第3話 歓迎と死の宣告
数日後。
もうろうとした意識が続いていたアリアーヌが、しっかりと目を覚ました。
"司書室"の隅にある真新しいベッドで寝かされていたアリアーヌは、体を襲う激しい痛みにより、自分が斬られたことをすぐに察した。
少しだけ顔を動かして周囲に目をやると、近くのイスに座っていたヴェラルドが視界に入った。
彼はだらしない格好で、何か書類らしきものに目を通していた。
アリアーヌは小さく笑う。
「何がおかしい?」
不服そうなヴェラルドに、か細い声でアリアーヌは答えた。
「いや……死神にしては、白い衣装だなと、思っただけだ」
「これか? これはただの白衣だ。死神なんかと一緒にしないでくれ、あいつとは仲が悪いんだ。前に俺のところへ来たことがあるんだが、殴って追い返してやったからな。それ以来、犬猿の仲だ」
「ここは……どこだ? 私はどうなった?」
「励ましを込めて希望と虚構に満ちあふれた説明か、それとも残酷な現実か。どちらが知りたいか選んでくれ」
彼女は迷うことなく答えた。
「現実を教えてほしい。敗者にはそのほうが、お似合いだ」
「いやおまえには和服の方が似合いそうだ」
「説明をしろ」
「着物という俺の故郷で着られていた服で」
「残酷な現実の説明を!!」
「なら遠慮なく言ってやろう。おまえが参加した戦いは、おまえたちゲンベル国の大敗。おまえは見事に戦犯扱いだ。さらに脱走兵と見なされている。見つけ次第、連行して見せしめのために処刑する、とさ」
「……そうか。やはり……そうなんだな」
力なくアリアーヌは言葉を漏らす。
ゲンベル王国のやり方は、彼女が誰よりも知っていた。
戦果を上げた者には多大なる褒美を。そして敗北者には、多大なる死の制裁を。
彼女のよく知る何人もの人物が、戦犯として過去に処刑されていた。
アリアーヌは死が怖いわけではない。だが敗北者になってしまったことには、後悔の念しかなかった。
「ふがいない。……なんて、ふがいない」
悲しげな表情をするアリアーヌに、ヴェラルドはため息をついてから語りかけた。
「自分が陽動のための捨て駒だった、とは思わなかったのか」
「そんなことはどうでもいい。私の力が、私の剣が、ふがいないばかりに……」
そう言ってアリアーヌは押し黙る。
そんな彼女に、ヴェラルドがひどく明るく口調で声をかける。
「聞いて驚け。なんと、もっとふがいないことが起きたぞ」
「えっ……なんだ?」
「傷口のせいで熱に浮かされたおまえが、めそめそ泣きながら『お母さん、お父さんー』と口走る情けない姿を、この俺に見られてしまった」
「なっ……」
絶句する彼女へ向けて、ヴェラルドはニヤついた笑みを投げかける。
「それが起きたのは、忘れもしない昨日かおとといの夜か昼かのどれかだ。急に泣き出したお前は、心配しながら看病するフェアリの手を強く握りながら、助けを求めるように――」
「やめろ! いい加減なことを」
「『お母さんっ、お父さんっ……!』」
「だからやめろ! 変な声色を出すな!」
アリアーヌは頭の下にあった枕を引き抜くと、力を込めてヴェラルドへ向けて投げつけた。
それをヴェラルドが片手で受け止める。
「おお、さすが武人だな。もうそんなに動けるのか。俺なんて足の小指をタンスの角にぶつけただけで3日は掃除をサボりだすぞ」
「そんなのと比べるな……!」
ほかに何か投げられるものがないかと探し出す彼女を見て、ヴェラルドが制するように言う。
「落ち着け、冗談だ。おまえはそんなことは言ってない」
「やっぱりウソだったのか!」
怒りのまなざしを向けると、ヴェラルドが何度もうなずきながら不敵な笑みを浮かべる。
「よしよし、それだけ怒れるなら十分だ。だが俺には理解できないな、なぜそんなに怒る?」
「おまえのウソに腹が立ったからに決まってるだろ!」
