023 盗賊さん、パパと連絡を取る。
魔力循環の訓練をしようと意気込むグレンとホールで別れたボクは、あてがわれた部屋に戻って作業机に着いた。
作業机の上にウエストポーチから板状の物体を取り出す。材質不明のそれは、レッドグレイヴにある最も歴史の古いダンジョンの深層を守護する階層主からドロップした逸品[ジェミニタブレット]だった。
[ジェミニタブレット]は対となる同一の品との間で、板の表面上に専用の筆記具を用いて、短文の手紙を光の文字でリアルタイムにやり取りをすることを可能とする希少な魔導具だった。
ボクはウエストポーチから専用の筆記具を取り出しながら[ジェミニタブレット]に魔力を流し込む。すると板表面の外周を2㎝縁取るように、白く光るエリアが中央に現れた。ボクは白いエリアに専用の筆記具を走らせ、パパ宛のメッセージを書き込んだ。
書き初めはバーガンディの領都に無事に着いたことを伝え、そこから順を追ってレッドグレイヴ領内に錬金術師を騙る薬師が詐欺行為を働いている旨を記した。
いつ返答が返ってくるかわからないので、ウエストポーチに仕舞い込もうとしていると[ジェミニタブレット]の記入エリアにボクが書いたものとは違う文字が現在進行形で書き連ねられて行った。
『無事にバーガンディに到着したみたいだね。いろいろと聞きたいことはあるけど、教えてくれた似非錬金術師に関しては早急に対処させてもらうよ』
想像に反して早く返答が来たので、ボクはついでに別のことも訊ねることにした。
『ひとつ質問よろしいですか』
『なにかな?』
『これはレッドグレイヴのことではありませんが、こちらではポーションの出来が異様に悪いのです。なにかご存知ありませんか?』
『それは単純にレッドグレイヴと違って、そっちでは錬金術に関する技術の研鑽がなされてないからだよ。そっちにも錬金術師はいるとは思うけど、基礎知識の差が品質に反映されてるのさ。いくら天職が錬金術師だからと言って、明確な知識がなければ、知識を持った他職種の人間にも劣るものしかつくれないよ。だから錬金術師の天職持ちの優位性と言ったら、単に魔石を必要としない分だけコストがかからないってくらいじゃないかな』
天職が最終的な性能を決定するとばかり思っていたので、今の話は寝耳に水だった。
『初耳なのですが』
『初耳もなにもヒイロもそうだったじゃないか。うちで働いてる聖騎士や魔術師の天職持ちに、天職を授かる前から模擬戦で勝ったりしてただろう。それと似たようなものだよ』
『訓練で手を抜いてくれていただけなのではありませんか。ボクも一応は領主の娘だったわけですし、怪我はさせられなかっただけかと』
『ヒイロはわかってないなぁ。ヒイロはレッドグレイヴの歴史の中で最高峰の魔力保有量を誇ってるんだよ。だから手放したくなかったというのに、王家が横槍入れてくるから本当に困ったものだよ』
ボクの魔力保有量が歴代最高峰というのは、レッドグレイヴ家が魔術教導院を卒業した首席魔術師との交配や近親婚を繰り返したことで、代を重ねるごとに最大魔力量が上昇して来たという推測に過ぎない。なのでボクはそれが事実だとは思えませんでした。
『それが事実だったとしてもボクは魔術師ではありませんから魔術教導院にも入れませんし、レッドグレイヴの血筋には相応しくありませんよ』
『ヒイロなら魔術教導院でも首席で卒業出来ると思うんだけどなぁ』
『魔力を属性変換出来ないボクには無理な話ですよ』
『そういうのは魔石で代用すればいいんだよ。魔力操作や魔術の発動速度も天職持ちと同等か、それを上回るレベルだったしね』
『褒めていただくのは嬉しいとは思いますが、既に終わったことなんですから諦めてください』
正直なところボクは魔術師よりも今の盗賊に可能性を感じているので全く不満はなかった。
『なんだか天職を授かってから冷たくないかい』
『パパの思い込みです。ボクは昔からこうでしたよ』
『ヒイロがそうだって言うんならそういうことにしておくけど。あと3年は猶予があるからそれまでは転職は諦めないでおくれよ』
猶予というのはボクが魔術教導院に入学可能な年齢の上限のことだろう。
『わかっていますよ。今日、早速ダンジョン探索にも行って来ましたし』
『そうなのかい』
『えぇ、今までにない収穫もありましたからね』
『それはなにより。なにか困ったことがあったらすぐに連絡するんだよ。まぁ、そっちの錬金術のレベルならヒイロが生活に困ることはないとは思うけどね』
『パパは似非錬金術師の早急な処分をお願いしますね』
『はい。任されました』
『伝えたいことは伝えましたし、もう夜も遅いですからボクはもう寝ますね。おやすみなさい』
そう記入したボクは返答を待たずに[ジェミニタブレット]への魔力供給を切って、記入エリアの明かりを消した。専用の筆記具と一緒にウエストポーチに入れ、椅子に背中を預けながら大きく伸びをする。それに合わせて自然と欠伸が口から漏れ出た。




