105 盗賊さん、報告書を認める。
手早く描き上げた超大型魔物のスケッチを複製してアッシュに手渡す。
「それとアッシュ。副ギルド長には、この魔物は調査予定だったダンジョンのある方角に向かったと伝えてくれるかな」
「あぁ、了解したよ。他にはなにかあるかな?」
「今のところわかってるのはそれくらいかな」
必要な情報を得たアッシュは、さっさと要件を済ませるべく、足早に冒険者ギルドに向かっていった。
その姿が完全に見えなくなった辺りで、ボクは物陰に隠れてボクらを窺っていた人物に声をかけた。
「ラビィ、いつまでも隠れてないで出て来たらどうかな」
ボクの声掛けに応じて、メイド服姿のラビィが建物の陰からそろりと姿を見せた。
「気付いてたんですね」
「レベルの高い【隠密】スキルでも使ってなければ、割とすぐに気付くよ。ラビィの魔力は特徴的だしね。それより領主邸から抜け出して平気なのかな」
「どうなんでしょう。私のことを気にしてられるような余裕はないみたいでしたよ」
「まぁ、状況が状況だしね」
そう言ってボクは背後に空いた大穴を気にしてみせた。そこにあったはずのダンジョンは、今ではもう単なる大穴に過ぎなかった。
「どうするつもりなんだろうね。農作物がドロップしてたダンジョンも潰されちゃったし、かなり厳しい事態になることだけは間違いないんだろうけどさ」
「王都に支援していただけないか打診するしかないんじゃないですかね」
「早急に対処するなら、借りをつくってしまうことになるだろうけど、ここから一番最寄りのレッドグレイヴ領に頼むのが無難なんじゃないかな。魔術職の人材を奪われて、気に食わないとは思うけど、背に腹はかえられないだろうしね」
「無理だと思いますよ。あのひと意固地なんで。それに例の件のこともありますし」
ラビィが薬瓶を摘むような仕草をしてみせたので、それがポーション関連のことだろうとわかった。
「被災者の救助状況は?」
「衛兵隊の人達が精力的に動いてくれてますが、被害がこれだけの規模となると、どうにも人手が足りず……」
前代未聞の事態だろうから仕方のないことかも知れない。
「それでラビィはここでなにを?」
「最初は救助の手伝いに出向いたのですが、邪魔にしかならなかったので、せめて原因究明だけでもとここに来たんです」
「それなら今のところわかっているのは、ラビィが物陰で聞いていたこととくらいしか情報はないよ。それ以上を調べようとなると、直接あの魔物がいる場所に出向くしかないね」
「やっぱりそれしかないですよね」
「それよりも複数のダンジョンが崩壊したことを、早急に領主に知らせた方がいいんじゃないかな。特に食料問題はすぐにでも対処しないとまずいだろうしね」
それを聞いたラビィは、表情を引き締めた。
「そう、ですよね。ヒイロさん、急ぎの用事が出来ましたので私はこれで」
頭をぺこりと勢いよく下げたかと思うと、踵を返して走り去ろうとするラビィを呼び止める。
「ちょっと待って、少ないけどこれ持って行きなよ」
ボクはウエストポーチから取り出した特殊ポーション数個をラビィに手渡した。
「ありがとうございます」
再度頭を下げたラビィは、身体能力を強化しているかのような速度で、瓦礫が散らばって足場の悪い中を駆け去っていった。
一連のやり取りが終わるのを黙して待っていたサク姉の方に目を向けると、サク姉は片目をつぶって超大型魔物の追跡に集中していた。
「サク姉、あの魔物の様子はどう?」
「目的地に着いたのか、移動は止めたみたいだよ」
サク姉の言い方に引っ掛かりを覚えて、その点に関して訊ねる。
「移動は?」
「ヒロちゃんが言ってたダンジョンに到着したら、急に妙な動きをし出してね。もしかしたらだけど営巣してるのかも」
「魔物がそんなことを」
生物としては不思議ではない行動かも知れないが、魔物としては異質な行動だった。
「受肉したことで生態が変わったのかもね」
「そのままそこに居着いてくれると、被害が広がらなくて済むのですが」
「十中八九無理な話でしょうね」
あの魔物の餌が魔力溜まりやダンジョンだとすると、遠からず付近にあるそれらは食べ尽くされ、ここと隣接した領であるレッドグレイヴに流れていく未来を容易に想像出来た。
「このことは念のためパパにも知らせておくべきでしょうね」
「それじゃ、すぐに報告書を認めてくれる。一番早い仔に届けさせるから」
召喚獣でメッセージを届けようとしてくれたサク姉に断りの返事をする。
「それなら大丈夫。パパから連絡用にって、直通の通信手段を渡されてるから」
[ジェミニタブレット]をウエストポーチから取り出し、サク姉の目の前で現在の状況を箇条書きにした簡易の報告書を記して送信した。
「あのひとがヒロちゃんとの連絡手段を確保してないわけがなかったわね」
ボクの持つ[ジェミニタブレット]を目にしたサク姉は、そんなつぶやきと共に苦笑していた。
「でも、これだけじゃ不十分だろうし、このスケッチ届けてもらえないかな。このアイテムに文字以外を表示させるのは難しいから」
ボクはアッシュに渡したものと同じスケッチをサク姉に手渡した。それを受け取ったサク姉は、1羽の猛禽を【召喚】して、その足に取り付けたちいさな筒の中にスケッチの紙を丸めで詰め込んでいた。
「鐘ふたつ鳴る前には到着すると思うから、前もって知らせておいてもらえるかな」
「一応、記しておくけど、パパがメッセージを確認してるかどうかは向こう次第だから時間的に難しいかも」
「大丈夫、大丈夫。あのひとがヒロちゃんの連絡を見逃すなんてあり得ないから」
「だといいけどね」
そう答えながらボクは、パパ宛のメッセージを[ジェミニタブレット]に追記して送信した。




