14「ねぇ。ねぇってば。またお仕事?一緒にいよ?一緒にいるのいや? そうだよね。わがまま言っちゃだめだよね。でも、わがまま言うと真っ直ぐ目を見て聴いてくれるんだよね。 そういうとこすき。」
「ねぇ。いつになったら、あなたと一緒に多くの時間を過ごせるかな。
少しだけでもいいけど、物足りない。毎日じゃなくていいけど、すぐに寂しくなる。
それでも、あなたには言えない。言ったところであなたを苦しめるだけだもの。」
いつもの様に、早朝、あなたが目覚める前に少しだけ文句を言う。起こさないように、でもしっかりと意思を持って、伝えそびれのないように。
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朝、徐々に覚醒してきても、すぐには布団から出ない。
それは低血圧で起きれないというのもあるのだが、それよりも布団から出ると楽しみが減るのが1番の問題だろう。
6時30分、アラームが鳴ると、同時か少し前か、はたまたずっと隣にいたかもしれないが、とにかく6時30分、覆い被さるように飛び込んでくる妻を受け止める。その衝撃は狙い済ましたかのように程よい強さと女性らしい柔らかさで、私を覚醒させる。
「おはよう!!!朝ごはん出来てるから!!!褒めて褒めて!!!」
その言葉を「はいはい」と受け流しながらも、窓から差し込む光とリビングからやってくる朝食の香りを楽しみながら、ゆっくりと朝の準備を始めるのが毎朝の日課だ。
ちなみに、私は布団の中で怠惰を貪りたい人間のため、どのように起こすか試行錯誤した結果、このような起こし方になったのだが、理由は受け止めに失敗するとお互いに強い衝撃を受けるため、覚醒して受け止めなければならないからである。
おかげで毎朝死ぬ気で起きてるし、妻にも付き合わせて申し訳ないと思ってる。
この後は、朝食を食べ、身だしなみを整え、ネクタイを締めてもらい、家を出る。この間、30分。おかげで出社の時間は定まり、朝の時間を有意義に使えるようになった。
本当に妻には感謝してもしきれない。有難い存在だ。
いつものようにそう思いながら、玄関へと向かったのだが、今日はいつもより15分か20分程度、家を出るのが遅れた。いやもっと長く感じたが時計は正確なのだ。時の感じ方はその時々で変わるものだが、私の感覚がなんと言おうと15分から20分なのだ。
ただ、そう混乱するぐらいの衝撃が我が身を襲った。
「ねぇ。ねぇってば。またお仕事?一緒にいよ?一緒にいるのいや? そうだよね。わがまま言っちゃだめだよね。でも、わがまま言うと真っ直ぐ目を見て聴いてくれるんだよね。 そういうとこすき。」
たかだか1分程度の言葉。しかし、処理するのに十数倍の労力と時間がかかる。
確かに、私は毎日のように出社している。毎朝6時30分に起床し、7時には家を出る。帰るのは終電に乗ってくるのは当たり前で、間に合わない時はタクシーを使ってでも帰る。
それぐらい、仕事をしている反面、それでも家には帰り、呑み会や自分の趣味の時間を削り、経済面として家庭を支えている。一種の誇りさえある生活だ。
それを打ち砕いたのだ。私の誇りと価値観を破壊したのだ。
膝をつく。全身の力は抜けるものの、肩には地下深くまで押しつけられるのではないかと感じる程の重さがあった。
そして、見上げる。いつもはその小さな身体で私を起こす無邪気な妻を。しかし、今はその小さな身体で諦めながらも勇気を出し想いを伝えた素晴らしい女性に見える。
7時30分、近くのファーストフードで朝のメニューを買い、家へと帰った。
時間はたっぷりあるので、料理に掃除に洗濯に、とりあえず家事をしよう。いつもはやってもらっているのだから、今日は代わりにやろう。そうすれば、私は久しぶりの休みも忙しさにかまけて、余裕ぶって振る舞えるだろう。