【短編】見た目だけ完全に外国人の俺、一目惚れした女子に「May I help you?」されてつい困ってる外国人のフリしたら後に引けなくなった件
誰でもいい、聞いてくれ。
大変なことになった。
もう後には引けない。
+ + +
きっかけは、些細なことだった。
毎日、高校へ通うために乗る電車。
始発駅から電車に乗る俺は、多少混む朝の電車だって、いつも座れていた。
部活なんか入ってない俺は、朝練なんかがあるわけじゃない。
だけど、毎日眠くて、睡眠時間を確保するために、いつもは電車に乗ってすぐイヤホンを付けて眠っていた。
別に、何があったわけではないけど、その日、俺はなんとなく途中の駅で目が覚めた。
目の前には、どこかの学校の女子の制服を着た子が立っていた。
なんとなくさ、その子の顔を見上げたんだ。
ほら、もし調子が悪そうとかだったら、代わってあげたいし。
本当に、下心なんてなかった。
上目で見た女の子の顔は、俺が今まで見た人生の中で、飛び抜けて一番、可愛かった。
ハンパないって。
46人くらいいるアイドルの中に好きなタイプはこの子~とか言ってた子もいたけど、全然目の前の子のほうが好き。
なんつーの、タレ目でさ、ふわっとした黒髪をサイドで結んでてさ、シュシュっていうの? なんかふわっとしたゴムで留めてあんの。
めっちゃ似合ってるからね。
背が小さいっていうか、なんか全体的にちいさくて、なのに雰囲気からして柔らかそうっていうか。
なんかその子の周りだけピンク色に見えた。
違う、なんかエッチな感じじゃなくて、お花みたいな。春みたいな。
うっすい桃色みたいな。分かる? 伝わってる?
そんで、俺ががっつり見てるもんだから、目が合った。
もうさ、光の速さで席譲ったよ。
なんか分かんないけど、ガバッて立って。
次の駅が学校の最寄りだから、もう降りる準備だから~みたいな雰囲気出してさ。
俺馬鹿だから、なんも言わずに譲ってさ。
イヤホンもしたままだから、女の子がほにゃって笑ってお礼か何か言ってくれたのも、口パクでしか分かんなかった。
もう、そっから毎日寝たふり。
電車に乗っても全然寝れないの。
帰りもなんか会えちゃうかもとか期待して、そわそわするし。
朝は毎日同じ場所に座った。
もちろん、もうイヤホンはしてない。
そしたら、週に2回くらい、朝の電車で会うようになった。
別に、認知されてるかどうかとかじゃなくて、その子が乗ってきた瞬間に俺が席立つから、もう譲ってるみたいな、そんな感じ。
俺の高校の最寄りの、一個前の駅でその子は電車に乗ってきて、俺はそれを見たら無言で立ち上がってドア前に移動するの。
俺の座ってた場所にその子は座って、はい、めでたしめでたし。
いやさ、俺の尻のぬくもりとか、キモイかもしんないけどさ、座れるほうがいいでしょ? ね?
最初は戸惑ってて「座っていいのかな」って感じで様子見てたその子も、最近は目配せして笑顔で会釈してくれるのよ。
幸せか?
天使だ。朝から天使と交流できる幸せ。
そんなわけで、俺の通学のモチベーションは、それはもう高くなっていた。
最初は週に2回とかだったけど、最近は乗る電車の時間が合うようになったのか、ほとんど平日は毎朝会える感じになってきたし。
はー、ほんと幸せ。
+ + +
話は変わるんだけど、俺、見た目めっちゃ外国人なんだよね。
金髪~とか、青い目~とかじゃなくて、なんかイカツイ系の、掘り深い系。
ちなみに、母親がハーフで、父親は九州生まれ。
両親は、「日本人にしては鼻高いかな?」「日本人にしてはちょっと掘り深いかな?」くらいなのに、謎のハイブリッドで完成した俺は、どこからどう見ても外国の人。
高校生なのに身長182cmあるし、たぶんお酒買ってもレジの人にスルーされると思う。
半年に一回は職質に合う。
中学の時からだから、ほんと、老け顔、てか年齢不詳?
