妹が約束を破ったので、もう借金の肩代わりはやめます
閲覧ありがとうございます(^ ^)
「こっ、これは……!」
「へっへーん、すごいでしょ? お父様っ」
自慢げに仰け反ってみせるのは、わたしの双子の妹ステラリア。
「まさか、お前……」
「そうっ! わたし『加護』を手に入れたのっ!」
目の前の黄金を見て、お父様は怖いくらい目を大きくしていた。 それはそうだろう、だってそれは、元々ただの『石』だったんだから。
「す……――――すごいぞステラリアッ!!」
「えへへ、姉さんもできるよっ!」
「――なんだと!? や、やって見せてくれダリアッ!!」
「う、うん」
お父様の迫力に気圧されながら、わたしは石を一つ机に置き、それに両手をかざした。
「おお……おおおおッ! 素晴らしいッ! これでノームホルン家は安泰だッ! あーっはっはっは!」
わたしが作り出した金を手に取って、お父様は高らかに笑う。
世界に10人と居ない加護を持つ人間、その能力は一つとして同じ物が無いらしい。 そして、わたし達姉妹が授かったのは『錬金の加護』、この時12歳だった。
「これで巻き返せる……。 見ていろよダラビット家、いや―――アインツマンよッ!」
わたしが作り出した金は、ステラリアの物より光り輝いていた。
でも、わたしが錬金の加護を使ったのは、神様が授けてくれた今日、この日だけだった―――。
その夜、並んだ二つのベッドに入ったわたし達は、運命の日に興奮して中々寝付けなかった。
「ねえ、姉さんリオネルのこと好きでしょ?」
「えっ」
リオネルは、昔からわたし達がこっそり会って遊んでいる幼なじみだ。 なぜこっそりなのかは、お父様が言っていたダラビット家の子供だから。
「わたしも好きだけど……いいよ、姉さんに譲ってあげる」
「ほっ、ホントに? いいの?」
「ほらっ、好きなんだ!」
「う……」
よくわからないけど、お父様はリオネルのお父さんが嫌いみたい。 同じ公爵家だから、競争でもしてるのかな?
「いいよ。 だってわたし達は加護を持ったんだから、わたしはもっと上の王子様と結婚するっ!」
「そ、そっか」
嬉しかった。 わたしは王子様なんか興味が無い。 ずっと好きだった、リオネルと結ばれたいから……。
それから4年後、妹はあっさりとその約束を破った――――
◇◆◇
「……ひどい顔」
朝鏡に映るのはいつもの顔。 目には黒いクマ、食欲が無く頬はこけて、疲弊感が全面に出ている。
「ステラリア、もう少し抑えてくれないかしら……」
この4年でわかった事がある。
それは……
――――『加護』のほとんどは、わたしが授かっていたという事が。
なのに、
「今日もひどい顔ね」
「まったく、身体が弱いのは仕方ないが、少しはステラリアを見習ってほしいものだ……!」
朝食の席で、両親は嫌気が差した顔でこんな事を言ってくる。 本当はわたしが『錬金』してるのに……。
――でも、ステラリアはリオネルを譲ってくれたんだもの。 今日だってダラビット家に夕食に呼ばれているし、リオネルとは想い合う関係になれた。 婚約はお父様に許してもらえてないけど……。
「具合が悪いと言って、たった一度しか金を作れんとは……」
「ごめんなさい……」
それが、この4年でわかったもう一つの事。
錬金には、―――『対価』が必要。
体内にある魔力みたいな物なのか、それを吸い取られる。 でも、ステラリアにはそれが少ないらしく、あの子が自慢げに加護を使う度、わたしのそれが吸い取られるのだ。
「あの時は出来たのに……今頃二人の加護持ちでダラビット家をとっくに追い越していた筈なんだ……!」
「あなた」
「……わたしのせいで、ごめんなさい」
やりたくても、無闇に錬金する妹のせいで出来ません……。
でもそれも、もうしばらくの辛抱なの。 ステラリアは願いを叶え、シャルル第二王子と婚約した。 そして半年前に家を出て、今は王子妃教育の為に王宮に行っている。
婚儀が済んだら伝えよう、あなたの加護はわたしが請け負っていたんだって。
そうしたら、今よりもっとマシな顔でリオネルと……
と、思っていたら数日後―――
突然家に帰ってきた妹は、
「王族なんて息苦しいッ! あんなの足枷を付けられた罪人みたいだわッ!」
と言って、忍耐の無い自分を棚に上げた、だけならまだしも……
「やっぱり女は初恋を追うものよね、姉さんはこんな身体だし、わたし、リオネルの妻になるわっ!」
……わたしは開いた口が塞がらず、目のクマは一層広がっていった。
◇◆◇
両親には違う理由をつけて、今わたしはダラビット家の夕食の席に居る。
「はぁ」
ため息をついたのは緊張ではなく、実家よりここの方が落ち着くからだ。
まず内装が素晴らしい。 必要以上の調度品は無く、だから僅かに置かれた高級な品が映える。
「それに比べて……」
実家は、あの日以来そこら中に金がチカチカしていて暮らしにくいし、何より嫌味だ。
「ダリア、また体調が優れないのか?」
「――あ、いえ、大丈夫よリオネル」
もうっ、わたしのバカ。 余計な心配をさせてしまったじゃない。 頭の中で自分を小突いていると、アインツマン様が、
「そうだ、ダリアに渡したい物があってな」
そう言うと、メイドが小さな木箱をわたしの前に置いた。
