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第1話 戦士の来館

 戦場で命を燃やし、戦場で命を散らす。

 そのことにアリアーヌが疑問を感じたことはなかった。

 それは彼女にとって当然のことであり、揺るぎない信念でもあった。

 

 彼女の両親はどちらも武人だった。

 敵国との戦いで二人とも輝かしい戦果を上げ、国中から称賛を集め、そして最後は剣を握りしめたまま戦場で共に命を散らした。

 

 そんな誇り高き両親のような戦士になる。

 アリアーヌが幼いころから願っていたその夢は、もうすぐ叶うはずだった。



 今回の戦いで、彼女は初めて突撃部隊の隊長として選ばれた。

 初めて任された重責に、彼女は武者震いせずにはいられなかった。


 そしてついに迎えた、開戦のとき。

 彼女は愛馬に乗り込み、さっそうと敵陣の中に切り込んでいく。

 立ち並ぶ敵兵を蹴散らし、向かってくる矢や魔法の爆撃を次々にかわしていく。

 後方に続いていた部下たちは、敵の猛攻に耐えられず進みを止めてしまったが、アリアーヌだけはただひたすらに前へ突き進んだ。

 敵の大将のもとへたどり着くために。自分の夢を、叶えるために。


 そのため、敵の騎士団長の剣によって、自分の体が大きく斬られたとき、アリアーヌを襲ったのは激しい虚無の気持ちだった。


 なんの戦果も上げることができずに、ただ自分の命が散っていく。

 "無"だ。そこには何も残らない、無しかないのだ。


 意識を失う間際、彼女は両親の映る走馬灯を見た。

 両親はその手に、剣を持っていなかった。

 そのかわりに、穏やかな笑みを浮かべながら、アリアーヌへ本の読み聞かせをしていた。

 あたたかい思い出。

 すっかり忘れてしまっていたその光景を思い出し、彼女は小さな笑みを浮かべてから、意識を手放した。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「大変っ、大変です、館長!」


 "図書館"の中に、少女の大きな声が響き渡る。

 利用者がいれば迷惑な話だが、さいわい今は誰の姿もなかった。

 というよりここずっと、誰もやって来ていない。


 もっと宣伝に力を入れるべきかとヴェラルドが思案し出したころ、先ほどの少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「館長! 大変なんですってば! 聞いてますか!!」

「聞きたくはない。だがフェアリ、おまえの声は大きすぎる。うっかり聞こえてしまったじゃないか」

 "館長"であるヴェラルドが不満そうに言うと、フェアリと呼ばれた少女は怒ったようにほおをふくらませる。

 小柄なその少女は、なぜかメイドの格好をしており、今はその愛くるしい丸い瞳で精一杯の怒りを表現しようとしている。


 フェアリは右手に持った"はたき"を、ヴェラルドへ突きつけた。

「館長なんですから、もっとちゃんとしてください! 服もそんな適当なものじゃなくて、もっとしっかりとしたものを着ればいいのに」

「おいおい、バカを言わないでくれ。俺が着ているこの"白衣"は、正装だ。あの有名な何とか王国が残した歴史書の1ページ目にも、『白衣こそマジで最高』と書いてある可能性があるかもしれないだろ。それに王と初めて面会したときでさえ、この格好だったんだぞ」

「だから周りから、白い目で見られてたんですよ」

「なるほど。"白衣"だけに"白い目"ってことか。フェアリ、やはりおまえは俺と同じくらいのユーモアのセンスを持っているようだな」

「そんな最低の評価をしないでください。というか今はそんなことより、本当に大変なんです! つい今、図書館の入口前に、血だらけの女の人が倒れてて!」

「裸のおっさんが寝てるよりは、まだましな事態に思えるが」

「そういう問題じゃありません! まだ息はあるんですが、とにかく彼女を今すぐ手当しないと。早く入館の許可をください」


 フェアリの頼みに、ヴェラルドは顔をしかめた。


「何度も言ってるが、入館は自由に決まってるだろ。俺の許可なんて必要ない。だが、治療のために誰かを中へ入れたいだけなら、話は別だ。当然、断る。ここは病院じゃないぞ」

