116 盗賊さん、新たな噂の流布を検討する。
その後、サク姉やラビィと意見交換を通じて概ね問題点は洗い出せた。それに加えてカネナリ・トキハ氏の冊子に流用出来そうな知識があったこともあり、どういった集合住宅をダンジョン跡地に用意するか定まった。
あとは作業を開始する夜までに、現在の冒険者ギルドの動きとスライムダンジョン跡地に用意した居住空間が、どのような扱いを受けているか調べておきたい。
また夜作業するにあたって、睡眠対策に必要な魔法薬も作製しておく必要もあった。そういったあれこれを考えていると、サク姉がひとつの提案をしてくれた。
「ヒロちゃん、夜通し作業するつもりなら今のうちに寝ておきなよ。下調べなんかは私達でしておくからさ」
「それは助かるけど、いいの。任せっきりになっちゃうけど」
「気にしなくていいよ。作業の方は、私達には一切手伝えないからね」
「そうですよ。私達に任せておいてください」
ラビィもサク姉の提案に乗っかるように主張して来た。
「そういうことなら、情報収集お願いしてもいいかな」
快く好意を受け取ると、サク姉は微笑んだ。
「任せといて」
とそこでサク姉は、一拍置いて新たな提案を持ちかけて来た。
「それともうひとつ。私から提案があるんだけど」
「なにかな?」
「新しく噂を流そうと思うの。クーデターを企ててる相手を牽制するためにもね」
真剣な表情でサク姉は告げた。少し緩くなっていた空気が引き締まり、それに応じるようにボクも気持ちを改めた。
「内容を聞いてもいいかな」
「ひとつは領主が騎士隊を引き連れて、地揺れの原因となった大型魔物の討伐に出立したというもの。あの巨大な魔物の姿を見た住民は少なからずいたはずだから、信じる信じないしろ魔物の存在が事実であることは間違いないからね。それに領主は実際に、あの魔物が営巣してるダンジョンに向かってる」
「討伐が目的という部分を除けば嘘ではないから、ある程度の信憑性は確保出来るってわけだね。それにそういった噂があれば、領主が逃げ出したとの噂をある程度は緩和出来るかな」
実際のところは、領主に対しての不満が募っている中でどれほどの効果が見込めるかは期待薄だけれど、なにもないよりはマシなのは確かだった。
それにあの魔物の脅威が取り除かれない限り、不安に苛まれ続けることになる。それなら少しでも領民に安心感を与えられる噂は少しくらい必要とも言えた。
それを聞いたラビィは少し狼狽えていた。
「それは事実なのですか、お父様があの魔物のいるダンジョンに向かったというのは」
「事実よ。私の召喚獣で今も騎士隊の動向を追ってるけど、それは間違いないわ。今のペースだと日暮れ前には到着するんじゃないかしら」
「大丈夫なのでしょうか」
「わからないわ。すべてはあの魔物の気分次第でしょうからね。今は地下深くに引きこもって新たなダンジョン造りに専念しているようだけれど、いつまた地上に姿を表すか想像もつかないもの」
表情いっぱいに不安さを滲ませるラビィに、気休めを言うでもなくサク姉は事実を告げた。
「そう、ですか。そうですよね」
どうすればいいのかと悩み込むラビィはそれきり黙り込んでしまった。そこで話は一度途切れ、しばしの間を置いてサク姉は次の話に移った。
「次にふたつ目の噂に関してだけれど、これは近々王都から代理領主が騎士を引き連れて派遣されてくるというものね。こっちは完全に作り話でしかないけれど、冒険者ギルドを通じて王都に連絡がいってる可能性は高いからないとも言い切れない。即時に遠方とやり取りすることの出来るアイテムも存在してるみたいだしね」
そう言いながらサク姉はボクの方を見た。どうやら[ジェミニタブレット]のことを言っているらしい。
「この噂は単純にクーデターを企ててる相手を牽制するためだけのブラフね。領主を打倒しても王家に出張ってこられたら、今回の企てはすべて水泡に帰すことになるでしょうしね。それでも様子見することなく、実行するようならそれまでね」
「領主邸を乗っ取って、半ば計画を強行してしまっているのだけが気がかりだね。そのままおとなしくしてくれてればいいけど」
「今の状況下で実効支配を主張したところで、それどころではない領民には響くことはないでしょうから、好感度稼ぎのために領主邸の備蓄食料を勝手に配給するくらいしか出来ることはないと思うわ」
「だといいけど」
あの衛兵隊長を一見した印象からは、そこまで判断能力に欠けているとは思えないかったが、少なからず不安は残る。
「なんにしても領主を嫌悪する感情だけが、領都中に蔓延するのだけは避けたいわね。公権力によるある程度の秩序は保たれていないと、ちいさな暴動や略奪行為が頻発するでしょうから。下手をするとクーデターを企ててる衛兵隊と領民の間で争いが起きかねないわ」
もしそうなった場合は、領主の打倒を目的としていた衛兵隊の言葉は、言い訳として領民に聞き入れられなくなる可能性は高かった。衛兵隊の中にも領民から嫌厭されていた人物も少なからず所属しているのだから当然と言えば当然のことだった。