「これは……」
「モデラトリア地方で採れる薬草でな、疲れが吹き飛ぶ程の効果……らしいが、実際はどうかわからんので、あまり期待しないでくれ」
苦笑いをするアインツマン様は、本当の家族からは久しく感じてない思いやりをくれた。
「ありがとうございます……!」
「良かったね、ダリア。 父さん、ありがとう」
わたしの肩に手を置き、嬉しそうに微笑むリオネルの顔が、また癒しを与えてくれる。
「まあ、あまりおねだりをしない息子が珍しくうるさかったものでな」
「と、父さん!」
リオネル……わたしの為に……。
「リオネル、食事中に大きな声出さないで」
「す、すみません、母さん」
奥様のコリーン様は本当にキレイ。 わたしもこんな風になりたい、リオネルの妻として。
「ダリア」
「はっ、はい」
「あなたは顔立ちがとても良いから、元気になったら少しお化粧を薄くしなさい。 お肌が荒れるし、それで十分綺麗だわ」
優しい声と言葉。 本当、こんな両親がいるリオネルが羨ましい。
「そんな、コリーン様に比べたらわたしなんて……」
楽しくて、暖かい夕食は続き、でも終わってしまう。 そして重い足取りで、また家に帰らなくてはならない。
「今日は楽しかった、いつも良くしていただいて申し訳ないわ」
「そんな事ない、二人共君が好きなんだよ。 私と同じでね」
「う、うん、ありがとう……」
わたしも好きです。
あなたが、そしてご両親も。
ダラビット家はノームホルン家をライバルだなんて思ってない。 お父様が勝手に張り合ってるだけだと、大きくなったわたしは、その人達に触れて確信した。
それどころか、わたしと妹が加護を授かる前、ノームホルン家はお父様の事業の失敗で没落寸前だったらしい。
今は大分盛り返したけれど、それでもダラビット家との力の差は歴然だ。
「アインツマン様は領地の統治に優れていて、あの人柄で人脈も広いから」
家に戻ったわたしは、独り言を零しながら自室に向かっていた。 その時、お父様とお母様が言い合う声が聞こえて、
「あの女のせいで私がなんて言われてたか知ってる!? コリーンの代わりだとか、妥協した嫁なんて言われてたのよッ!!」
「仕方がないだろうッ! ステラリアがそう言ってるんだッ! もしあの子が機嫌を損ねたら……」
……ステラリアが戻ってきてる? 王子妃教育が終わったのかしら、それはわたしにとっても嬉しい事だけど。
「だからって、ダラビット家のリオネルと婚約なんて……!」
…………は?
リオネルと、ステラリアが……
――――婚約!?
リオネルがステラリアと婚約!? 何がどうなっているのかわからないけど、とにかくわたしはアインツマン様からいただいた木箱から瓶を取り出し、それを一気に飲み干した。
そして、
「――どういう事ッ!! あの子は王子と婚約してる筈でしょ!?」
乱暴にドアを開け、小競り合う両親に大声で横槍を突き刺した。
「ダリアか、お前には関係ない」
この父親は、本当にバカなんだろうか。
「関係ない!? わたしとリオネルは想い合ってるのよ!? 大体ステラリアは婚約中でしょ、シャルルはどうなったのよッ!!」
ごめんなさい、今は『王子』を付ける余裕がありません。
「そうよあなた! 王家との婚約を破棄するなんて許されないわ! 爵位も剥奪されるのよ!?」
「王宮からは王族から王妃の資質が認められないという体にすると通達があった! そもそも加護持ちに罰など与えた前例はないんだッ!」
加護持ちは罰せられない? そんなの……まあ、資質は無いでしょうけど……。 だからって!
「わたしがいくら言っても婚約を許してくれなかったのに、どうして――」
「ステラリアが言ってるんだッ! 家に何も貢献しないお前と一緒にするなッ!!」
「なっ……」
それなら、事業に失敗してノームホルン家を傾かせた無能な当主はどうなのよ。 お父様なんてアインツマン様から気にもされてない、そう言葉が喉を通ろうとした時、
「あなたはだから駄目なのよ、いい? 双子の加護持ちは世界中で注目されてるの、それが妹の出がらしでも、バレる前に有力貴族に押し付けてしまえばいいのよ! ふふっ、だって加護持ちの返却なんて出来ないでしょう?」
父が父なら、母もこれ……。
もう、この家には居たくない。
「うるさいなぁ、帰ってきたばかりで疲れてるんだから……」
救いようのない両親に絶望していると、寝巻き姿で眠そうに目を擦る、資質の無い妹が部屋に入ってきた。
「ああ、すまないなステラリア」
「いいけど、どうしたの?」
どうしたって、あなたのせいでこうなってるのよ! と言ってやりたかったが、なんとかその気持ちを鎮めて、どうしてこうなったのかを本人に尋ねてみた。
「ステラリア、あんなに王子妃になりたがってたのに、どうして戻ってきたの?」
「だって、姉さんは知らないだろうけど、王子妃教育ってひどいのよ?」
「それは、大変な事もあるでしょう、でも一国の王子の妻になるのよ? 特別な事なのだから、それに耐えて――」
「王族なんて息苦しい〜、あんなの、足枷を付けられた罪人みたいだわっ」
……こ、こっちはあなたの為に身を削って、両親に何を言われても、好きな人にキレイな自分も見せられずに我慢してたのに……!
