あなたとの覚書
マリアは私の前だけで実在する。
友達の田中作馬は、とても背が高く、新人類かと見まごうような、洗練された、統率された美しさがある。
同学内の女の子たちは、例を見ず、彼に好意を持っていよう。
しかし、美しさに媚びず、ただ、淡々と生活をこなして行く。
成績も優秀。
気遣いも出来、ただ、そこまで人に干渉しない。
友人と呼べる者は少ない。
彼は、月に2回私と会う。
私の部屋で。
抱えた銀のアタッシュケース。
開くと、そこには、マリアが現れる。
ハイネック、黒の重そうなベロアワンピース。
私の部屋の一等席、アンティークのレザーソファーに腰掛ける。
優雅な姿で、タバコに火を付けると、
ふわりと煙を吐く。
サイドテーブルの上、小さなぶどうが描いてある、オイルランプにマッチを擦って火を付ける。
火薬の匂いが香る。
サイドテーブル、読みかけの本から栞を外して、読み始める。
マリアは、田中君が女装した姿だ。
美しい黒い髪。
柔らかな香り。
綺麗な薄い化粧、口紅だけ、少し赤い。
マリアは、この部屋の中にしか現れない。
読みかけの本を読むためだけに存在する。
煙草のジジジと燃える音。
音もなく、本をめくる。
煙草が終わり、本を閉じる。
マリアは銀のアタッシュケースへ手を伸ばす。
銀のアタッシュケースが閉じられると、そこには田中君が現れる。
煙草一本分だけ、マリアは存在する。
「ありがとう。それじゃ、またね」
会話は少なく、帰って行く。
ソファはまだ暖かく、やはり彼女が居たことは、事実であり、現実である。
ひと時だけ、世界に現れ、
わたしのみが知っている存在。
世界の誰もマリアを知らない。
世界の誰も話せない。
世界の誰も見ることは叶わない。
圧倒的な優越感に浸りながら、
柔らかなソファーに身を沈め、
目を閉じて、煙草の香りを感じて眠る。
まだ、続いています。
次は、来週末。
祖父の形見のレザーソファーを置いていたのですが、正直でかいし、邪魔かもなと思っていたところでしたが、
あるきっかけで、彼がそれを見ることがあり、本を読みに来たいと言うことから始まりました。
自慢したくてしたくてしょうがなく書きました。