1.最悪のクリスマス・イブ ☆
本作は、たこす様と香月よう子によるコラボ小説です。
「オレたち、別れよう」
恋人の一哉から別れ話を切り出された時、馬渡真央は思わず「はい?」と聞き返してしまった。
クリスマスのイルミネーションで彩られた公園のど真ん中、多くのカップルたちが仲睦まじく聖なる夜を楽しんでいる。
そんな中、一哉の口から出た言葉は場の雰囲気にまったくそぐわない意表をつくものだった。
「やだなー、一哉ったら! 何の冗談?」
真央は笑った。
「もう、今日はエイプリルフールじゃないよ。クリスマスイブ! そんなジョークうけないよ」
てんで相手にしない真央に尚、一哉は言った。
「別れてくれ、真央」
そう言うと一哉は、その場にがばとひれ伏し、土下座したのだ。
「どうして……」
そう言ったきり、真央は言葉にならない。
今夜こそ一哉からプロポーズされると思っていた。
つきあって三年、ふたりの仲は順調だと思っていた。
彼からのクリスマスプレゼントはきっとエンゲージリング……そんな甘い想像に酔いしれていたのに……。
でも、それは私の、私だけの思い込みだったの?
「頼む」
真冬の冷たい地面に頭をこすりつける一哉の姿は、本気だった。
本気で彼は別れ話を切り出している。
真央は膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえながらも、急に一哉が「別れてくれ」と言い出したのか考えた。
彼とは昨日も電話で話し、LINEのやりとりもしていた。
おとといは、少ししか会えなかったが口づけもかわした。
まさに順風満帆。
別れの「わ」の字もなかったではないか。
それがなんで今になって(しかもクリスマスイブに)「別れる」なんて言い出すのか。
「頼む!」
「やめてよ! あなたのそんな姿なんて見たくない!」
真央は気丈に彼の腕をつかみ、起き上がらせようとした。
そんな彼女に一哉はボソッとつぶやいた。
「……実は、子どもができたんだ」
瞬間、ピシッと固まる真央。
今、なんと?
「……えーと、一哉? なんて?」
「だから子どもができた」
「誰の?」
「オレの」
「一哉の?」
「そう、オレの」
「一哉、女だったっけ?」
「なんでだよ。男だよ」
「……え? よくわかんないんだけど?」
「だから、別の女だよ。真央とは別で付き合ってた女に子どもが出来たの……」
最後まで言わさずにぶん殴った。
「サイテー! あんたほんとサイテー!」
返す掌で更に一哉の頬を張る。
「二股かけてたなんて信じらんない!! どこの誰よ⁈ 言いなさい! 白状するのよ!」
「く、苦しい……真央……」
真央は一哉の首筋をギリギリと締めあげながら詰め寄った。
「誰⁉ どこの誰⁉」
「言う! 言う! 言うがら手を放じで!」
「このまま言いなさい!」
「え、えと……あ、あけみちゃん! あけみちゃんでずぅぅ!」
「あ、あけみちゃん……?」
真央はその名前を聞いて、ポカンと口を開けた。
あけみちゃん?
