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花の理由

作者: タマネギ

コスモスの花が今年も咲いている。

すくすく伸び、背丈は子供ぐらいになった。

朝夕と、ずいぶん涼しく、寒い日もある。

そろそろこの花も見納めだろうか。

縁側に寝転がっていると、

奥から和子の声がした。お茶が入りましたよ……


三時になったらしい。

いつもの刑事ドラマを見ながら菓子を食べ、

あれこれ話をするのが二人の日課になっている。

話と言っても大したことじゃない。

近所の猫が彼女を連れてきていたとか、

夜、うどんとそばならどっちがいいかとか、

この家に来た頃はあなたは優しかったわとか、

とにかく、和子の話を夕方まで聞くのである。

和子は近頃、物忘れが目立つようになったが、

そのせいか、話も長くなっていた。


私は部屋に入ろうと起き上がった。

夕方には、出かけなくてはならない。

時間を算段して障子に手をかけると、

先に障子が開き、和子が出てきた。

持っていたお盆には、

湯呑みが二つ置かれている。


「どうした、今行こうとしてたんだ」


「縁側でお茶しよって言ってたでしょ」


「えっ…いつも咳が出るからって、居たがらないのに」


「そうだったかしら」


和子の物忘れだった。

私がお盆を受け取ると、和子はまた奥の部屋に戻り、

急須と播磨煎餅の箱を運んできた。


「急にどうしたんだ。今日は少し寒いぞ」


「そうかしらねえ。まあ座りましょうよ」


もともと飄々としたところが和子にはあったが、

いつになく、明るいというか投げやりというか。

私は和子に急かされるように、

もといた縁側に胡座をかいた。


和子は、隣に座り急須から湯呑みにお茶を入れ始めた。

苦手なことが多い人だが、

昔からお茶を入れるのは上手かった。


「いつも見てるドラマは見なくていいのか?」


「ああ、あれね。もう飽きちゃった」


「ふーん、そうか」


別の番組にすると、

頬をフグみたいに膨らませて怒ってたくせに。

私は和子の入れたお茶を飲みながら、

次第に和子が壊れていっているような気になった。


庭先には、コスモスが相変わらず咲いている。

さっき見ていたときより、鮮やかに見える。

どうして違うんだろう。和子がいるからか。

まさかそんなことは。


そう言えば、縁側で和菓子を食べながら、

ゆっくり、昔話でもできたらいいなと、

この家に来た頃言っていた。

あの頃は寝る間もなかったが。

和子はそのことを言ってたのか。


「食べましょ。はい…」


和子が割烹着のポケットから何かを取り出し、

私の膝の上に置いた。法楽堂の饅頭だった。


「ほう…饅頭か。法楽堂だ。貰ったのか」


「えっ、違うわよ。買ったのよ。

あなた煎餅食べないでしょ。歯にはさがるからって」


「うん、だけど珍しいな法楽堂なんて」


「昨日、湖守神社に行った帰りに、参道の店でね」


和子は昨日、孫の大学受験の御守りを貰いに行っていた。


私は、その饅頭を口に入れた。お茶に合う。

懐かしい甘さだった。


「コスモスが綺麗だな…今年もすくすく伸びたな。

。和子の背丈より大きい」


「あなたの背よりも大きいじゃない」


「はははは、そうか、同じぐらいじゃないか」


「あなた、背、少し低くなってるって言ってたわ」


「はははは、それも昔のことだろ。今日は昔話の日だな」


「この間も言ってたわよ。あの子が東京から帰った日に、

コスモス見ながら」


「そうだったかな……」


確かに娘めは二十年ほど前、東京で働いていた。

今は結婚して何の因果が宮古島に住んでいる。

孫はこっちの大学に入りたいと言っていた。


「はい、もう一つとうぞ」


「まだあるのか。サービスがいいな」


「ねえ…私、また何かしようかな」


「何を?」


「絵とか、それから焼き物とか」


「そうか……和子はそれも上手だったからな。

やってみたらいいじゃないか」


「良かった。実は、もう教室に申し込んだのよ」


「そうか……」


私は饅頭をもう一つ口に入れた。

何も私の機嫌を取らなくも。

和子に出かける時にどこへ行くのか聞きたがるのは、

帰って来られるかと思うからだった。

それほど悪くもはないようだが、

娘のことのように時々話が合わないこともある。


「コスモスが好きなのはどうしてでしたか?」


和子が急に聞いてきた。


「うーん…どうしてかな。綺麗だし、色んな色があるし。

こういう時眺めてて、落ち着くし…かな」


「私は、色んなことが優しくなるからかな

あなたも、私も、ここに生きてることも」


「なるほど。そう言うことか。詩人みたいだ」


私にはそんな気のきいたことは言えなかった。


「そろそろ、出かけなきゃいけないでしょ。

大沢先生の予約、最後の四時半だったわよ」


「うん、わかってる。そろそろ用意するか」


私はズボンのポケットから財布を出し、

中の診察券を確かめた。

コスモスに似た花が隅に書いてある。


「和子、先生のところ、どう行くんだったかな」


大沢脳神経外科内科……

私はここに行く道順を考えて、縁側にいたのだった。

和子の手が私の頭を撫でている。

やはりサービスのいい日になった。

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