「せっかく加護持ちになれたのに、わざわざ苦労する必要なんてないでしょ? 姉さんは身体が弱くなっちゃったから仕方ないけど」
「あ、あなたねッ!」
「やっぱり女は初恋を追うものよね〜、姉さんはこんな身体だし、わたしがリオネルの妻になってあげなきゃ」
「ッ……!」
頭が真っ白になった。
怒りは限界を越え、身体が痙攣して何も言葉が出てこない。 意識が遠ざかり、わたしはその場で倒れてしまった。
でも、その真っ白な頭の中に、段々と浮かび上がってきたのだ。
この勘違いをしたバカな妹を叩きのめす、真っ黒な計画が――――
◇◆◇
「まったく、こんな事ならとっととダリアをダラビットの息子にくれてやるんだった……」
「今更なによ、そんな事より今は、ステラリアが嫁いでも加護はこっちに使ってもらうようにする事を考えるのよ」
……またやってる。 最近あの二人はずっとこの調子。 まだダラビット家から返事は無いけど、それも時間の問題だろう、何しろ相手は加護持ちだ。
隣の部屋は放っておいて、わたしはドレスを選ぶとしよう。 ―――妹の。
「姉さん、わたしリオネルの趣味とか知らないんだよね〜、彼どんなのが好みなのかな?」
「そうね、あまり派手なのは……」
「でもわたしピンクが似合うから、それでいっか!」
「……そうね、きっと喜ぶわ」
わたしはというと、まだ本当の事を家族の誰にも言っていない。
二人の婚約なんか納得いかない、そのわたしが何故妹の手伝いをしているのか、それは―――
◆
「本当に恥知らずね! 妹から声が掛かったらわたしなんてどうでもいいの!?」
「そんな事はないが、君とではいつまで経っても先に進まないじゃないか……!」
「簡単に進むなら誰でもいいって事? そんな男だと思わなかったわ!」
「……そこまで言うなら、言いたくはないが、同じ加護を持っていると言っても、君とステラリアじゃ――」
全てを言い終える前に、わたしの掌がリオネルの頬を弾き、言葉を遮る。
「ちょ、ちょっと姉さんやめなよっ!」
怒りに震えるわたしと、顔を歪めるリオネルの間にステラリアが割って入った。 人目につかない場所で話していたのに、きっと家からつけて来たんだ。
「……私はもう帰る、ステラリア、婚約の返事は近いうちに」
「あっ、待ってリオネル!」
立ち去るリオネルを妹は追いかけた。 わたしはその場から動かず、遠くなっていく二人を見送るだけ。
――――笑いながら。
◆
「辛いだろうけど、姉さんも来てよねっ。 婚約発表の夜会」
「わかってる。 でも、またリオネルを引っぱたくかもしれないわよ?」
まだ返事も来てないのに、もう婚約したつもりでいる。 加護の力なんか手に入れたからかな、妹はわがままな子供のまま16になった気がする。
「あははっ、ダメだよ〜」
「ふふふ」
本当に、笑いが止まらない。
だって、あの時もわたしは知っていたから。 あの子が、わたしの後ろをついて来てる事を……。
◇◆◇
わたしがリオネルに手を挙げた数日前、部屋に閉じこもり、悲しみに塞ぎ込みんで……いる振りをしていた時の事。
「ダリアお嬢様、ダージリンをお入れしました」
様子を見に来たのは執事のロベルト。
「………」
返事もせず、枕に顔を埋め無言のわたしに、哀愁を含んだ声色は独り言のように話し始める。
「私は貴女のお父様、現当主のジルベール様と同じ歳。 幼少より同じ時間を過ごし、このノームホルン家に仕えてきました」
その声はわたしに予感させる、思っていた通りの。
「ジルベール様とアインツマン様の事、そして、当主をお継ぎになって、今はお嬢様も知るお二人が加護を授かる前の、当時の厳しいノームホルン家の状況も良く知っています」
わたしはベッドから紅茶の置かれたテーブルに行き、腰を下ろした。
「……おいしい」
穏やかな白髪は微かに微笑み、また語り出した。
「私がこの屋敷を出ようと思ったのは、これまで一度だけでした。 希望が見えず、衰退するノームホルン家を見たくなかった。 その時は、双子の天使が私を引き留めた」
あの頃、両親はいつも機嫌が悪かった。 それを出来るだけ見ないように、ロベルトが隠してくれていたんだ。 思えば、わたし達姉妹を育ててくれたのは、この人なのかもしれない。
「ですが、これで二度目です。 私の希望は絶たれるでしょう。 こんな事を言うのは罰当たりでしょうが、どうしても思わずにはいられません。加護なぞ、授からなければ……」
わたしとリオネルに、ロベルトはノームホルン家の希望を見ていてくれたのだろう。 その希望を、神の加護が邪魔をしたと。 そして、深読みすれば……
「ステラリアお嬢様とリオネル様のご婚約が決まり次第、ロベルトはお暇をいただきます」
育ての親は屋敷を、ノームホルン家から去ると言った。 わたしは目を瞑り、それから、したためておいた手紙をロベルトに差し出す。
「これは……」
「あなたにしか頼めない、大事な手紙です。 これをリオネルに」
「……かしこまりました。 ――? 二通、ございますが」
「一通はあなたへです。 ノームホルン家と縁を切った後、読んでください」
こうなる事はわかっていた、やり切れないわたしの表情にそれを感じ取ったロベルトは、何かを隠すように深くお辞儀をした。
「相変わらず、隠すのが得意ね」
◆
そして今日、わたしはロベルトの居なくなったノームホルン家から買い物に出掛ける。
――――ステラリアとリオネルの、婚約が成立したのだ。
さあ行きましょう、最高のプレゼントを用意してあげるわ。
◆
馬車に揺られ、こうして街に出るのも久しぶり。 妹のせいでいつも具合が悪かったし、必要な物は買ってきてもらってたから。
