第一話(3)
既に数時間か経過していた。
しかし、未だに神父は魔力を抜き取る作業をしていた。既にたくさんあった瓶には、ほとんどが黒い魔力でいっぱいになっていた。神父の額には何粒もの汗が浮き出ている。
赤子の周りにあった黒い靄がもう消えているので、勇者には随分と落ち着いてきたように見えた。
まるで疲れを知らないのか、赤子はそれでも泣き止むことはなかった。
そして、残り最後の一瓶に取り掛かっている時だった。
この世の闇を思わせるような赤子の漆黒の髪は、魔力を抜き取られるのと同じように、徐々に色が抜けていってるのだ。
この事態には、神父も勇者も驚く他なかった。
しかし神父はそれでも落ち着いて事を進めなければいけない。精神を粗ぶれば、どこから魔力に食われるかわからないからだ。
そして、最後の瓶に入れ終わり、勇者が蓋をすると、神父はどっと疲れたように椅子に腰かけた。とりあえずできることは終わったのだ。
そして、赤子を見てみると、まずその髪色が目に付いた。
真っ黒だった髪は、勇者と同じ綺麗な金髪になっていたのだ。まさかこんなことが起きるなんて、神父ですら今までに初めてのことだった。まず魔王の子から魔力を抜くこと自体が初めてだったのだから。
そして、赤子の具合を見てみると、あれほど泣いていたのが嘘のように、今は気持ちよさそうに眠っているように見える。とりあえず息はあるようだ。
そのことにこれ以上ないくらいにほっとした。勇者の悲しむ顔を見ることにならなくてよかった。
勇者を見ると、勇者も随分と気を張っていたのか、安堵したように椅子に座っている。
お互いに少し休憩した後、勇者が何があったのか、神父に細かく事情を話した。
「そうですか。そのようなことが」
神父は勇者の話を聞いた後、頷いてその話を受け入れた。
「それで、あなたはこの後どうするのですか?」
「話した通り、俺はこの子を育てます」
「わかりました。しかし、この子は魔王の子。何が起こるか誰にもわかりません。ただでさえ、子育てというのは大変なものです。その上、魔王の子であれば想像もできません。それでもよろしいのですね?」
「はい。だからこそ、俺が育てます」
もしかしたら、魔物になってしまうかもしれない。人を襲うようになるかもしれない。殺さなければいけなくなってしまうかもしれない。それを全て覚悟の上で、勇者は育てると言ったのだ。その覚悟は、決意は、一体どこからやってくるのか。
「野暮なことを聞くかもしれませんが、どうしてそこまでこの子を育てようと、守ろうと思ったのですか?」
「自分でもわからないんです。ただ、泣いているこの子を見て、俺が守らなくてはいけないと、そう思ったんです」
それは、説明できないような不思議な感情だった。衝動に駆られたような、義務のような、天啓のような、それでいて、自責の念のような、後悔のような、贖罪のような、そんな想いだった。
「わかりました。私もできる限りあなたをサポートします。どこで暮らすのか決まっていますか?あてはありますか?」
「恐れながら、何も……」
先ほどの魔力のことに続いて、何も考えていなかったことに勇者は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいだった。
「ははっ! それは、なんというかあなたらしいですね」
叱ることも嫌な顔もせずに、神父は笑い出した。小さい頃から勇者を知っているからこそ、想像通りでおかしくなって笑ってしまったのだ。大人になって、勇者になって、変わってしまったのではと思っていたが、自分の知っている勇者のままで安心したのかもしれない。
「それでしたら、ここの近くに小屋があります。小さい小屋ですので、少々手狭かもしれませんが、それでよければ自由に使ってかまいません。魔王の子の成長過程に何があるかわかりませんので、あまり人の多いところには住まない方がいいでしょう。それにここの近くなら私も何かの際に手助けできます」
「何から何まで本当にありがとうございます」
勇者は出来る限り低く頭を下げた。
「頭を上げてください。私もその子がこれからどうなるのか気になるのです。ですから近くで容態が見られるのは助かるのです」
それは勇者を気遣ってではなく、神父の本音であった。もしもまた魔力が膨れ上がるようなことがあれば、自分が抜くことができる。
「もうすぐ夜が明けます。来客の予定はありませんので、今日はここでゆっくり身体を休ませてください」
勇者は魔王を倒して雨の中ここまで走り、そして今の今まで休まないでここまで来たのだ。さすがに体力のある勇者といえども、体が音を上げるはずだ。
「ありがとうございます。心より感謝します。神父様」
既に雨は止んでおり、澄み切った空は明るくなり始めていた。




