【秘密】
ー第6章ー 【秘密】
11月10日。
希空は最近なんだか元気がない。
そこで僕は、彼女の大好物である
オムライスを作っていた。
僕は希空との日々を思い返していた。
今までに起きた出来事、色々なことが
記憶として鮮明に残っている。
特に、僕を看病してくれた時は、
本当に嬉しかった。
その時、倒れた時の記憶が一気に
頭に入ってきた。
「紺!」
意識が朦朧としていたが、
希空は確かにそう言っていた。
突然のことに驚いて、咄嗟に僕の名前を呼んだのかとも思ったが、僕は彼女の
前でまだ名前を名乗っていない。
僕の部屋には過去に繋がるものも
もう何も無いはずだ。
何かがおかしい。
僕の中で最悪な仮説が立った。
"希空と碧は同一人物である"
よく考えると、容姿がとても似ている。
髪は少し希空のほうが短いが、
長いまつげや、あの切れ長の目。
おまけに、淡い色の服が好きなところ、
大好物がオムライスであることまで
碧と全く同じだ。
いや、そんな事がありえるはずがない。
だって、碧はーーー死んだはずだ。
碧は、僕の18歳の誕生日に自殺した。
僕があげた碧色のマフラーで、
首を吊った。
僕は、遺体の第1発見者だった。
その日僕らは2人で出かける約束をしていた。しかし、彼女さいっこうに待ち合わせ場所に来なかった。心配になり、
碧の友達に聞いた住所へ向かった。
そこで見た光景は、
今でも忘れられない。
綺麗に片付けられた部屋の片隅に、
マフラーを首に巻いて、座っている碧。
何かのドッキリかと思い、冗談交じりに「そういう冗談、面白くないぞ〜?」
とそばにかけ寄ったが、
彼女は既に息をしていなかった。
右手には、〈遺書〉も握られていた。
そこには、
「紺、ごめんね。誕生日おめでとう。」
とだけ書かれていた。
悲しいよりも何も出来なかった
自分に腹が立った。
彼女が何に苦しんでいたのか、
どうして自殺にまで追い込まれたのか、
僕には知る由もなかった。
でも、知る権利はあるはずだ。
だから僕は、彼女について調べた。
全てを知ったのは、碧が亡くなってから
2年が経った後だった。
僕はこの時、初めて涙を流した。
まるでお気に入りの玩具を取られた
子供のように声を枯らして泣いた。
何もできなかった自分に腹が立った
と同時に、彼女に会いたい思いが
高まった。僕はその時、死を決意した。
でも、僕には頑張って学費を貯めて
入学した大学があったので、
安易に死ぬことは出来なかった。
せめて、この大学だけでも卒業しようと
死ぬのはその後でいい。
僕は必死に勉強した。
1年間留年をしてしまったが、
無事卒業することが出来た。
そして、僕は碧が僕の誕生日に死んだ
ように彼女の誕生日に彼女から最後に
貰った紺色のネクタイで首を吊って
死ぬという計画を立てた。
碧と同じように死ぬことで、
僕の心全てを彼女に捧げることを
意味すると思った。
僕は彼女に囚われすぎていた。
でも僕はまだ生きている。
彼女…希空が現れたからだ。
希空が碧だという確証はまだない。
見た目が似ていて、
境遇も似ているということだけでは、
僕は納得が出来なかった。
僕は希空と出会った時のことを
思い返した。そういえば…
希空は名前を言うことを拒んでいた。
僕が、キレる寸前まで名前を名乗ろうとしなかった。
名前に何か、秘密があるのか?
希空は今、風呂に入っているから
当分出てこないだろう。
僕は、白い紙とペンを用意した。
"及川 希空 おいかわ のあ"
と、紙に書いた。
僕はじーっとその紙を見つめた。
……………30秒…5分…10分…と時間が経過していく。15分が経った頃だろうか、
気付いてしまった。
"おいかわ のあ かわの あおい"
希空の名前を入れ替えると、
"川野 碧"
彼女の名前になるという事に。
どうしても信じられない。
何故、彼女は生きているのか。
彼女が風呂から上がってきたので、
僕はその紙をこっそりとポケットに
しまった。