがなぜ悪行の限りを尽くす極悪人となったかはさておき、今のこの状況は明らかに緊急事態だ。
女性であったときのジェーンは栗色でふわふわの髪が愛らしい天使のような見た目の令嬢だった。優しく、慈愛の心を持ち、品行方正だった。
そんな彼女が今となっては騎士として、時に人を傷つけてまでも国を守っている。
どういうことなのかエミリーにはさっぱり分からない。
どこかにいるであろう神々の悪戯か、あるいはタイムリープを繰り返した代償か、彼女は彼になってしまった。顔だけは好みのイケメンだ。
しかしヒロインのことは何度も殺したし、殺されかけた。
元は乙女ゲームの世界の割に出てくるワードが殺伐としていると思われるだろうが、このゲーム内での断罪イベントとはつまりエミリーの死刑を意味していた。