038 盗賊さん、偽名を付けてもらう。
仕方なく腕輪を受け取り、少女を送るべく一緒に部屋を出てホールに向かう。
「あの、またこちらにお伺いしても構わないでしょうか」
「問題ないとは思いますが、ボクも間借りしている身ですので明言は出来かねます」
「そう、なのですね。今の錬金術ギルドって、なんという方が管理されてるのでしょうか。薬師ギルド関係のトラブルを抱えていて、ごたついているのは知っているのですが」
「グレンっていう先代ギルド長の息子さんだよ」
「ギルド長の御子息ですか。数年前から行方不明だと聞いていたのですが、戻って来られていたのですね」
「彼のお父さんが、彼を危険から守るためになにかしてたんじゃないかな」
思い付きで言ったことだったけれど、その可能性はなくなないような気がした。
「薬師ギルドのよくない噂もいろいろと聞きますし、ありそうな話ですね」
「随分と好き勝手やられてるんだね、薬師ギルドに」
「どうにかしたいのですが、お父様も手を出しあぐねていまして」
少女はもう自身の身分を隠すことを完全に忘れてしまっているようだった。
「他領からポーションを輸入出来ないの?」
隣が魔術職で溢れ返ったレッドグレイヴ領なんだから格安でポーションを仕入れられるんじゃないかな。
「私もそうお父様に進言してみたのですが、すげなく却下されてしまいました。なんでも交易で魔法薬やダンジョン産のアイテムのやり取りすることを王家から禁じられているそうなのです。人材の行き来やその他の物資は問題なくやり取り出来るそうなのですが」
魔法薬が豊富なレッドグレイヴから出たことがないから全く知らなかったが、意味がわからない王家の指示に首を傾げたくなる。でも、それが事実ならなぜ野盗がボクらの馬車を襲ったのかわかったような気がした。
もう玄関扉は目と鼻の先だったけれど、話が長引きそうだったので、ボクはホールのテーブルを示して少女に腰を落ち着けて話そうと持ちかける。それを了承した少女は、すっとテーブルに着いた。
「個人所有の魔法薬やダンジョン産のアイテムの扱いってどうなってるの?」
「一応、私的利用の範囲での所持は許可されてます。ただその規定を超えていた場合、入領時に物品の没収もしくは高額な関税がかけられることになるんです。うちにダンジョン産のアイテムがたくさんあるのもそれが理由なんです」
ボクのウエストポーチがどういったものかバレたら没収は免れなさそうだね。パパは当然それを知っていたから、お手製のウエストポーチで偽装して、いろいろも物資を詰め込んでくれたのかもね。
「ひとつ質問なんだけど、もし薬師ギルドにレッドグレイヴ産のポーションを個人的に売るとしたらどのくらいの金額になるのかな。ちなみに薬師ギルドのポーションは、レッドグレイヴ産ポーションの4割程度の効果しかないよ」
「効果が4割程度しかないというのは事実なのでしょうか」
「レッドグレイヴのポーションを見慣れたボクからしたら、あれはポーションと呼べる代物じゃないよ。ポーション作製者の天職が錬金術師でなかったとしても7割程度の効果を発揮させる代物はつくれるはずだからね。さっきあなたに渡したポーションも劣化品ではあるけれど、薬師ギルドの物より効果は高いはずだよ。鑑定のアイテムがあるのなら確かめてみるといい」
「わかりました。帰ったらすぐに確かめてみます。それで薬師ギルドにポーションを売りに出したらということでしたが、私にちょっとわかりそうもありません。ごめんなさい」
「いや、問題ないよ。今はあなたからもらった認識阻害の腕輪もあるし、自分で確かめに行っても錬金術ギルドの関係者だとバレることはないだろうしね」
そんなことを口にすると少女は、なぜか目を輝かせた。
「それでしたら偽名が必要なのでは」
「なぜ偽名が?」
「買い取りには身分証の提示が必要だと思いますよ。鑑定のアイテムを薬師ギルドが所持しているとは思えませんし、偽物をつかまされる可能性を警戒しているでしょうから」
「薬師ギルドなら鑑定のアイテムはなくてもたくさんのギルド員を抱えているし、【目利】スキル持ちくらいいるんじゃないかな。後ろ暗い人間から魔法薬を買い取ってる可能性が高いし、身分証までは提示させないとは思うけど、確かに名前くらいは最低限求められそうだね」
「え、なぜ魔法薬を買い取るのに後ろ暗い方を相手にしていると思われたのですか」
「勘かな」
もしかしたら強盗騎士と繋がっているかも知れないけれど、今はまだ確証はないしね。
「勘、ですか」
「そ、勘だよ」
少女はなにか言いたげだったが、ボクが念押しすると渋々ながら素直に引き下がった。
「しかし、偽名か。なんと名乗ったものかな」
下手に詮索されて余計なことに首を突っ込まれても面倒なので、少女が食い付きそうな話題に転換することにした。
「それなら私に良い案があります」
満面の笑みを浮かべた少女は、ずいっと身を乗り出して来た。
「聞かせてもらっても」
少女は勿体ぶるように数度咳払いをした。
「では、僭越ながらラスティ・ラストリアスというのはいかがでしょうか」
その命名に少女の趣味がありありとにじみ出ていた。
「頭文字をラにするのは、あなたなりのこだわりなのかな」
「はい。ラという音の響きが大好きなんです」
よく聞いてくれましたとばかりに少女は右頬の横で、ぱしんと両手を打ち鳴らして満足げに微笑んでいた。




