097 盗賊さん、成人の儀に疑念を抱く。
ユウヒさんが落ち着くのを待ってから、サク姉は彼女に優しく声をかけた。
「あなたに残された時間は、もうあまりないわ。明日の夜には、消えてしまう。だから心残りを解消してしまいましょうか。おそらくこれが最後のチャンスになるでしょうからね」
再召喚が可能かどうかについてサク姉は言及しなかった。でも、サク姉はボクにそれをさせる気はないのだと雰囲気から伝わって来ていた。
「えぇ、そうね。もう死んでしまったんだもの。恐れるものはもうないわ。本当なら生きているうちに死ぬ気でやればよかったんでしょうけどね。後悔しても遅いのよね」
「まだ全て終わってしまったわけじゃないわ。後悔するにはまだ早いわ」
「そうね。そうよね。ありがとう……まだ、お名前を伺ってなかったわね。聞かせてもらってもいいかしら」
「サクラ。サクラ・イーゼレクトよ」
「そう。サクラさんと言うのね。あなたの未来が明るいことを、あの世から祈ってるわ」
「祈るのなら私ではなく、あなたの娘さんのことを祈ってあげて」
「もちろんよ。その上で、あなたの幸せを祈りたかったのよ。私にとってあなたは特別な恩人だから」
「さぁ、時間も限られてるし、娘さんのところに行ってあげて。孤児院までは私が送るから」
そう言ったサク姉は、ボクに目配せした。ボクはそれに頷きを返した。するとサク姉は、ユウヒさんの背を押して地上に上がって行った。
ふたりの背を見送り、しばらく地下に止まっていると、いつの間にか姿を消していたサク姉の召喚獣である黒猫がボクの足元に擦り寄って来ていた。
ボクは黒猫を抱えて自室に向かった。ベッドに腰掛けて鐘ひとつ分くらいの時間をぼんやりと過ごしていると、部屋の扉がノックされた。するとボクの膝の上で丸くなっていた黒猫が、ぱっと目を覚ましてとことこと扉の前に歩いていく。
「開いてるよ」
端的なボクの返答に応じて扉は開かれ、その向こうから姿を見せたのはサク姉だった。
「おかえり、サク姉」
「ただいま」
「ごめん。なんだかボクの尻拭いさせちゃったみたいだね」
「別にいいわよ。私がそうしたかっただけだから。それにあんな想定外なトラブルなんて、誰にも予測出来ないわ」
「理由、わかる?」
ボクの漠然とした質問を受けたサク姉は、足元にいる黒猫を抱き抱えてボクの横に腰を下ろした。
「なんとなくはね。と言うか、完全に仮説でしかないんだけど、それでもいいならね」
「聞かせて」
ボクの返答を得たサク姉は、一拍置いてから話し始めた。
「考えられる可能性のひとつは、私の天職が本当は『召喚術師』じゃないってこと」
「それって変じゃない? 成人の儀で『召喚術師』って[天命啓示版]に記述されたんでしょう」
「私達の解釈では、確かに『召喚術師』と記されたと言っていいけれど、それはあくまでも[天命啓示版]に表示された文字列を私達が翻訳したものでしかない。だから本来は全く別の意味を持った言葉が記されてたのかもしれないってことよ。天職は[天命啓示版]に表示された文字列と、発現した能力の性質を結びつけて、それに見合った単語を後付けしたものがほとんどだからね」
[天命啓示版]は、クルガル大山岳地帯に太古の昔から存在している大迷宮エクル神殿でドロップしたのが最初だって聞いたことがある。その[天命啓示版]に表示される文字列だと思われてるものは、精緻で複雑な紋章の羅列でしかないから、誤読されたまま今に伝わっていても不思議ではないのかな。だとしたらボクの『盗賊』も全く別の意味を持った内容である可能性もあるのかもしれない。
「それが可能性のひとつってことは、他にもなにかあるの?」
「そっちはヒロちゃんが、無個性化した魔力で他職のスキルを発動させたことでスキルとして不具合が起きたか。使用したスキルが『召喚術師』の【召喚】ではなく、『死霊術師』の【降霊】だったって場合ね」
「サク姉は、どっちの方が可能性が高いと思う?」
太腿の上で眠る黒猫をなでながら、しばし黙考したサク姉は端的に答えた。
「後者かな」
「なぜ?」
「単純に天職から得られる知識が、成人の儀で判定されて伝えられた天職の内容と合致しているからかな。スキルの名称なんかが最たる例じゃない。私のスキル【召喚】は、その単語がスキル名として脳裏に浮かぶもの。ヒロちゃんもそうでしょう」
「確かにそれはそうだね」
サク姉が言うように、ボクは天職知識から【奪取】や【解錠】【投擲】【隠密】などのスキル知識を得ていた。だけれどボクは、それらに対してなんとも言えない引っ掛かりを覚えていた。