でも、今日の買い物は特別な物だ、誰かには任せられない。
「ここでいいわ、待っていて」
馬車を止め、付き添いのメイドと街へ降りると、人々の注目を感じる。
「ノームホルン家の……」
「加護持ち、ステラリア様だ」
……まあ、そうなるわよね。
華々しく世に出ているのは妹で、やつれているとはいえ、双子なんだから当然似ている。
「王宮から追い出されたらしいぞ」
「加護を持ってもあのジルベールの娘だ、王子妃になんか……」
追い出された、そうなっているみたいだけど、本当はもっと情けない。 辛抱出来ずに逃げ出したのよ。
「恥知らずにも、もう今度はダラビット家に言い寄っているらしい」
「いくら加護持ちとはいってもな、受けるならあそこも卑しい家だ」
……知らないでしょうけど、もう婚約は成立してるのよ。 まあ、お父様や我が家をどう言おうと構わない。 でもね、
「せっかく街に来たのだから、偶には羽を伸ばしてきなさい」
「えっ、ですが……――わっ、こんなに……」
わたしはメイドに金貨を握らせた。 これからする事を見られたくないから。
「買い物は一人で大丈夫、いいから行きなさい」
「は、はい」
ロベルト以外は妹のご機嫌取り、信用は出来ない。
メイドの姿が見えなくなってから、わたしは一人の男に向けて足を進めた。
「――っ……こ、これはステラリア様、今日は何か、その、買い物ですか……?」
「ええ、そうなんです」
笑顔で応えてから、道に転がる小さな石を拾って掌に乗せる。
男は、身なりからしてどこかの貴族か商家の令息だろう。 そんな事はどうでもいいけど。
「何か誤解があるようですが……」
加護は、授かった時に自分に何が出来るかを教えてくれる。 ステラリアが粗悪な金しか作れないのは、やはり正当な加護持ちではないから。
本物はね……
「――ひっ」
小石は鋼になり、膨張して三本の剣となって男の身を貫く、手前で止まった。
「ひぃいいいッ……!!」
―――こんな事も出来るのよ。
「ダラビット家は、高潔な名家ですよ」
我慢出来ない、ダラビット家を悪く言われるのだけは。
◆
あまり騒ぎになっても困る、わたしは鋼の剣を小石に戻し、そそくさとその場を立ち去った。
「妹の評判がまた悪くなったかしら」
どうでもいいか、実際は評判よりひどいのだから。
それからお店へ行き、無事欲しい物が見つかって買い物を済ませた。 とても持って帰れる大きさではないので、後日運んでもらう事になっている。
「喜んでくれるといいけれど……ふふ」
用も済んだし、馬車に戻ろうと歩いていた時―――
「――っ」
妹が加護の力を使った、その対価を支払えと借金取りが魔力の戸を叩く。
「午前中はお父様達と招待客リストを作ってと言ったのに……」
……仕方ない、まだ今は支払ってあげるわよ。
「うっ」
対価が身体から吸い取られていく。 慣れてはいるけど、気だるくなって精神もやられるのはやはり辛い。
その後も錬金は続き、さすがに身体が悲鳴を上げ、わたしはその場にうずくまってしまった。 妹を通しての錬金は負荷が大きい、その上質が悪いんだから……。
◆
「もう飽きた〜」
「こっ、これで最後だステラリア! ほら終わったら大好きなタルトタタンがあるぞぉ?」
「ちょっとあなた、あんまり無理させると嫁いでから……」
「もうっ、家に帰ってくるとこればっかり! あ〜あ、ダラビット家に行ったら錬金するのやめよっかな〜」
「ほら言ったじゃない!」
「うっ……うるさいッ! アインツマンの奴になんぞ一欠片の金もくれてやんぞッ!!」
◆
「ぐぅ……」
ど、どれだけ錬金するつもり!? あの強欲夫婦めっ……!
「た、タダだと思ってられるのも、今のうちよ……」
加護にばかり頼ってないでちゃんと働いてよねッ! そんなだから誰も協力してくれなくて事業に失敗するんだわ! 少しはアインツマン様を見習っ……
「――っ?」
突然、うずくまっていた身体が浮いた。
それはもちろん加護の力なんかじゃない、大体そんな力持ってないし。
「あ……」
ふと顔を上げると、わたしを抱き上げた人は、少し影のある笑みを浮かべていた。
◇◆◇
朝起きると、鏡にはいつも通りの疲弊した顔。
「おめでとう、ステラリア」
そう、言ってはみるけど、
「……だめ、笑えてない」
夜会の当日、今日ステラリアとリオネルの婚約が発表される、このノームホルン家の屋敷で。
……まあ、笑えないわよね。
でも、笑うのよダリア。
最後に嗤う為に――――
◆
運命の夜は人々を集め、シャンデリアは当然、ビロードのカーテンにまで散りばめられた金尽くしの大広間が賑やかになる。
「おおステラリア様、加護を持つ麗しき令嬢にお会いできて光栄です」
「ふふ、ありがとう。 楽しんでくださいね」
どこかの令息からもてはやされ、慣れた対応をする妹。 わたしはそれを広間の隅から見ている。
主役と似た顔がうろうろするのは良くないでしょ。それに、こういう場には慣れてないから苦手だしね。
「ねえ、今日のドレスどう?」
「とても似合ってるよ、素敵だ」
今流行りの細身のシルエットで、薄いピンクのノースリーブドレス。
首元にビジューをあしらい、上等なシルクの生地には宝石を散りばめた繊細な刺繍が縫い込まれている。 同様に薄ピンクの手袋はレース織りになっていて、指には彼女の誕生石を施した指輪を身につけている。
「……なんて、そんな事はどうでもいいのよ……!」
わたしが怒りに震えているのは、その隣でエスコートしているタキシードがリオネルだって事ッ!
どうしよう、感情を抑えられない。
例えば二人の上のシャンデリアを今にも……――――ダメよッ!
