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第2話 完璧な迷惑客の追い返し方

 アリアーヌの治療をフェアリが続ける中、呼んでもないのに、やはり面倒事はやってきた。

 外から、いくつもの重い鎧の音が聞こえてくる。

 それからドンドンと、荒々しく何度もドアが叩かれた。


 いつもなら応対をフェアリに任せていたが、今はそういうわけにもいかない。

 しぶしぶヴェラルドは、遅い足取りで入り口へと向かう。

 ドアを開けると、案の定、そこには鎧姿の兵士たちが立ち並んでいた。

「裸のおっさんの方が、まだましだな」


 兵士が怒鳴るように言う。

「戦場から逃げ出した敵兵を捜索している」

「奇遇だな、俺も毎日のように幸せの青い鳥を捜している。俺たち気が合いそうだ、また今度、飲みに行くとしよう。じゃあな」


 それだけを言ってヴェラルドはドアを閉めようとしたが、兵士が強引にドアをこじ開けてきた。

「血の痕跡がここまで続いていたぞ。素直に白状しろ。隠し立てするようなら、敵国に加担したとみなすが、それでもよいのか」

「敵国に加担するやつなんて居るのか。なんて不届き者だ! 今度会ったら、俺が殴っておいてやるから、安心してくれ。じゃあな」

 再びドアを閉めようとすると、頭に来たらしい兵士がヴェラルドへ詰め寄ろうとした。そのときだった。


「あ、あなたは、ヴェラルド様ではないですか!」


 兵士たちの後ろから、急に大きな声が聞こえてきた。

 戸惑う兵士たちをかき分けるようにして、一人の青年が前へ出てくる。

 青年はほかの兵と違い、身分の高さを表すような高級な衣服を身にまとい、王家の紋章が刻まれた剣を腰に携えていた。

 金色をした髪に、澄んだ青色の瞳を持つ青年は、驚いた様子でヴェラルドへ視線を注いでいた。

 ヴェラルドは小さく笑う。

「クレスか。そうか、おまえも前線に出るようになったのか」

「は、はい! 恥ずかしながら今回の戦いで、初めての出陣となりまして」

「その割にはずいぶんキレイなお召し物だ。遠くから眺めるだけにしていろと王に言われたか」

「え、ええ、そのとおりで」

 クレスは苦笑いを浮かべる。


 そんなやり取りを見て、兵士の一人が困惑した様子でクレスへ尋ねた。

「クレス様、なぜこのような"うさんくさい"男に、そのような態度を」

「そっか、君たちは直接顔を見たことがないんだったね。この方があの人だよ、以前まで我が国の"最高司令官"を務めていたヴェラルド様だ」

 その言葉を聞き、兵士たちは飛び跳ねるようにして驚き、一気に顔を青ざめた。

 ひどく慌てた様子で、兵士たちはヴェラルドへ謝罪の言葉を口にする。

「た、たいへん失礼しました! ま、まさかあの伝説のお方が、このような場所にいらっしゃるとは夢にも思わず!」


 ヴェラルドは邪悪な笑みを浮かべる。


「いやいや、むしろ礼を言わせてくれ。一度でいいから、無礼で荒々しい兵士に詰め寄られたいと思っていたんだ。こんな貴重な体験をさせてくれたんだ、あとで王か騎士団長にでも礼を伝えておかないとな」

「そ、それだけはどうかご勘弁を……!!」

「おまえ、バルミロか」

 兵士が目を見開く。

「ど、どうして私などの名前を」

「おいおい、なめないでくれ。これでも一応は最高司令官だったからな。すべての兵の顔と名前は覚えてる。ちょっと待ってろ」

 そう言うとヴェラルドは、足早に館内へ戻ってしまった。



 兵士たちが困惑していると、しばらくしてヴェラルドが何冊もの本を抱えて戻ってきた。

 そして兵士一人一人へ、本を手渡していく。

「せっかく来たんだ、本でも借りていけ。それぞれが好きそうなジャンルを選んでみたが、誰か不満のあるやつはいるか? いないな。ならそれを持って帰ってくれ」

「い、いえ、ですが本など高価なものをお借りするなんて……」

「それ、それなんだよ」

 ヴェラルドは大きく首を横に振り、わざとらしいため息をつく。

「な、何か問題が?」

「いや、こっちの話だ。とにかく読んでみろ。特にバルミロは子どもが生まれたばかりなんだろ? 幼いころから、子へ本を読み聞かせてみろ。情緒豊かな子に育つぞ。たぶんな」