あけみちゃん。
あけみちゃん……。
「……って誰よっ⁉⁉」
知らない女だった。
「ぐ、ぐるじ……い……」
とうとう一哉は白目を剥き、足下から崩れ落ちたが、
「あけみちゃんは……高校の同級生」
と、ゼイゼイ肩で息をしながら、神妙に地面に正座をしながらシュンとして答えた。
「今年の同窓会でなんとなく良い雰囲気になって、そのままズルズルと……」
「それで私を裏切ったって言うの?!」
「ごめんなさい!」
一哉は再び頭が地面にめりこむくらい土下座した。
「でも、俺が本気で一番愛しているのは真央なんだ!!」
「白々しい!」
真央は吐き捨てるようにつぶやくと、土下座する一哉を無視してその場を立ち去った。
◇◆◇
「あー、むしゃくしゃする!」
翌日、真央はいら立ちを隠しきれないまま出社した。
大手貿易会社の冴木コーポレーション。
彼女はそこのフロント受付嬢である。
「どうしたの?」
真央の不機嫌な顔を見て、隣にいた同じ受付嬢のさゆりが声をかけてきた。
「さゆり。聞いてくれる?」
真央は同期入社して以来ずっと仲の良いさゆりに洗いざらいぶちまけた。
「うーん、一哉さんに他の女の子供ねえ」
気の毒という顔をさゆりはした。
「でも、真央はモテるじゃない。真央のこと狙ってる社員、沢山いるわよ。例えば……あ、佐々木さん、おはようございます!」
さゆりがそう声をかけた先には、営業一課きってのエリート社員・佐々木涼輔が丁度こちらへと向かってきているところで、つかつかと歩み寄ってくると言った。
「やあ、森さん、馬渡さん。おはよう」
それは爽やかな笑顔だ。
「聞いて下さいよ、佐々木さん。馬渡さんったらよりによって昨日のイブにふられたんですよ」
「ちょ、ちょっと……さゆり!」
「え? 馬渡さん、ふられたの?」
「え、ええ。まあ。はい……」
「なんでまた」
「そ、それは……」
言えるわけがない。
彼氏に別の女がいて、子どもが出来たから別れてくれと言われたなんて。
「まあ、言いたくなければいいけど。ふーん、そっか。ふられたんだ。……じゃあ、今日のクリスマス、フリーということだよね?」
「は、はい……」
「だったら、食事でもどう? ああ、今日はもう気の利いた店は予約で満杯だと思うから、たいしたところには連れて行ってあげられないと思うけど」
「……え?」
思わぬ誘いに、真央はドキッとした。
まさかフラれた次の日に食事に誘われるなんて思ってもいなかった。
しかもエリート社員の佐々木に。
「ちょうど僕も一人だしさ」
「で、でも……」
真央は口ごもりつつ、隣のさゆりに目を向けた。
「行けばいいじゃない!真央! こんなお誘い普通ないわよ。私も今日は彼とデートで真央の失恋パーティーしてあげられないし。佐々木さん、真央のことよろしくお願いしますねっ」
さゆりの目は好奇心一杯にキラキラ輝いている。
「じゃあ、決まりだ。馬渡さん、退社後は駅前のスタバで待っててくれないか。待ち合わせの時間を決めても、残業が長引いた場合に困るから。勿論、連絡は入れるよ。あ、LINEのID教えてくれる?」
「は、はい……」
そうして佐々木とLINEのIDを交換すると、佐々木は「じゃ」とやはり爽やかな笑みを残し、去って行った。
「真央、明日全部話しなさいよ!」
真央の手を握り締めながら真央に迫る、どこまでも人の噂が好きな二十五歳OL受付嬢・森さゆりだった。
◇◆◇
定時退社後、真央は佐々木と待ち合わせした駅前のスタバで、店舗限定の温かいウィンターシナモンラテを飲みながら、佐々木を待っていた。
しかし、もう小一時間経っている。
激務の営業一課だ。定時通りに終わるはずもないことはわかっているが、佐々木からは「必ず行くから待っていて」という短いLINEが一回来ただけで音沙汰がない。
小腹が空いてきて、好きなクラシックティラミスでも追加オーダーしようかと思うものの、これから嘘でもクリスマスディナーだと思うとここでお腹を満たすのもどうかと思う。
どうしようかと悩んでいると、「やだもお~!」という甲高い声が耳に飛び込んできた。
見ると、若いカップルが腕をからませがなら談笑していた。
お互いに顔を染めて幸せそうに笑っている。
二人とも真央が目を向けていることなど気にも止めず、口を大きく開けながら会話に花を咲かせていた。
いや、よく見ると彼女たちだけではない。
店内のいたるところに、このようなカップルたちがいる。
一組は耳元でささやき合い、一組は指でつつき合い、一組は肩を寄せ合い、幸せそうに笑っている。
真央はそれを見て、込み上げてくるものがあった。
本当なら……。
本当なら、自分も彼女たちのようにクリスマスの夜を笑って過ごしていたはずなのに。
一哉と一緒に将来について語り合っていたはずなのに。
でも、それももう叶わない。
表紙は、菅澤捻さまに描いて頂きました。