110 盗賊さん、交渉する。
どうにもボクは自発的に動いて得られた物事に対して、対価を与えられることに無頓着なようだ。初めから仕事として動いていれば、そんなことはないんだけどね。単純に今は生活に必要なお金をパパに用意してもらってるから、気にする必要がないのが大きいのかもしれない。
「わかりました。ただ報酬に関しまして、貨幣以外のもので支払ってもらうことって可能ですか?」
「貨幣以外ですか? 例えばどのような物なのかしら」
「情報です。冒険者ギルドにはこれまで蓄積されて来たダンジョンの魔物についてだとか」
「あぁ、それでしたら資料室の利用申請をしていただければ、無料で閲覧可能ですわ。それらの管理にはダンジョンの入場料から賄われていますからね」
「でしたら、今はダンジョンの入場料の徴収は困難な状況ですし、ボクの報酬は資料室の管理維持費に充てていただいてもかまいませんか?」
ボクの提案を受けたヒカリさんは渋い顔をした。
「あなたも困った方ですわね」
「情報提供の報酬を、情報で還元してもらうだけですし、問題ありませんよね」
「はぁ、そうまでして固辞しなくともよいでしょうに」
「そういう訳ではないのですが、サービスの維持にも経費はかかるでしょうから、この状況下で下手な出費は避けてもらいたいだけですよ。資金難で貴重な資料を破棄なんてされたら困りますから」
雑な理由を並べ立てるとヒカリさんは呆れたと言わんばかりの顔で応じていた。
「冒険者ギルドは王家直轄の組織ですから、この土地から手を引く指示が王家から出されない限り大丈夫ですわ。バーガンディの領都内からはダンジョンは失われましたが、新たなダンジョンも近隣で既に発見されてますから、冒険者ギルドの撤退もないでしょうしね。ただ新たなダンジョンの近くに移設くらいは検討されるかもしれませんが」
そう告げられて冒険者ギルドは王家直轄の組織だったのだと思い出す。
「そうなんですね。正直なところ、この状況下で報酬を貨幣で支払われても使い所に困りそうでしたので、別の形で受け取りたかったのですが」
「よく言いますわ。はなからそんなつもりもなかったでしょうに。仕方ありませんわね、あなたへの報酬は冒険者ギルドで保管しておきますわ。必要になったら仰ってください。もしそれがご不満なら素材やアイテムを優先的に購入可能なように手配でもしておきますわ」
意図せず希少なアイテムの優先的な入手権限を手に入れ、内心で喜びを覚えた。
「それはありがたいですね。それでお願いできますか」
「では、そのように手配しておきますわ」
どうにか話がまとまったところで、ヒカリさんは椅子から腰を上げた。
「そうそう、明後日のダンジョンの調査は保留になりましたが、もしもということもありますから念のために冒険者ギルドには顔を出してもらえるかしら」
その言葉を最後に、ヒカリさんは錬金術ギルドを後にした。ヒカリさんを玄関先で見送り、テーブルに戻って腰を下ろす。さっきまでは隣に座していたサク姉は、ボクの対面に座った。
「ヒロちゃん、あれを狙ってたの?」
そう問われて、サク姉となにも話し合わずに勝手に報酬に関する交渉をしていたことを今更になって意識させられた。
「勝手にごめん。サク姉と協同で得た情報の報酬だったのに」
「気にしなくていいよ。その辺りのことは別に口出しする気なかったしね。それより相手に貸しをつくらせられたのは大きいかもね。私達も立ち回りやすくなりそうだしさ。今回の件を持ち出せば、多少のことなら目をつぶってもらえそうじゃない」
そんなつもりはなかったけれど、どうやら結果的にはそういう状況に持って行けたらしい。
「サク姉がそれでいいんならいいけど」
「まぁ、しばらくは今の状況は落ち着かないでしょうからこれでよかったと思うわ。今後、ぼったくり価格としか思えない値段での取引が横行する可能性もあるからね。今、支払ってもらってもここでは近いうちに貨幣がほぼほぼ無価値になりかねないもの」
「そうなると思う?」
「まぁ、間違いなくそうなると思うわ。ここでは食料品の多くはダンジョンから産出していたようだし、これまで買い叩かれてた付近の農村で生産された農作物を安値で買い占めて、ここではあり得ないほどの高値で売りつけに来る行商が後を絶たなくなるんじゃないかしら」
「なんとも困ったことになったね」
ふたりして疲れたようにため息を吐く。
「まったくよね。ただそれよりも気になるのはアッシュがどこに消えたのかよね。副ギルド長は明らかにアッシュからの知らせを受け取っていなかったし、あいつどこに行ったのかしら。あいつが極度の方向音痴だっていうんならわからなくもないけど、そんなことはないはずだしね」
思い返して見てもアッシュが方向音痴だったという話を聞いたことはなかった。何者かに襲撃された可能性も考えたけれど、バーガンディに来たばかりのアッシュがそうされる理由も思い当たらないし、そもそも襲撃されても彼なら返り討ちにしそうだった。