落ち着いてダリア、なまじやろうと思えば出来てしまうから怖いわ……。
「それにしても……」
貴族連中というのは、どうしてこうも面の皮が厚いのか。 もうみんな気づいてるのに、ただこの宴を楽しんでいる振りをしてる。
―――そうか、わたしが社交界に出ていないからそう思うんだ。
ただの夜会じゃない、リオネルだけならともかく、このノームホルン家に居る筈のない人がいるんだから。
――――アインツマン様が。
あの時、街で錬金の地獄からわたしを抱き上げたのは……
◆
ふと顔を上げると、洗練された紳士が目に映る。 頼りがいのある腕でわたしを抱き上げたのは、お父様に見習ってほしいと思っていた人物。
「大丈夫かダリア、私の馬車で少し休もう」
「……すみません、アインツマン様」
運ばれた馬車に寝かされたわたしは、いつもの枕に頭を預ける。 わたしがよく具合が悪くなるので、こんな物を馬車に置いてくれているのだ。
「「………」」
妹とリオネルの婚約、この状況に以前のようにはいられない。 わたしも、アインツマン様も車内で押し黙っていた。
しばらくして、切れ長な目を細めたアインツマン様が、深いため息を吐いてから重そうに口を開く。
「……私は、貴族であっても、出来るだけ息子の意志を尊重するつもりだ。 例え相手が加護持ちだろうと、リオネルが受けたくないと言うなら……」
「………」
わたしは何も言わなかった。 何かを言う資格が無いから。
「私が教えてきた事や、見せてきた背中が間違っていたんだろうか。 それとも不甲斐ない私に息子は不安になり、加護の力を……」
今は何も言えない、わたしが言えるのは、これだけ、
「アインツマン様」
眉を顰める最高の紳士を見つめ、体調が悪いからではなく、心の痛みから涙を堪えて―――
「ごめんなさい」
そう言った。
◆
不思議そうな顔をしていた、あなたは何も悪くないのです。
そして今夜、あの時謝った意味をお伝えします――――。
夜会は続き、わたしは笑い合う人々の端っこで感情を抑えるだけ。 それでも、やっとあの二人が離れてくれたから良かった。
この隙に少し心を休めよう……と、思っていたら、
「――お、お父様……」
今度はあの父が、アインツマン様の方へと向かっているのが見えた。 子供同士が婚約するのだから当然挨拶はするでしょうけど、でも……
―――絶対失礼なこと言うわ、あの人。
ああもうっ、ハラハラする! 出来るならあの口を塞いでしまいたい……!
◇
「久しぶりだな、アインツマン」
「……そうだな」
「先に言っておくが、ステラリアはノームホルン家の物だ、ダラビット家に神の恩恵は無いと思え」
「好きにしろ」
「フン! ……その、なんだ、コリーンは来てないのか」
「……会わせる顔がないそうだ」
「わ、私は別に、もう……」
「お前にじゃない、ダリアにだ」
「ダリア? ……どういう意味だ?」
「まったく、お前という奴は……」
◇
アインツマン様が頭を抱えてる、やっぱり何かバカな事を言ったのね……。
身内の恥に嘆息していると、他の令息達と三人で歓談するリオネルが目の端に映った―――
「おめでとうリオネル。 加護持ちの令嬢を迎えて、ダラビット家は更に大きくなる訳だ」
「ん? ああ、まあ、そうかもな」
「おいおい濁すなよ、もうみんなわかってるんだ、なあロイド」
「あ、ああ、でも……リオネル、さっき一緒に居たのがステラリア様、だよな?」
「そうだが、どうした?」
「いや、少し前に街で会ったんだが、なんか、違うんだよな……でも加護の力で小石を三本の剣にして、そんな事出来るのは―――ん? あ、あれ……あの隅っこに居るの――」
「ルーカス、ロイドはちょっと飲み過ぎたみたいだ、外で休ませてくる」
「あ、ああ、それなら私が……」
「大丈夫だ、すぐ戻る」
―――どうしたのかしら、友達を連れてリオネルが大広間から出ていく。
「あなた、そろそろ」
「ああ、そうだな」
視線をお父様達に戻すと、お母様が耳打ちをしていた。 そして父が動き出す。 大広間の中央、階段を登って―――
「いよいよね」
始まる、二人の婚約発表が。
「紳士淑女の皆様っ! 今宵はノームホルン家へお集まりいただき誠にありがとうございます!」
両手を広げ、呼びかけるお父様に注目が集まる。
いよいよかと思ったのはわたしだけではないだろう。 もう、ほとんどの人間は解っているのだから。
「本日は皆様にお伝えしたい事があります。 ステラリア、私の隣に」
「はいっ、お父様」
嬉しそうに階段を登る妹、その横顔は自信に満ち溢れている。 自分は選ばれた人間、特別なんだという自覚からだろう。
「ノームホルン家の誇り、神に選ばれ加護を授かったわたしの娘」
「ふふっ」
いつもそう、まるで一人娘みたいにお父様は言う。 それでも我慢した、お互い好きな人を譲ってくれた妹の為に。
本当はあなたに加護はほとんど無い、そう言うのは可哀想だったし、王子との結婚までは……と。
「このステラリアと、ダラビット家のリオネルが婚約する運びとなったのです!」
「おお……素晴らしい!」
「両家に繁栄あれっ!」
……白々しい、腹の奥はそうじゃないでしょう。 王宮を追い出されて舌の根も乾かぬうちに、それを受けるダラビット家も加護に目が眩んだ、そう思っているくせに。
「それではリオネル、こちらへ」
胸が焼き切れそう……。
一瞬だって隣になんか居て欲しく……
「リオネル……は、どこだ?」
――え? まさか、まだ戻ってないの!?
「あ、ええと……先程ロイドと外へ……」
「――なんだと!? まったく、今日がどういう日かわかっとらんのか!」
何やってるのリオネル、こんな大事な時に……――――も、もうっ!
「わ、わたしが連れてきますッ!」
これじゃ先に進まない、そんなの困るのッ!!