「だが、それの何が悪い?」
「開き直りか、なんてやつだ」
「そうじゃない。両親に助けを求めて、何が悪いのか、って話だ。生死の境に、愛する両親の姿を追い求めて何が悪い? 救いを求めるのが、なぜ情けないことなんだ?」
一瞬だけはっとしたアリアーヌだったが、すぐに思い出して、不満を込めた視線を向ける。
「いい話みたいに語っているが、"情けない姿"と言い出したのは、おまえだ!」
「おお、記憶力がいい」
「バカにしてるのか」
「正解だ。洞察力も鋭い」
「帰る。助けてくれたことには感謝するが、こんな不愉快な所にこれ以上いるつもりはない」
無理に体を起こそうとするアリアーヌだったが、当然まだ傷の痛みはひどく、苦痛に満ちた表情で倒れ込んでしまう。
ヴェラルドはイスから立ち上がると、彼女の方へ歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろした。
「おとなしくしてろ。いま出ていけば、処刑されるだけだぞ」
「それが運命だというのなら、私は受け入れる」
「高尚なことで。だが、それは不可能だ。おまえは俺と契約を交わした。その契約を果たすまで、もう外へ出ることは許されない」
「契約?」
「『ルルの大冒険』が読みたいんだろ?」
「……何の話だ?」
いきなりそんなことを言われ、アリアーヌはきょとんとした表情になる。
よく覚えていないらしい様子の彼女を見て、ヴェラルドは今までとは違う穏やかな笑みを浮かべた。
「じっくり読んでもらうぞ。もう契約はかわされた。あきらめろ」
「だからその契約とは、何なんだ?」
「フェアリ、例のあれが目を覚ましたぞ。引導を渡して――いや違うか、看病をしてやれ」
「あ、はい! すぐ行きます!」
奥からぱたぱたとフェアリが駆けてくる。
それと入れ違うように出ていこうとするヴェラルドを、慌ててアリアーヌは呼び止めた。
「待て。結局、教えてもらってない」
「普段は頑張り屋だが、ときにか弱い面を見せてしまう、そんなポニーテールの女性が俺の好みだ」
「おまえの好みなどどうでもいい!! そうではなく、ここはどこなんだ? 奥に見える棚に、大量の本が並んでいるようだが。貴族の家なのか?」
その言葉にヴェラルドは邪悪そうな笑みを浮かべると、わざとらしく大きく両腕を広げ、仰々しい様子で言った。
「ここか? ここは――"図書館"と呼ばれる場所。
ようこそ、図書館へ。
歓迎しようじゃないか。
戦士であるおまえは、もう死んだんだ。
そしておまえには、これからもう一度ここで死んでもらう。
"本"という大波にのまれて、死んでいけ」
それだけを言うと、満足そうな様子でヴェラルドはその場をあとにした。
何の話かさっぱり分からず、呆然としていたアリアーヌへ、明るい笑みをしたフェアリが話しかける。
「館長のことは気にしないでください。なにか変な物体が騒がしくしてる、うわ関わりたくないなー、くらいに思ってもらえれば」
「……何なんだ、ここは?」
「ここですか? だから、図書館ですよ。すべての人を受け入れ、すべての本を受け入れて提供する場所。それが"図書館"なんです。一度入ったら、抜け出せませんよ。覚悟しておいてください。
――あ、それと無理をさせて申し訳ないんですが、アリアーヌさんが動けるようになり次第、引っ越しますので。そのつもりでいてください」
「引っ越す? まさか、私をかくまうためにか?」
「あ、いえ、違いますよ。主戦場が移るようなので。わたしたち"図書館"も、次はそのあたりへ移動します」
「わざわざ戦地の近くへ赴くのか? 何のために?」
「だってここは――"戦場の図書館"、ですから」
そう言ってにっこり笑うフェアリに、アリアーヌはただひたすらに困惑するばかりだった。