【及川 希空】
ー第4章ー 【及川 希空】
3月28日。
誘拐事件を起こして、4ヶ月が経った。
ニュースになっているのが怖くて、
1度もテレビを見ていない。
なぜ僕はこんな面倒な事に首を
突っ込んでしまったのだろうかと
後悔もした。
希空は鼻歌を歌いながら、
呑気に絵を描いている。
子どもは楽しそうでいいなぁ、
事の重大さを全く理解していない。
でも、これをやり遂げれば死ねるという考えが僕の原動力となった。
僕はそんなことを考えながら、
朝食を作っていた。今日はシチュー。
シチューをとろっとお皿に流し入れ、
パンを添えたら、出来上がりだ。
「おい、朝ご飯出来たぞ。」
希空は、絵を片付けて食べ始めた。
「こんな美味しいもの初めて食べたよ!
お兄さん料理出来るんだね!凄い!」
と本当に嬉しそうに褒めてくれた。
あまりにも素直すぎて、
不覚にも可愛いと思ってしまった。
朝食を食べ終え、
僕らはマスクをつけたり、
帽子をかぶったりと所謂、変装をして、
少し家から離れた街へ出かけた。
希空の服を買わなければならなかった。
僕の服にも限りがあるし、
きっと希空はもっと可愛い服を
着たいだろう。
希空は「ありがと…」と呟いた。
僕は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
希空は淡い色が好きらしい。
彼女の選ぶ服はみな淡いものだった。
ズボンはジーンズやスキニーが多く、
彼女の華奢な体を強調していた。
モデル体型なのだろう。
すらりとしていて、
もちのように白い肌。
まつげの多い切れ長の目。
ぼーっと見つめていた僕に
希空は恥ずかしかったのだろうか。
僕の後ろに逃げるように隠れた。
「ごめん、次行こっか」僕がそう言うと、
希空は首を横に振る。
「どうしたの?」と聞いても、何かに
怯えてる様子で答えてくれなかった。
「帰るか?」と聞くと、「うん…」と
希空は小さく震えた声で返事をした。
僕らは家に戻ってきた。
一体、希空に何があったのだろう。
出会ってからというもの、
希空は僕に何も教えてくれない。
誘拐事件を起こした理由。
僕を選んだ理由。家族や友人のこと。
聞いてはいけない気がした。
希空は何を抱えているのだろうか。
そう考えたのは彼女で2回目だ。
川野 碧…僕の恋人だった人。
今でも僕は彼女を愛している。
彼女も自分を語らない人だった。
華奢な体型など容姿が少し似ている
気がする。でもその考えは僕の頭の
片隅に閉まい込んでしまった。
僕は聞いた。「何があったんだ。」
希空は、答えてくれない。
「希空のことを知らないままじゃこの先助けてあげることが出来ない。だから、
教えてくれないか。」
と僕は本音をぶつけた。
希空はハッと何かに気づいた様子で
話し始めた。
「さっき、あの服屋に、私の親友がいたの。学校だって行ってないし、お兄さんと一緒にいるのバレたらダメでしょ?」
「それはそうだけど、なぜ親友なのに、あんなに怯えてたんだ?」僕は聞いた。
「………私ね、イジメられてたの。」
衝撃だった。
そんな風には見えなかった。
こんなに可愛い子がイジメられる
世の中があったのかと。
確かにこの子は変わっているが、
そこまで気になるようなタイプでもない。僕は息が詰まった。
希空は声を震わせながら話し続けた。
「小学校の時、人と話すことが大好きだった。それをみんな楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて。でも、自慢話をした時に一気に嫌われた。その当時、私は別に自慢をしたつもりはなかったんだけどね。そこからイジメは始まったの、中学校に入っても収まらなかった。親も先生も見て見ぬふりをする。だから…消えたいなって思たの。そして、この誘拐事件を起こそうと決意したんだ。」
一気に胸が重くなった。
僕が想像していたものよりとはるかに
彼女の人生は過酷だった。
彼女の気持ちが理解出来た。
決して、これは同情なんかではない。
その辛さは、僕にも分かる。
僕には親がいない。捨てられたのだ。
僕を捨てた親に憎しみだって
抱いていた。イジメといえるほど過酷なものではなかったが、孤児であることを人にバカにされることもあった。
つまり、この家をくれたおじいちゃんは本当のおじいちゃんではない。
こんな僕を家族同等に育ててくれた
おじいちゃんも、
僕が中学に入学した頃に他界した。
だから、
彼女の気持ちが僕には理解出来たのだ。これは、同情ではなく共鳴だ。
僕は彼女の苦しみを受け入れ、
より一層この誘拐事件をやり遂げよう
という意思が強くなった。
「話してくれてありがとう。何かあったら、僕にまた言って。力になるから。」
彼女の瞳から透明な大粒の涙が流れた。
「疲れたよな。今日はもう寝よう。」
そして僕らは眠りについた。