そんな見た目だから、もちろん英語の授業では期待されるわけだけど、英語はマジで苦手。
日本生まれ、日本育ちに、クォーターとかどうとか関係ないからね。
てか、母親ですら、ハーフなのにめっちゃ関西弁だからね(関西生まれ)。
中学上がる時に家族で東京に越してきて以来、めっちゃ旅行客に道聞かれるけど、ワタシエイゴデキマセーンだから。
本当に見た目詐欺で肩身狭い思いをしてきたわけだ。
で、今、この見た目のせいでとんでもないことになっている。
”見た目のせい”じゃないな。
”見た目のおかげ”だな。
今、俺は、憧れの電車の子と、俺の高校の近所をめっちゃ歩いてる。
+ + +
そもそも、土曜だっていうのになんの予定もなかった寂しい俺(17)は、姫モードになった母親に面倒くさいおつかいを頼まれていた。
「亮、あんた今日の予定は?」
↑めちゃくちゃ関西弁の母。
↓で、迂闊な俺。
「なんもない」
そんな会話があった直後、ソファーに横になってテレビを見ていた俺の上に、ドサドサと、大量の母親の服が降ってきた。
「冬物のクリーニング出してきて~。ほんでな、そのあと、駅ビルでな、これ買ってきてほしいねん」
服をかき分けて顔を出すと、顔の前にずいっとスマホの画面を差し出された。
画面にはインイスフレエ? とかいう読めないアルファベットの化粧品ブランドのページで、ミネラルパウダーがどうとかいう化粧品の商品紹介が書かれていた。
「はあ? めんどくさいから嫌じゃ」
「クリーニングとコレのおつり、お小遣いにしたるから。夏服とか買ってきたらええやん~、な~お願い~~」
「……」
そんな甘言(と、目の前に出された万札)に乗せられてしまった俺は、駅ビルで服屋に入ることも考えて、持ってる中ではちょーっとだけいい服を着て、母親の服を詰めた袋を下げて出かけた。
出かけ際、姫モードの母親は「日焼け止めもお願い~」と、そっちの商品ページも見せてきた。
そんな写真だけでわかるわけもないから、「家族のグループトークに、さっきのなんちゃらパウダーと一緒に送っといて」と言ってから家を出た。
クリーニング屋に寄って出てくる。
枚数はあったけど、薄いシャツが多いのが良かったのか、3千円ちょっとだった。
化粧品と日焼け止めの値段は知らないけど、母親はそんなにお金をかけるタイプじゃないから、俺の軍資金は5千円は残りそうだ。
駅ビルに行って、母親が商品の写真と一緒にグループトークに投げていた説明どおりの店に行くと、商品が見当たらない。
一刻も早く、ザ・化粧品売り場って感じの店から遠ざかりたかった俺は、隅っこにいたお店のお姉さんに軽くどもりながら話かけたんだけど、まさかの「品切れ」。
俺、結構絶望顔してたと思う。
で、俺は知ってる。
母親が、こういうとき、ミッションコンプリートしてない状態でおつりをくれないことを。
「はあ~」
お姉さんにお礼を言ってそそくさと店を離れた俺は、ため息をついた。
行くしかない。
親切なお店のお姉さんは、俺になんちゃらパウダーがある近所の店を調べて教えてくれた。
俺の絶望顔に同情してくれたんだろう、めっちゃ優しいしめっちゃいい匂いした。
大人のお姉さんの匂いって、あれなんなんだろうな、化粧品の匂いなんかな。
同じ店の化粧品使ってる母親からそんな匂いしたことないから違うか。
で、俺が行ける範囲の店が、俺の通ってる高校の最寄り駅の駅ビルだったら在庫あるよってなったわけだ。
定期あるしね。交通費もかからない。
ま、高校の最寄り駅はそこそこでかいから、駅ビルに入ってる服屋も色々あるし、せっかく一張羅だから足伸ばすかって、向かったわけですよ。
で、ですよ。
向かってる電車でさ、俺はなんとなくいつもの席に座ったわけだ。
で、やっぱりなんとなく、一駅手前で、乗り込んでくる人を見たわけだ。
もう癖になってんの。
そしたら、いるの。
向こうもびっくりしてたよ。
いや私服も可愛いなって、考えてる場合じゃないし。
俺が固まってたら、どうしたと思う?
その子ね。
隣に座ってきたの。
やばくない!?
「……May I help you?」
「へ!?」
なんと、話しかけられた。
彼女が隣に座って、俺はガン見したままで、そしたら、なんと、話しかけてきてくれた。
でも、全然言葉の意味がわかんなくて、変な声出ちゃった。
で、一拍遅れて気づいたの。
英語!
俺、英語で話しかけられた!
なに、メイアイヘルプユーってどういう意味だった!?
俺の小さい脳みそがショートするほどフル回転して、出たのがこれ。
「イエス?」
グッジョブよ、グッジョブ、俺の脳みそ。
で、なんかテンパってた俺、持ってたスマホがその子に見せるみたいな角度になってて、ちょうど見てたのがこれから行く店のホームページだった。
そこからは、なんか俺を道案内してあげようとしてくれている天使と、身振り手振りの応酬よ。
優しくない? ほんと天使じゃない?
