4.信じられない結末 ☆
「一哉……」
「真央……」
一哉は真央に気付いて、固まったように歩みを止めた。
「どうして。どうして、さゆりが一哉と一緒にいるの?!」
真央は混乱した。
さゆりとは同期入社してすぐ意気投合し、所属部署が違う時でも仲が良かった。勿論、一哉のことも話している。
一哉の子どもができた相手はさゆり……?
そんなこと信じられない。信じたくない!
さゆりもまた、固まったまま動けないでいた。
まさかクリスマスの次の日に出くわそうとは。
けれども、思わぬ遭遇の中でも腕はしっかりと一哉に絡めている。
まるで一哉の恋人は自分だと主張しているかのようだった。
「真央、ごめん。実は一哉の子どもを身ごもったって言うのは私なの」
「どうして? なんで? 意味わかんない」
「私、一哉と同級生でさ。何か月か前の同窓会で再会した時、なんかこう、そういう雰囲気になっちゃって……」
もう訳が分からなかった。
恋人の一哉は「別れてくれ」と言ってくるし、理由を聞いたら「子どもができた」と言ってくるし、しかもその相手がまさか同僚のさゆりだなんて。
真央は吐き気が込み上げてきた。
「もう……一哉も、さゆりも。誰も信じない」
そう呟くと、真央はガタンと椅子を蹴り、店を飛び出した。
走る。走る。走る。
わけもわからず、闇雲に走る。
涙が溢れて前がよく見えない。
一哉……愛されていると思ってた。本当に信じてた。
さゆりも親友だと思っていたのは私だけ。
なんて滑稽で惨めなんだろう……!
「馬渡さん! 危ない!!」
その時。
横断歩道に飛び出そうとした真央の肩を後ろから佐々木が掴んだ。
信号は赤で、真央は車にはねられる寸前だった。
背後に引かれた反動で真央の身体が佐々木の胸の中におさまる。
危なかった。
あと一歩でひかれるところだった。
まさに間一髪。
佐々木は真央の身体を抱きしめながら怒りの声で叱った。
「バカ! 何考えてんだ!」
怒っている。
温厚で紳士的だった佐々木が、本気で怒っている。
今まで見たこともない剣幕だった。
真央はしゅんとうなだれた。
「ご、ごめんなさい……。私……」
けれども佐々木はそれ以上怒ることもせず、震える真央をギュッと抱きしめた。
「バカ」
「ごめんなさい……」
謝りながら真央は泣いた。
何度も泣いた。
これ以上不幸なことがあろうか。
大好きだった彼には別の女がいて、しかもその女が自分の同僚で、その女と一緒にデートを楽しんでる……。
もう絶望しかない。
「ううう……」
けれども、佐々木の胸の中はなぜか心地よかった。
絶望の中でも安心感があった。
まるで地獄に落ちた自分を救いあげてくれてるかのような気がした。
不思議な感覚に襲われている真央に、佐々木は抱きしめながら言った。
「まったく、君ってやつは。いったい小学校で何を教わったんだ。赤は“止まれ”だろう」
そのセリフに、思わずきょとんとなる真央。
“赤は止まれ”だろう。──だから、なに?
きょとんとする真央に、佐々木は滔々と語った。
「いいか、赤信号は何があっても渡っちゃいけないんだ。車が来ていなくてもだ。さっきは車が来ていたから余計に渡ってはダメなんだ。何がダメかというと……」
てっきり「いきなり飛び出すな」とか「いきなり走り出すな」とか言うのかと思いきや、信号のことで怒られるとは。
「だからな、赤信号は本当に危険なんだ。それくらいわかってくれ。そもそも歩行者用の赤信号になるには前段階があってだな……」
しかも佐々木は信号機について真面目に語っている。
真面目すぎるくらい真面目に語っている。
イケメンエリートのそんな滑稽な姿に、真央は思わず「プッ」と笑った。
佐々木は胸の中で吹き出す真央を不思議そうに見つめた。
「……なにがおかしい?」
「おかしいっていうか……。ツッコむとこ、そこですか?」
「ん?」
「普通は、飛び出すなよとかいきなり走り出すなよとか、いろいろあるでしょう?」
「……そうか?」
素で信号を守らなかったことだけを怒る佐々木に、真央はなんだか絶望していた自分がバカらしくなってきた。
「そうですよ」
「僕、変なこと言ってる?」
「あははは、変です。すっごく変」
「そ、そうかな」
「でも、そういう佐々木さん、私は嫌いじゃないです」
「………」
はにかむように笑う佐々木に、真央は自分からギュッと抱きついたのだった。
空からゆっくりと白い雪が舞い落ちる。
少し遅いホワイトクリスマスだ。
二人は雪の中、いつまでも抱き合ってた。
そんな二人の様子を、すぐあとから追いかけていた一哉とさゆりは黙って見守っていたのだった。
◇◆◇
「涼輔さん、早く早く! 会社に遅れちゃう!」
「ごめん、ちょっと待って! ここの寝癖が……」
1年後。
二人は同棲を始めていた。
結婚はまだだが、お互いをパートナーとして認めつつ日々の生活に追われている。
同棲をして初めて知ったのだが、完璧エリートと思われていた涼輔は意外と早起きが苦手で、しかも寝相が悪い。
しょっちゅう寝癖を作っては真央に直されていた。
そんな真央も料理の腕だけは(料理に限らず他もそうだが)佐々木に負け、炊事に関しては彼に一任している。
それでも、お互い必要としている存在であることは確かで、社内では公認のカップルとされていた。
さゆりはその後、改めて真央に正式に謝罪し、寿退社をした。
今は一哉とともに生まれたばかりの赤ちゃんの世話で大忙しの毎日を送っているという。
「真央、今日の夕飯何がいい?」
営業に向かう佐々木は、フロントで受け付けカウンターに立つ真央に声をかけた。
当然、まわりには他の社員たちがいる中でである。
真央は顔を真っ赤に染めながら
「ちょっと! ここでそんな話しないでくれない⁉」
と怒った。
「ははは、ごめんごめん。帰ってくるまでに決めておいて。じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
そう言って見送る真央の胸には、オープンハートのネックレスがキラリと輝いていた。
了
本作は、「たこす」様と「香月よう子」のぷちリレー小説です。
たこす様が冒頭数行を書いて下さり、香月が継ぎました。
一話ずつのリレーではなく、比較的短い場面や会話の途中・展開部分で相手にバトンを渡すという気軽でとても楽しいリレーでした♪
作中挿絵は、菅澤捻さまより頂きました。
素敵なイラストを描いて下さった菅澤さま、お読み頂いた方、本当にどうもありがとうございました!(^^)