第一話(1)魔王の子
勇者が最後に剣を大きく振ると、魔王は倒れ、粒子となって消えていった。
「た、倒したのか。魔王を」
誰ともなく、声に出す。
「よっしゃあああああ‼ 俺たち遂に魔王を倒したんだ‼」
両手の拳を高く掲げ、喜びをあらわにする。
他の仲間たちも皆、喜びで腕をあげたり大声で喜んだりしている。
しかしそんな中で、勇者だけは皆と同じようには喜んではいなかった。
魔王が最後に小さく発した言葉がどうしても気になって頭から離れなかったのだ。あまりに小さく、他の者には聞こえないような声だった。
しかし魔王を倒した勇者には聞こえていた。
「あの子を……」
確かにそう言っていた。それを意味することはわからなかった。
皆が喜びに打ち震え、幼馴染みである魔法使いが気遣って勇者に近寄ろうとしたところで、突如声が響き渡った。
「おんぎゃああああああああああああ‼ おんぎゃあああああああ‼」
それはまるで赤子が泣いてる時のような声であった。
その声が聞こえた途端、喜びに包まれていた勇者一行は、一変して身構え始めた。まだここに魔王の仲間が、魔物がいるのか⁉ と。
しかし皆がいるホールには、それらしい姿は見受けられなかった。
というより、そのホールには、何もなかったのだ。天井と壁と床、そして扉以外には。椅子や敷物すらもなかったのだ。
みなが声の出どころを慎重に探していると、隣の部屋に続く扉の方から声が聞こえていることがわかった。
みなが扉を警戒し、何かが出てくるのを待ち構えた。
しかし声が聞こえるだけで何かが出てくる気配はなかった。
そして勇者達は中に突入することを顔を見合わせ決意する。
警戒しながら扉を勢いよくあけ、勇者を筆頭に部屋に押し入った。
しかし、部屋の中には誰もいなかった。
真ん中の台座の上には籠が置いてあり、壁には棚が置いてある、小さな部屋だった。
台座の上の籠がかすかに動いたように見え、声の出どころがそこだと皆が顔を見合わせ頷くと、恐る恐る近づいて行った。
そして籠を囲み、覗きこみ、皆が見たものは。
「これは……」
籠の中に横たわる、赤子だった。姿は人間のようであった。
しかし髪の色は魔王と同じ漆黒の色。
それは間違いなく、魔王の血を引く存在、魔王の子供だった。
「今ここで殺さなくては」
そして仲間が武器を振り押そうとしたところで、剣が遮った。
キンッ
武器と武器がぶつかる音がした。仲間の武器を勇者の剣が遮ったのだ。
「何をする!」
「やめるんだ」
「なんで……。そうか。お前が殺したかったのか。そうならそうと早く言ってくれよ」
「違う。この子は殺さない」
「何を言ってるんだ」
「まだこの子は産まれたばかりなんだ。この子に罪はない」
「はっ。お前、何言ってるんだよ。こいつは魔王の血を引いてるんだ。ここで殺さないと将来は魔王になって、同じ過ちを犯すんだぞ」
最初に魔王の子を殺そうとした仲間が勇者を説得しようとした。
しかし、更に勇者は信じられないことを告げたのだ。
「俺がこの子を預かる」
「何言って。お前っ……。正気か? 戦いで疲れて頭でもおかしくなったか」
「俺は正気だ。この子は一人では生きていけない。俺が育てる」
「いい加減にしろ! 勇者でも言っていいことと悪いことがあるだろ! そんなのどうかしてる。魔王の子を育てるだと? ふざけるな‼」
「おんぎゃああああああ」
また赤子は大きく泣き出した。すると赤子から黒い靄が出始めた。
「大変だ。どうにかしないと」
そう言うと、焦った勇者は赤子を抱き、城から駆け出して行った。
仲間が止めるのも聞かずに。
勇者が出て行った後、仲間たちは何とも言えない気持ちで呆然としていた。
魔王を倒すために集まり、ここまで来た。
本来の目的である魔王は確かに倒すことができた。
しかし、誰も予想をしていなかった思いもよらぬ展開になってしまった。魔王を倒した喜びはほんの束の間だった。
一番ショックを受けていたのは、勇者の幼馴染でもある魔法使いの少女だった。
魔法使いは勇者に想いを寄せていた。
仲間たちはそのことをみんな知っているほどだった。
勇者はそのことを知っていたのかどうかはわからない。もしかしたら気づいてはいたのかもしれない。
もしも魔王を討伐できたら、魔王討伐の旅が終わったら、魔法使いは勇者に想いを打ち明けるつもりでいた。
しかしそれは突如訪れた出来事によって、打ち砕かれてしまった。
魔法使いは魔王を誰よりも憎んでいた。
魔法使いの両親は魔王にどちらも殺されてしまったのだ。
絶対に許せなかった。
そして望んでいた通り、魔王を倒すことができた。
しかし、望んでいない出来事が起きた。魔王には子供がいた。子供だろうと魔王の血を引く魔族だ。それも憎しみの対象には変わらなかった。
しかし、勇者はその子を預かり育てると言って駆けだして行ってしまった。
何故そんなことをしたのか、皆目見当がつかなかった。
仲間の一人が魔法使いの気持ちを推し量り、肩に手を置いたがかける言葉がなかった。
どうすることもできず、魔法使いはその場で膝から崩れ落ち、涙を滴らせた。
そして、声を出して泣いた。
その悲しい声は主を失った魔王城に響き渡っていた。
仲間たちは魔法使いの気持ちを知っていたために、どうすることもできず、ただ突っ立っていることしかできなかった。