顔知ってるだけの電車で会うやつに、休日に会って、第一声でお手伝い申し出るこの子、本当に天使すぎない?
ここで日本語喋れちゃうのばれたら終わりだと思った俺は、もう全言語を封じられていた。
だって英語できんからね!
日本語以外に辛うじて喋れるのは母親譲りの関西弁と、父親譲りの鹿児島弁だけだからね!
一緒に次の駅で降りて、彼女の用事も心配だったけど、全言語を封じられている俺はそれを問う術もない。
学校帰りにたまに使う、見慣れた駅ビルの中を、憧れの女子と歩く休日。
俺にはそれだけで十分だった。
「こっちです。えっと、This way、です。合ってるのかな?」
小さな体で、大きな身振りで道案内してくれる天使、最強かわいい。
英語の正否は分かんないけど、小声で付け加えてる自信なさげな感じが100点満点。
彼女と二人、通学のときには使わない改札を出て、休日で人の多めな駅ビルの中を歩く。
150cmあるかないかの小柄な彼女は、今日は白いシャツに花柄のスカートでシュシュもスカートの色味に似た明るいやつだ。
制服のセーラー服もいいけど、こっちもいいなあ。
エスカレーターに先に乗った彼女が、振り返った。
段差がゆっくり開き、俺と目線が合う高さになる。
「えっと、Where are you from?」
めちゃめちゃコミュニケーション取ってくれようとしてる。
その気持ちに心打たれた俺は、即答したね。
「ロンドン」
嘘。
めっちゃ嘘出たじゃん。
日本生まれ、日本育ちだし。
なんだったら母親ペルーのハーフだからね。
母方のじいちゃん、陽気なペルー人だからね。
どっから出たの、ロンドン。
完全に響きだけで言ったわ。
英語の教科書でさ、たぶんこのやり取りの構文話してたメアリーとナンシーが「Where are you from?」「I'm from London.」とか言ってたんだよ。たぶん。
彼女は、俺から答えがもらえたことが嬉しいのか、顔をほころばせると、前を向いた。
ていっ、と元気にエスカレーターを降りる動作も可愛い。
それから、目的の店を見つけると(最初に行った店よりでかくて入りづらかった)、慣れた様子で店員のお姉さんを連れてきてくれて、俺はスマホで写真を見せるだけであれよあれよと言う間に会計まで済ませられていた。
ちなみに、なんちゃらパウダーは500円くらいだった。
さすが俺の母親、化粧品に金をかけない。
それで、まあその子は役目は終わったわねとなったわけだ。
果敢にもメイアイヘルピューしてくれたこの子も、そんなに英語が得意じゃないのか、買い物を終えた俺に「良かったねじゃあまたね」みたいな雰囲気を出してきてるわけ。
俺は、なんとしてでも引き留めたかった。
だって、こんな機会逃したら一生後悔する自信がある。
めっちゃいい子なのよ、本当に。
可愛いだけじゃない、親切で、よく笑って、元気いっぱいなの。
もっと一緒にいたいわけですよ、幸運なことに俺は一張羅を着ていて、今日は土曜。
「オレイ、シタイ、デス」
ご覧じろ。
英語も日本語も使えない今、俺は閃いたのだ。
これこそ、ワタシニホンダイスキ! 作戦だ。
今の俺は、日本語勉強中なの。
そういう設定。
ロンドン出身ってことになってるけど、日本に親しんだロンドン人だって、英語が苦手なロンドン人だって居てもいいじゃないか。
そもそもロンドンってどこの国だ?
俺は地理も世界史も苦手なんだ。
助けてくれ。
「お礼?」
きょとんと、一瞬動きを止めた彼女だったけど、俺が日本語を使ったのを理解した彼女が、コテンと首を傾げて復唱してくれる。
その仕草だけで可愛いかんな!
たまんないかんな!
はしもとか(略)
そんな彼女に、俺はすかさず畳みかけた。
「オレイ、シタイ、デス。Tea、ノミマショ」
「ふふ。日本語お上手ですね。オーケーオーケー」
「アリガトゴジャイマース」
もう、カタコト外国人なのか賢こめのロボットなのかわかんなくなっちゃった俺だけど、彼女が笑ってくれるならもう、なんだっていいんだ。
笑顔になって、両手で丸を作ってくれる彼女、可愛すぎでは?