◇
「どうしたっていうんだ!? 私は酔ってなんか……」
「どうしたもこうしたもない、今日が私にとって大事な日なのはわかるだろ?」
「そっ、そうだが……。 ――いや、違うんだリオネル! いいか? これは妬みで言ってるんじゃないぞ?」
「はぁ……なんだ? 私はただ、お前が騒ぎを起こしそうだったから……」
「聞いてくれッ! ステラリア様はいい、だが姉の方には気をつけろ」
「……どういう事だ」
「姉に力が無いなんてのは嘘だ、ステラリア様は神の加護を授かった、だが姉の手に入れた力は――――悪魔の力だ……!」
「悪魔?」
「ああ、私は体験したんだ、恐ろしい力で私を串刺しにしようと―――うッ……」
「……ロイド、お前は噂話や人の不幸が好物だからな。 誰が悪魔だ、しばらく寝てろ」
「……悪魔」
「――っ」
そうか、リオネルが連れて行った友人は、街に出たあの日の……
「ダリア……そうか、もう始まったのか」
「……ええ、急いで」
呼びに来たわたしを見て、状況を把握したリオネルは大広間へ走って行った。
すれ違い際に、「泣き虫な悪魔だな、ちっとも怖くないぞ」そう言って、わたしの頭を撫でてから。
リオネルに遅れてわたしは大広間に戻った。 中央階段にはお父様と二人の姿。 アインツマン様はその場には行かず、周りの祝福に応えている。
……そうだ、コリーン様が来てない、息子の婚約発表なのに。
「わたしのせい……か」
常識のある人達だから、わたしの家族と違って。 まだ自分がまともに成長出来たのは、ダラビット家の人達とロベルトのおかげかな。
「悪魔……」
そう、それはしっかりと受け止めなくてはいけない。 大き過ぎる加護の力は、使い方を間違えば悪魔の力になりうるんだ。
「それでは例の物をここへ!」
「――っ!」
ぼ、ぼうっとしてる場合じゃない、宴は進んでいるんだから!
「おお、これは……」
わたしが提案した余興、妹へのプレゼントを使用人達が運んできた。
台座に乗った大きな石。 神殿の柱にも使われそうな程立派な物だ。 これを街の石材屋で買って、この日の為に用意した。
「まさかこれを……」
ざわめく来客達にステラリアは両手を広げ、
「お集まりいただいた皆様の為、祝福のお返しにお見せ致します、『加護の力』をっ!」
まるで自分が神の代行者のように言い放つ。
「見ててね、リオネルっ」
あざとく微笑み首を傾げる妹に、リオネルは「ああ」と応えた。
一段、二段と階段を下りるステラリア。 お父様はその姿ではなく、これから錬金される石をもう金のように、浅ましい目付きで凝視している。
「こんなに大きな……」
お母様に至っては、自分が声を漏らしている事さえ気づいていない。
目を覚ましてあげる、本当の加護持ちが。
―――神はわたし、ダリア・ノームホルンに加護を授けた、錬金の加護を。
「それでは皆様、よくご覧くださいっ」
でもそれは、双子という神すら気づかなかった偶然により、一つの力に、二つの出口を作ってしまった。
それを今夜……
――――塞いでやるッ!
わたしは初めて、うるさく戸を叩く借金取りを追い払った。
自分で払え。
妹に、ステラリアから取ってこいと―――。
「あ……れ?」
台座の上、変化を始めない石に戸惑うステラリア。 そして来客達がざわめき出した頃、
「――ぅぶッ……」
――――『取り立て』が始まった。
「どっ、どうしたステラリア!?」
「きゃあああッ!!」
グラグラと頭を揺らし、薄ピンクのドレスが大広間に崩れ落ちる。
「――みんな離れてッ! 危険です!」
駆け寄ろうとする父を制し、わたしは悶え苦しむステラリアの傍で屈み込む。
「姉さ、助け……て……」
わたしが長く耐えた苦しみを、今妹が受け苦しんでいる。
「なん……で……こんな……」
でも、そんなの……
―――当然でしょう?
「ステラリア、錬金には対価が必要なの。 その苦しみが対価なのよ」
周りには聴こえない小さな声で、今まで無尽蔵だと思っていた錬金の真実を教えてあげた。
「そうか、双子の加護持ちの姉、彼女なら救えるかもしれん」
「いやだが、姉の方は力が無いと聞いたが……」
「どうなんだダリアッ! ステラリアは大丈夫なんだろうなッ!」
お父様……大丈夫な訳ないでしょう、力の無い者が神の加護を使って。
「――そんなの知らないッ! あ゛あ゛あぁ……い、いいから助けてよッ! 頭が割れる! 死んじゃうぅぅッ……!」
「加護を授かったのはわたしだけ。 あなたは今まで、わたしの支払った対価で錬金してただけなの」
頭を抱えじたばたとのたまう妹に、聞いているかなんて関係なく話し続けた。
「あなたが約束を守っていれば、こんな事にはならなかった」
「約束……―――は? い、いや……なに? 身体が……」
ステラリアの身体が、足先から変化を始めた。 支払えなければそうなる、それを解るのは加護を授かったわたしだけ。
「い、石になってく……? ―――やっ、いやぁああッ!! 姉さんごめんなさいッ!! 何でも言うこと聞くから……!」
「……そうね、じゃあ」
石像へと変わっていく妹を眺め、わたしは嗤った。
「今までの分、全部返してくれない?」
それを聞いて、もう胸元まで石化したステラリアは、
「や……だ…―――」
最後までわがままを言って、歪んだ顔の石像になった。
華やかな婚約発表が一転、大広間は静まり返った。 世界で僅か数人の加護持ち、それも公爵令嬢、まもなく花嫁になるはずだったステラリアは石像と化した。
「なっ、なんてことだ……」
「石に……なった……?」
周りは次第に状況を呑み込んでいき、これが悲劇だと認識する。
わたしは立ち上がり、怒りなのか絶望なのか、震える父に向かって歩を進める。
「すみませんお父様、救えませんでした」
「こっ……この役立たずがッ!! 結局お前は何もノームホルン家に貢献しないではないかッ! お前なぞもう娘でも何でもないッ! この家から出ていけッ!!」
