034 盗賊さん、少女の話を聞く。
「気分はどうかな?」
そう訊ねると少女はボクの方に顔を向け、ぱちぱちと瞬きをしてから身体を起こした。
「助力感謝する」
少女はボクの側に兎の仮面があるのを目にして、大きく目を見開くと、自身の顔をぺたぺたと触っていた。そこに仮面がないのがわかると少女は、両手で顔を覆い隠しながら、指の隙間からボクに視線を投げかけてきた。
「なんであなたがそれを、絶対に取れないはずですのに」
「絶対なんてことはないんじゃない。現に外れてるわけだしね」
「そうじゃなくて、そうじゃなくて、えっと、いつ、いつそれを取ったのかしら」
「それならついさっきかな」
その答えを聞いた少女は、一度部屋の中をぐるりと見回してから再度ボクに視線を戻した。
「それはこの部屋に来てからのことですか」
「そうだね。その仮面に魔力を奪われ続けてたようだったから、勝手ながら外させてもらったよ」
少女はしばし考え込んでから躊躇うように口を開く。
「あの、もしかしてなのですが。あなたは最近この領都に来られた方なのでしょうか」
「えぇ、昨日到着したばかりですね」
ボクが元々ここの住人でなかったとわかると少女は、顔を覆い隠していた手を下ろした。
「そうですか、それはよかったです。いえ、よくはないのですが」
なんとも言動の定まらない少女の言葉に苦笑しそうになっていると、きゅるりと彼女のお腹が空腹を訴えかけてきた。
「食べます?」
ボクはサンドイッチの入ったバスケットを少女の前に差し出した。すると少女は羞恥で顔を赤く染めながら肩を縮こまらせ、遠慮がちにひとつ掴み取った。
「それではひとついただかせてもらいますね」
「遠慮なくどうぞ。ひとつと言わず、好きなだけ食べてください」
「そう仰るのでしたら……」
少女は手にしていたサンドイッチをふた口で食べ切ると、次のひとつに手を伸ばした。それが4度目に差し掛かったとき、少女の指先とプルの触手がひとつのサンドイッチを巡って触れ合っていた。
「あ、ごめんなさい。次から次にパクパクと──」
そこまで言った辺りで、少女は自身の手に触れたのがボクの指先ではないと気付いたようだった。
「な、な、な、なぜスライムが室内に。ここはダンジョンではありませんわよね」
「この子はボクの使い魔なんです」
適当な説明が浮かばなかったので、ボクはプルをなでながらそう答えていた。
「魔獣ならわかりますが、魔物を使役出来るなどという話は聞いたことがないのですが……そもそもダンジョンの外に魔物が出ること自体が普通はありえないはずですし」
「そう言われましても、現に目の前に居ますよね」
「えぇ、確かにそうなのですが。その、私は夢を見ているということなのでしょうか」
「そう判断するのはあなた次第ですから、ボクからはなんとも」
「あの、でしたらそのスライムさんに触れさせてもらえませんか」
「ボクは構いませんが」
どういった意図での発言かわからなかったので、ボクは曖昧に答えながら、ちらりとプルに視線を向けた。それに気付いたらしいプルは、バスケットの上で身体を捻らせ、ボクを見上げるような仕草を取っていた。
「プル、どうかな?」
するとプルは2本の触手を伸ばしてバツ印をつくっていた。
「残念ながら、この子は気が乗らないみたいですね」
「そ、そうですか」
プルに拒否されるとは思っていなかったらしい少女は、目に見えて落ち込んでいた。そんな姿を前にプルは、仕方ないなとでも言いたげに、ぴょこんとベッドの上に飛び移った。そして少女の太腿辺りに移動して、身体をぷるんと振るわせた。ちょっとくらいなら触ってもいいとのジェスチャーなのだろう。それを感じ取った少女は、壊れ物でも扱うように、そっとプルの身体をなでまわした。
プルの感触がよかったからか、少女はなでまわすだけではなく、プルの身体を揉みしだきはじめた。それはさすがに耐えかねたのか、プルは触手で少女の手を撥ね退けていた。
「あ、ごめんなさい」
そんな少女を尻目にプルは、充分に役目を果たしたとばかりに、ぴょこんとベッドから飛び退き、定位置らしいボクの肩に飛び乗ってきた。
「それにしてもよくスライムに触ろうと思ったね。ダンジョンでスライムからかなりの重傷を負わされてたのに」
「え、私を攻撃してきたのって黄色のだけでしたから、青いのは平気だと思って。ダンジョンの1層で出会った青いスライムさんは全く攻撃して来ませんでしたよ」
それを聞いてやはり仮面には、認識阻害に類する効果があったのだろうと確信した。
「それってたぶん仮面を付けてたからじゃないかな。そもそもこの仮面って、戦闘時に付けるには適さないものだと思うんだけど、なぜこんなものを」
ずっと気になっていたことを少女に訊ねると、彼女はなぜか自信に満ち溢れた表情を浮かべた。
「それはもちろん、ヒーローは正体を隠して戦うからですよ」
そう言い切った少女は、決まったとばかりに得意顔をしていた。