そして俺はもう少しだけ、彼女と休日を過ごせる権利を手に入れていた。
+ + +
駅ビルのエレベーターの前、カフェの情報が並んでいるボードの前で「ドレ?」と聞くと、彼女は少し悩んで”タケダ珈琲”の写真を指差した。
サラリーマンとかが利用する、よくあるチェーン店のカフェだ。
無難だ、有難い。
これでフルーツビュッフェとかだと、使い方がわかんなくて詰んでたかもしれない。
彼女と一緒にレストランフロアへ行って、店に入った。
もちろん、店員にすら外国人だと思われた俺の前には英語表記のメニューだ。
大丈夫、Coffee や Tea くらいなら分かる。
「どれ、えっと、なんて言うんだろう……、Which? Do you like? 伝わりますか?」
「ニホンゴ、ダイジョブ、This one、コレニスル」
メニューを広げて、こちらに見せてくれる彼女に、『ニホンゴOKヨ』とアピールして、カフェオレを指差す。
彼女はまた笑ってくれて、店員さんを呼んでカフェオレを二人分オーダーしてくれた。
「スナック、スイーツ、イイノ?」
俺は、感謝の気持ちもあって、ケーキなんかが載っているページを指差した。
「ダイジョブダイジョブ、ふふふ」
それに対して彼女は、ちょっとだけおどけたような表情になって、俺を真似たような口調で返してくれた。
ずっと可愛いな、おい。
もう俺完全に好きだよ?
ダイジョブ?
少しして、店員さんが持って来てくれたカフェオレは、なんかふわふわになったミルクが乗ってる甘めのやつだった。
コーヒーの味の良し悪しなんか分かんないけど、彼女が目の前にいて、両手でホットのコップを持ってそっと飲んでるのを見て、どんな飲み物よりも良い物に見えた。
彼女といなければ、カフェオレの匂いを、こんなに良い匂いだと思うこともなかっただろうしさ。
そして、ちょっとホッとしていたところで、事件が起きた。
「あれ、亮ちゃんじゃない?」
あまりにも聞きなじみのある声。
「うわ! デートだ!」
続けられた声はやっぱり、いつもやかましいクラスメイトのもので。
「やめろよ、亮ちゃん可愛そうだろ、お邪魔しました~。ほら行くぞ!」
その後に続いた声も、別のクラスメイトのもので。
俺は固まってしまって、そいつらのいる方に顔が向けられない。
「顔だけ! 女の子の顔だけ!」
「やめろって!」
茶化されるのがどうとか、そういう次元じゃない。
現行犯逮捕って、こういう気分か?
「……お友達?」
可憐な声が、俺に有罪判決を下した。
+ + +
「じゃあ、健介さんと亮ちゃんさんは、クラスメイトなの?」
「そうそう! いや、こんな可愛い彼女いるとか聞いてなかったっス!」
結局、4人席だった俺たちの席に、健介とタケルは座っていた。
俺?
俺はね、あとは罪状を読み上げられて、吊るし上げられるだけ。
黙してその時を待ってるってわけ。
俺だって名前知らなかったのに、健介はさらっと彼女と自己紹介を終えていた。
千歳あいらちゃんだって。
名前まで可愛いじゃん。
完璧か。
俺だって、ワッチュアネームって言葉さえ出てきていれば、健介より先に自己紹介できたのに。
言っても仕方ない、俺は罪人だ。
魔が差した、ってこういうことだな、理解したわ。
「え! じゃあ、あいらちゃんは案内してやってたの!? こいつを!?」
そうこうしている間にも、彼女疑惑を否定されたらしい健介は、おおまかに状況を把握したらしい。
あいらちゃんは苦笑いしている。
「探されていたのが女性向けの化粧品コーナーだったから、良かったらと思って」
「いい子~! めっちゃいい子!!」
健介はテンションぶち上げだ。
それもそうか、俺も人からこんな話聞いて、それがこんな可愛い子なんだから似たようなリアクションになると思う。
黙っている俺の隣、タケルは状況以上に、俺の小癪な犯行手口にも勘づいたらしく、俺にジトっとした目を向けてきている。
それでもいきなりネタバラシしない、タケルはいい奴だ。
今は辛うじて会話が成立している健介とあいらちゃんだけど、間もなくして俺のついた嘘に行き着くだろう。
俺も年貢の納め時だ。
ちゃんと白状して、あいらちゃんにちゃんと謝ろう。
「あの」
俺が口を開いた瞬間、健介の大声と被った。
「可愛い子に案内してほしくてニホンゴワカリマセーンとかやったんじゃねーの?」
アハハ、と、笑っている健介が憎い。
お前、こういうときだけ勘がいいの何?
