021 盗賊さん、新たな出会いに恵まれる。
グレンのおすすめだと言う食堂は、真昼を過ぎてからそれなりに時間も経っていたこともあって店内は空いていた。
「よお、まだやってるか」
そんなグレンの声に、店の奥でテーブルを拭いていた店員と思しき女性は、驚きで顔を彩らせた。
「もしかして、あんたグレン?」
「あぁ、久しぶりだな」
「久しぶりだなってあんたねぇ。病気のおじさんほっといて今までどこに行ってたのよ」
「言ってなかったっけか。オレ、錬金術の勉強をしにレッドグレイヴに行ってたんだよ」
「はぁ? なんでわざわざそんなとこに。おじさんに教えて貰えばよかったじゃない」
「オレにも事情があったんだよ、いろいろとな」
「なに適当なこと言って誤魔化そうとしてんのよ。ちゃんと説明しなさいよね」
「んなことよりメシ食わせてくれよ。朝軽く食っただけで腹減っちまってよ」
「薄情なあんたに食わせてやるものなんてないわよ」
なんとも友好的でないやり取りを後ろで見ていたボクは、グレンの背を軽く小突いた。
「彼女、かなりご立腹なようだし、出直した方がいいんじゃないか」
「あー、悪ぃな。まさかこんなことになるとは思ってなくてよ」
困った顔を浮かべたグレンとそんなやり取りをしていると、彼と口論をしていた店員の女性と目が合った。すると彼女の頬はみるみるうちに朱に染まった。
「ひとりじゃないならひとりじゃないって言いなさいよね。とりあえず好きなとこに座って待ってて」
それだけを口早に言った女性は、パタパタと店の奥に駆け込んで行き「お父ちゃん、お客さんふたり」との声が聞こえて来た。
ボクらは適当なテーブルに付き、壁に架けられた木札のメニューをひと通り流し見る。
「グレンのおすすめは?」
「肉野菜炒め定食かな」
「じゃあ、ボクはそれで」
「わかった。おーい、注文いいか」
グレンが声を上げると奥に引っ込んでいた女性がトレイで顔の下半分を隠すようにして出て来た。彼女はグレンの方に身体を向けながら、なにか気になることでもあるのか、ちらちらとボクに視線を送ってくる。
「それで注文は?」
「いつものふたつ」
「そう、いつものね」
注文を受け取った女性は、ぎこちない動作でくるりと背を向けるとそそくさと店の奥に戻って行った。そんな彼女の様子にグレンは不審なものでも見るような目を向けていた。
「なんなんだあいつ」
「グレンと話したいことがあったのに、部外者のボクがいたから落ち着かないんじゃないかな。どうもボクの方を気にしていたようだし」
「んなこと気にするような繊細なやつとは思えねぇけどな」
「グレンがここを離れてた3年の間に心境の変化があったかも知れないじゃないか」
「そうか。そういやオレがここ出てって3年も経っちまってんだよな」
遠い昔のことに思いを馳せるように、グレンは目を細めて宙空に視線をさまよわせた。そんな彼から目を外し、軽く店内を見回していると視線を感じた。そちらに目を向けると、店の奥に続く出入口からひょこりと顔を半分ほどのぞかせていた女性と目が合った。ボクはなんとなく笑いかけてみたけれど、彼女はさっと隠れてしまった。
それからほどなくして注文の品がテーブルに運ばれて来た。ボクの前に並べられたのは主菜の肉野菜炒めと山盛りにされた白い粒だった。
「ごゆっくり」
そうれだけ言って奥に引っ込もうとした女性をグレンは呼び止めた。
「ちょっと待てよ、アンジー」
「な、なによ」
「なにか言いたいことがあるんだろ。落ちつかねぇからとっとと話しつけようぜ」
そんな提案をするグレンに女性は戸惑いを見せながら、ちらちらとボクを気にしていた。
「席を外そうか」
ボクがそう告げると女性はなんとも言えない表情をしていた。やがてその表情を取り繕うとグレンに向き直った。
「話がしたいならひとりで来なさいよ。他人を巻き込んでなに考えてるの」
「他人ってなんだよ。ヒイロはオレの錬金術の師匠なんだからそんな言い方すんなよな」
「グレン、彼女はそういうことが言いたいんじゃないと思うよ」
「わけわかんねぇ。一体なんだってんだ」
しかめっ面のグレンは、話をするのが面倒になったのか肉野菜炒めを口の中に放り込み始めた。
「なんだか申し訳ないね。ふたりの関係に無断で立ち入るようなことになっちゃって」
グレンにアンジーと呼ばれた女性に話しかけると、彼女は困った顔を浮かべながら首を横に振った。
「気にしないでください。あいつ昔からあんななんで。デリカシーがないっていうか、無神経っていうか」
「なんだよ、無神経って」
彼女の弁に抗議の声を上げるグレンを尻目に、彼女は苦笑しながらボクに同意を求めるように口を開いた。
「こんな感じで、全く自覚してないんです」
身近な人物に振り回されてる様子の彼女に、なんとなく親近感を覚えた。ボクの場合は、ボクのことを溺愛はしているのはわかるけど、自己主張が強過ぎて話が噛み合わないパパだったけどね。
「ボクの身近にもそんなひと居たんで、なんとなくその気持ちわかります」
ボクの声音に実感がこもっていたのが伝わったのか、女性は同情するような顔をしたかと思うと、同志を得たとばかりにがしりとボクの手を両手で包み込んだ。
「あなたも大変だったのね」
「えぇ、まぁ。今はもう顔を合わせることはなくなっなっちゃいましたけどね」
その後、ボクとアンジーはグレンそっちのけで話を弾ませ、食事を平らげるころには友人と言って差し支えない仲になっていた。