今度はわかり易く顔を紅潮させ手を振り上げる。 それくらいは覚悟の上、これでさっぱりこの家と……
「――ぬっ!?」
わたしは決別の痛みに目を瞑ったが、
「ジルベール様、それはとても痛いのですよ? 私も最近ある女性にぶたれましてね」
その手は振り下ろされなかった。
「ぬぅ……! はっ、離せダラビットの伜がッ!」
リオネルの手を振り解き、息を切らせるお父様にリオネルは言った。
「婚約するはずのステラリアは石像になってしまった、私は石と添い遂げる気はありません。 ジルベール様、この婚約は――――破棄させていただく」
「こっ……こんな時に恥知らずがッ!!」
「そうですね、私はとんだ恥知らずですよ。 何故なら……」
「――わっ」
リオネルはわたしの肩を抱き寄せ、大広間に居る来客全てに向けて声を張り上げた。
「ダラビット家のリオネルは、婚約者を失ってすぐ心変わりをする恥知らずだッ! それも婚約者の姉であるこのダリアにね!!」
……ああ、やっと、やっと戻れた。 あなたの隣に……。
「フン! そんな病弱の役立たず勝手に持っていけ!」
お父様……いえ、もう父ではありませんね。
わたしの事は構いませんが、
「お言葉ですが、ダラビット家の方々に恥知らずはいません、本当の恥知らずというのは――――こういう者を言うんです!」
わたしが指差した先には、石化した娘にではなく、金に変わらなかった石に縋り付く元お母様の姿があった。
「どうして……私の、私の金はどうなるのッ!」
呆れて物が言えない、この人は金しか頭に無いのか。
「……そういう事か。 思うところはあるが、やれやれ、恥知らずな息子を持ったものだ」
ことの成り行きを見ていたアインツマン様は前に出て、
「これはダラビット家当主である私の責任だ! この愚息と追い出された娘も私が請け負おう!」
自分の私情で苦しめたわたしを、ダラビット家へ迎えてくれると言ってくださった。
「アインツマン様……」
さあ夜会は大詰め、あとは……
「お集まりいただいた皆様、そしてノームホルン家の方々にもお見せ致しましょう――――本当の加護の力をッ!!」
「本当の加護の力?」
「姉にも力があるのか? しかしそれなら……」
「そうだ、ステラリアを救えなかったではないか!」
そう、社交界のみならず、世界に知れ渡ったノームホルン公爵家の双子の名前。 でもいつしか、わたしの名前は『双子の姉』、『ステラリアの姉』になっていた。
「ダリア! 貴様のような穀潰しがよくそんな大言を吐けたものだな! お前が作ったのは子供の頃のこんな小さな金だけだろうがッ!」
でも、今はそれで良かったと思う、ノームホルン家の娘ではなく、
「あっ………ぁあッ! 私の金よッ!」
「――なっ、なんだと!?」
母の縋り付く石が金に変わる、でもそれは――――あなたの物じゃないの。
「こ、これは……」
「信じられん、これが真の神の加護か!」
来客達の感嘆の声、腕を組んだアインツマン様は台座の上、今わたしが錬金した金を見て二度頷く。
「う〜む、これは、どこに飾ったものか……」
気に入ってくれた……かしら。
そ、それじゃちょっと気が早いけど、言ってしまおうかな……
「これが本当の神の力、錬金の加護を授かったダリア・ダラビットの処女作ですっ!」
ステラリアとは比べ物にならない純度、ただ金に変えるだけでなく、わたしならその量すら自在だ。 そして、どんな形にも出来る。 例えば―――
神々しく輝く黄金は膨れ上がり、
――――ダラビット家の紋章を型どっている。
「ちょっと気が早いんじゃないか?」
「わ、わかってるけど! ちょっと、言いたくて……」
にやけるリオネルから逃げるように俯く。 だって、ずっと我慢してたんだもの、ちょっとくらいいいじゃない……。
「あとで家の者に運ばせよう。 ジルベールよ、よもや追い出した娘の、それもダラビットの紋章をくれとは言うまいな?」
「――くっ……くく……ッ! ――こっ、こんな夜会はもう終わりだッ! 全員帰ってくれッ!」
はぁ、実力も無いくせに見栄っ張り、悪い貴族の見本のようだ。 まあ、帰れと言うなら帰りますね、ジルベール様。
「わたしの荷物は整ってる? ―――ロベルト!」
「ロベルトだと? フン! 馬鹿な、奴ならもう……」
この計画の功労者、わたしがこの屋敷で唯一信用出来る人物。 その人は入り口近くで丁寧にお辞儀をして、
「はい、整っております、ダリアお嬢様」
リオネルに計画への協力を伝える手紙を届け、この屋敷から去った後、わたしからの手紙を読んで街に残ってくれていた。
もう一通の手紙、ロベルト宛に書いたものには、今日、こうなるから、
「これからもよろしくねっ」
そう書き綴った。
「貴様ぁ……この裏切り者めッ!」
よく言うわ、今まで尽力してくれたロベルトを引き留めもしなかったくせに。
「ジルベール様、申し訳ございませんがこのロベルト、二度目は堪えきれませんでした」
終わりよ、お父様だった人。
ステラリアからリオネルは返してもらった、あとは……ノームホルン家からも返してもらいましょう。
――――神の恩恵を。
大広間を後にする来客達、リオネルは一つため息を吐き、
「まあしかし、ロベルトさんから手紙をもらった時は驚いたが、何とか上手くいったな」
「ええ、でも」
リオネルには本当に悪い事をした。 始まりはステラリアを誘い出し、わたし達が喧嘩別れしたと思わせる所から。 リオネルの妹への気持ちは本物で、婚約は罠ではないと欺く為に。
「……ごめんなさい」
余興を提案したり、プレゼントまで用意するのはさすがに能天気なステラリアでも違和感を感じるかもしれない。
絶対に失敗したくなかった。 ノームホルン家との縁を切り、大勢の前で真実を伝えリオネルの元へ。 でもそのせいでアインツマン様が、もちろんコリーン様もリオネルに失望して胸を痛めただろう。
「わたしのせいで……」
「痛かったなあ、あの平手打ち」
「ほっ、ホントにごめ――」