「そ、そこまで気遣っていただけるなんて……」

 バルミロは驚きと同時に感銘を受けたのか、感極まったような表情になる。

 ほかの兵士たちも感じ取るものがあったらしく、先ほどまでの荒々しい態度が消え去っていた。


 兵士たちを見回しながら、ヴェラルドがねぎらうように言う。

「もうここの戦いは終わったんだろ? なら早く帰って、本を読め。一人でもいい、家族と一緒でもいい。本は自由だ。おまえたちも自由に生きればいい」

 セリフの最後の方は何も考えずに適当に言っただけだが、兵士たちは深読みしてくれたらしく、それぞれが礼を言うと、大切そうに本を抱えてその場をあとにした。


 その姿を見届け、ヴェラルドが館内へ戻ろうとすると、一人残っていたクレスが真剣な様子で話しかけてきた。

「それでヴェラルド様、結局、外の血痕は一体?」

「クレス、おまえみたいな冷静なやつは嫌いじゃない。だが一発殴らせてはほしい。今のは空気を読んで、兵士たちと一緒に帰る流れだろ?」

「ですが、私は敵国の脱走兵を捜索しており」

「分かった分かった、答えてやるよ。確かにそれらしい血だらけの女なら来た。だが、もう死んでいる。"戦士である彼女"は、もう死んでしまった」

 ヴェラルドは含みのある笑みを浮かべたが、クレスにはその笑みに隠されたものが何なのかは分からなかった。

 だが目の前の元最高司令官が、適当なウソをつくような人物ではないと信じていたクレスは、彼の言葉をそのままの意味で受け取った。


「そうですか。お手数をおかけし、申し訳ありません。そのように報告しておきます。ですがご注意を。その脱走兵ですが、今回のゲンベル国の敗戦における戦犯として、ゲンベル国が彼女のことを捜しています」

「へぇ。見せしめに処刑でもするつもりか」

「ええ、その通りです。本当に野蛮な連中です。なんでしたら彼女の遺体は、私が引き受けますが」

「その必要はない。そこまでおまえに迷惑をかけるつもりもない。もう夜も遅い、おまえも早く帰れ。遅くなると、お父上が騒ぎ出すぞ。『ついに息子が夜遊びを覚えたのか! これで晴れて大人の仲間入りだ!』って具合でな」

 クレスは苦笑する。

「そうならないよう、早く帰りたいと思います。――あの、それでヴェラルド様、話は違うのですが。あなた様に、大切なお願いがございます」

「断る」

 先手を打って拒否したヴェラルドだったが、それを気にせず、必死な様子でクレスが頼み込んでくる。


「どうか、どうか我々のもとへ戻ってきていただけませんか? 我がラマティア国は、あなた様の力を必要としています。敵国ゲンベルとは今でこそ拮抗状態ですが、この状態がいつまで続くのか油断できない状況。こんなときにあなた様のお力があれば」


「荷物持ちなら勘弁してくれ、腰痛なんだよ。労働力ならほかをあたってくれ」

 手をひらひらと振ってヴェラルドは館内へ戻ろうとしたが、それでもクレスは引き下がろうとしなかった。

「あなた様は我軍に革命をもたらした。誰も思いつかないような奇抜で目新しい戦法を思いつき、どの賢者よりも豊富で実用的な知識を有する。あなた様のおかげで、我が国は憎きゲンベルの猛攻を押し返し、滅亡の危機から救われたのです。だからこそ、再び我らに力を貸してくだされば」

「おまえは、"図書館"の基本にして、もっとも大切な理念を知っているか?」

 急にそんなことを聞かれ、クレスは困惑する。

「い、いえ。何なのですか?」

「簡単な話だ。


『すべての人は、すべての本を読む権利がある。

 それと同時に。

 すべての本は――すべての人に、読まれる権利がある』


 つまりだ。俺の言いたいことが、おまえには分かるか?」

 仰々しい様子でそう語るヴェラルドだったが、クレスには彼が何を言いたいのか理解することができなかった。

「も、申し訳ありません。よく意味が……」

「俺はもう、ここの館長だ。政治や軍事に関わる気は一切ない」

「……そうですか。とても残念です」

 クレスはしゅんとなる。

「おまえも何か本を借りていくか?」

「いえ、結構です。本など見飽きるほど家にありますので。……では、失礼します」

 気落ちした様子のクレスは、ゆっくりと息を吐く。

 それから彼は、名残惜しそうに何度か振り返りながら、その場を立ち去った。



 彼の後ろ姿を見送りながら、ヴェラルドは誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。

「戦士としてのアリアーヌは、もう死んだ。これから彼女はここで生きていく。なんて、残酷な話だ」

 それだけを言うと、ヴェラルドは館内へと戻っていった。

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