タケルがあちゃーって感じで俺に同情的な目を向けた。
俺の顔面はもはや、お通夜真っ最中になっているだろう。
終わった。
終わったよ、完璧に、な。
そう思ったのも束の間、へらっと笑ったあいらちゃんが、空気を変えた。
「まさか! 私がお話してみたくて話しかけたの」
俺は思わず「え」っと声を出した。
場の空気に気づかない健介は「まじかよ! 逆ナンじゃん! やるな亮ちゃん!」とか言って俺をバシバシ叩いてくる。
あいらちゃんは、いたずらっぽい笑顔のままで、俺を見ていた。
「そろそろお邪魔だろ、行くぞ」
タケルが立ち上がり、健介も「そーだな」と言って席を立つ。
自分たちの、持ち帰り用のドリンクのカップを持って、二人は店から出て行った。
残された俺は、呆然としていた。
きっと、このあとの第一声を、間違えちゃいけない。
それだけは分かった。
+ + +
「オレ、ニホンウマレ、ニホンソダチ。……まじで、すんませんでした」
ちょっとニヤニヤな笑顔のあいらちゃんを前に、俺は机に手をついて頭を下げた。
「いーのいーの。私も楽しんでたから。じゃあ、母国語は日本語?」
「日本語、というか、それ以外話せましぇん」
途中から、なんか薄々勘づいていたらしいあいらちゃんは、本当に楽しそうに笑ってくれた。
彼女が楽しんでいたからという理由で、俺は無罪放免、許してもらえてしまった。
天使って、器もでかいんだな。
どこまでも天使。
あいらちゃんは、俺がクォーターなこと、海外旅行もしたことがないことも楽しそうに聞いてくれた。
俺が、ロンドンにルーツはなくて、ペルーなこともゲロったら、彼女はおかしそうにケラケラ笑っていた。
「なんで、外国人のフリしたの?」
そう言うあいらちゃんの顔は、いじわるなのにちょっと嬉しそうで、俺は指先まで甘い痺れが走った。
「そういうあいらちゃん、は、俺と話してみたかったってホント?」
少しだけお返しの気持ちで、さっきの話を蒸し返してみたら、思いがけない反応が返って来て。
なんでそんなに真っ赤なの。
ねえ、あいらちゃん、可愛すぎでは?
可愛すぎ現行犯ですよ?
逮捕だ。
「……他に、お困りのことはないですか?」
耳まで赤い彼女は、小さな声で、かろうじてそう言った。
俺は残っていたカフェオレを飲み切ると、そんな彼女に思わず笑顔になってしまった。
可愛すぎる。
幸せかよ。
「じゃあ、俺の服、イッショニエランデクダサイ」
「オーケー、亮ちゃん、This wayです」
彼女もカップを片付け始めて、俺たちは「This wayってどうゆう意味?」「”こっちです”みたいな感じ?」と、たわいない会話をしながら店を出る。
幸せいっぱいの俺は、彼女と選んだTシャツを持って、ご機嫌で家に帰った。
おつかいを頼まれていたこと自体も忘れかけていたけど、母親に言われてなんちゃらパウダーを手渡した。
俺の顔がよっぽど緩んでいたらしく、母親は終始「きもちわる!」と叫んでいた。
いいんだ、俺、幸せだから。
そのあと、日焼け止めを買い忘れていたことでブチ切れられたけど、いいんだ、俺、幸せだから。
結局ドラッグストアまで走って買いに行かさせられたけど、いいんだ、俺、幸せだから。
ドラッグストアからの帰りに職質に合ったけど、いいんだ。
外国人風の顔だからじゃなく、ニヤニヤした男が怪しかったって理由の職質だったけど、いいんだ。
俺は、今、幸せだから!!
ピロン
スマホが鳴って、トークアプリの通知が出た。
あいらちゃん!
慌てて道の端によって中身を見れば、
『今日はありがとう』の文字と、
「Thank you」のスタンプ。
その下には『↑ありがとうって意味だよw』と書かれていた。
は~~~~! 可愛い~~~~!!
衝動のままに走って帰った俺は、母親に日焼け止めを押し付けるように渡すと、ガバっと一度だけハグをした。
ずっとやらなくなっていた、ただいまの習慣だ。
そして俺は自室に向かって早足になりながら、母親に振り返って「テンキュー!」と叫んだ。
意味のわからない様子だった母親は「Sure……?」とだけ言って、ボカンと俺を見送った。
俺、この顔に生まれて良かった~!!
お読みいただきありがとうございました!