巻き込んだ罪悪感が弾けたわたしを、
「誰にも言わず、ずっと我慢してたんだな。 私なんかより、君の方が長い間辛かっただろう」
そう言って、抱きしめてくれた。
ステラリアとの婚約を受けて欲しい、そんな事、本当は言いたくなかった。
「……うん」
全てが報われ、許されたと涙が浮かびかけた時、帰って行く来客と逆に大広間へ入ってくる男が目に映る。
「――こっ、これは……!」
男は、石化したステラリアを見て目を見開く。
「なんてことだ、その女がやったんだな……」
「起きたのかロイド。 夜会はもう終わりだぞ、私達ももう引き上げるところだ」
「だ、だから言っただろうリオネル! その女は危険なんだ! このステラリア様の変わり果てた姿を見てわからないのか!?」
わたしを悪魔と言ったリオネルの友人は、どうしてその女の傍に居られると、悪意のある指をわたしに突きつける。
何も知らないくせに、と思う反面、彼の言う事も……
「顔を上げろ、ダリア」
「え」
思い悩む私の顔を上げた、彼の横顔は凛々しく迷いが無かった。
「ロイド、お前の言うようにダリアの力は危険だ」
「だったら――」
「だが私はこう思う、神は資格無き者に加護を授けるだろうか。 ステラリアはその資格を持たずに加護の力を振るい、そして石になった」
歪んだ石像に向けたリオネルの視線は、どこか哀しみを帯びている。
「私は選ばれたダリアを信じる。 そして、神どころか悪魔の力にもなりうるこの加護を、これから夫婦となる二人で真剣に向き合っていくつもりだ」
……そうね、これからは、二人で。
「扱いを誤ったその時は、一緒に地獄へ堕ちてやる」
「ダラビット家にそんな人間はいないわ」
「だから気が早いな」
友人は納得いかない様子だけど、わたし達に不安は無い。 そして、来客達が全て出払った頃―――
「いい加減にしろッ! 最もらしい言葉を並べおって! 所詮貴様も加護の力に目が眩んだだけだろうがッ! 大体ダリア、お前はここまで何不自由なく育ててもらった恩を感じないのかッ!」
「そうよっ! そっちに行ってもノームホルン家に恩返しなさい! これからも私の為に金は作るのよッ!」
「……リオネル、これはどう思う?」
「そうだな、私は、誤った使い方だと思う」
二人の意見は一致したみたいね。
それに、何不自由なく……ですって……?
「わたしは、この4年間………――――不自由でしたッ!!」
その年月で積もり積もった鬱憤を晴らすように両手を広げ、わたしはステラリアを通じて耐え抜いた粗悪な金達を石に作り変えた。
大広間にはこの屋敷の主夫婦の狂った悲鳴が響き、嫌味な金の装飾は光を失った。
加護はおそらく、個人の私益に使われるべき物ではないのだと思う。
でも……さすがにこれは殺風景かしら。
◆
「はぁ」
「――おっ……と、大丈夫か?」
屋敷を出た途端、力が抜けた。
ずっと気を張っていたし、加護の力も使ったから……いつもよりマシだけど。
「平気、でも少し疲れたわ」
「そうだな」
寄り掛かれる存在がわたしを支えてくれる。 その様子を見たアインツマン様が、
「私の出番は無さそうだ」
そう言って優しく微笑み、わたしもそれに微笑みを返した。
「……なんだ? その意味深な――」
「素敵な紳士の方、馬車まで運んでくださる?」
片眉を落としながらリオネルはわたしを抱き抱え、馬車の中では専用の枕が迎えてくれた。 この枕も、これからはあまり出番が無いかもしれないけど。
◇◆◇
運命の夜会から数ヶ月後―――
「……よしっ」
鏡に映るわたしの顔は、すっかりクマも消えて疲労感も無くなった。
あれから加護の力は一度も使ってないし、何より、いつ借金取りが来るかという恐怖が無くなったのが一番だ。
今リオネルは、お義父様に付いて領主の仕事や商家とのやり取りを学び始めた。 わたしはというと、
「このドレスは……派手過ぎない?」
「とても良くお似合いです、ダリア様」
ロベルトとドレス選びをしている。 お化粧も薄くしたし、今日はお義母様と一緒にお茶会。 ダラビット家の人間として、少しずつ社交界に慣れていかないと。
「ふふ」
アインツマン様とコリーン様を義父母と呼べるのが本当に嬉しい。 屋敷の人達も皆良い人だし、わたしの人生はやっと輝き出した。
あと考えなければいけないのは、加護の使い方だ。 これは家族全員で話し合っている。 そしてあとは、ステラリアの事。
あの時ロベルトは言った、――――加護を授からなければ、と。 それは多分、加護さえ無ければステラリアもこうは育たなかった……そう言いたかったんだと思う。
「わたしはそうは思わないけど、昔から我儘な所あったし」
リオネルもそうだ、石化したステラリアを見る目は悲しげだった。 その気持ちもわかるの。 幼い頃、三人で駆け回っていた一人なのだから。
「でも……」
ノームホルン家は目に見えて衰退している。 今ステラリアの石化を解けば、あの夫婦は錬金をしろと詰め寄るだろう。 あの苦しみと、石化の恐怖を体験した娘に。
当然ステラリアは拒否する、そもそも錬金出来ないのだから。 そして、最後は嫌がる妹を無理矢理どこかへと嫁がせる。
「貴族の娘としては当たり前かもしれないけど、王子との婚約さえ嫌なら帰ってきた子だから……」
どうしたものか。
加護に頼っていたノームホルン家の経済状況は最悪、今や家財道具を売り払っているとか。 元々悪評があったのも祟って貴族階級を剥奪されそうらしいし……。
国もあの家にもう加護持ちが居ないのを知っている。 遠からずノームホルン家は没落するだろう。
「……そうね」
これも家族皆で考えよう、ロベルトも入れて。
加護の力は強大で、一人の意見で決めていい物じゃない。 一緒に向き合ってくれる人達が、わたしには居るから。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございますm(*_ _)m