「び、びょういんってなんですか?」

 小首をかしげる少女に、ヴェラルドは特に返事もせずに笑みだけを返す。


「も、もうなんだっていいので、館内へ入れてあげてくださいよ。このままじゃほんとに」

「分かった、分かったから騒ぐな。うるさくて耳に穴が開く。話を聞いてくればいいんだろ」

 ヴェラルドは読んでいた歴史書にしおりを挟むと、体を大きく伸ばしてから、入り口へと向けて歩いていった。



 この図書館はあまり大きくはない。というより小さい。

 少し歩けば、すぐに入り口へとたどり着く。

 棚に並んでいるどの本にも、ほこりの一つも溜まっていないことに感心しつつ、ヴェラルドはようやく女性のもとへたどり着いた。


 すでに開いていたドアの先には、確かに血だらけの若い女性が倒れていた。彼女の赤褐色の長い髪にも血がついてしまっている。

 彼女の隣では、一匹の馬が心配しているかのように彼女のことを見つめていた。


 ヴェラルドは女性のそばに歩み寄ると、その場にすっとしゃがみこんだ。

「おい、まだ話せるか? 隊長さんよ。景気よく斬られたみたいだな」

「た、隊長なんですか?」

 ヴェラルドの後ろについてきていたフェアリが尋ねた。

「ああ。この顔は、ゲンベル国の新参の隊長様だな。名前はアリアーヌだったか」

「ゲンベル国ってことは、敵国の?」

「敵、か」

「あっ。ご、ごめんなさい」

 自分の失言に気づいたフェアリが、申し訳なさそうに謝る。

 そんな彼女にちらりと視線を向けてから、ヴェラルドは倒れ込んでいるアリアーヌを指でつついた。

「で、そろそろ起きてくれないか。俺も暇じゃないんだ。さっきまで暇つぶしの本を読んでいたくらいには忙しい身なんだと理解してくれ」


「……っ」


 そのとき、今まで気を失っていたアリアーヌがわずかに体を動かした。

 なんとか意識は取り戻したようだが、とても話せるような状態ではなかった。

 そんな彼女に、ヴェラルドはなれなれしい様子で声を掛ける。

「アリアーヌ、何か読みたい本はあるか? なんでもいい。ここには、なんでもあるぞ」

「そんな、いま尋ねても」

「黙ってろ、フェアリ。これは契約の話だ」

 思いのほか強い口調で言われ、フェアリは体をびくっとさせる。


 ヴェラルドは先ほどまでとは違い、真剣な口調で、横たわるアリアーヌへ語りかけた。

「答えてくれ。読みたい本は、何かあるか?」

 長い沈黙が続いたあと、消え入るような声でアリアーヌが答えた。

「……ぼう、けん」

「冒険か。主人公は誰だ?」

「……ちい、さい。おんなの、こ」

「となると、有名所だと『ルルの大冒険』か?」

 その本の名を聞き、アリアーヌは本当にわずかに、うなずいた。

「……あの話が、すきだった」

「また読んでみたいか?」

「……」

「答えろ。一言だけでいい。答えてくれ。またその本を、読んでみたいのか?」

 また沈黙がしばらく続く。後ろでフェアリが固唾をのんで見守っている。

 やがてアリアーヌは、最後の一言のようにして言った。

「……読み、たい」

「そうか。なら契約は成立だ」

 ヴェラルドは満足そうに立ち上がると、天井を見上げながら、大きな声を張り上げた。



「"館長"として、ここに誓おう!

 アリアーヌは今をもって、この図書館の"利用者"となった。

 今後なんびとたりとも、彼女の読書を妨げることはできない。

 俺のすべてをもって、利用者である彼女を守ってみせよう!」



 そう言い終わるやいなや、とつじょとして館内に大量の拍手の音が鳴り響き、荘厳な音楽が流れ出し、天井が何色もの色に輝き出す。

 まるですべてが、契約を祝福するかのように。


 その光景をジト目で見ながら、フェアリはため息をついた。

「この演出、恥ずかしいからやめませんか?」

「断る。こういうのは盛り上がりが大事だからな。それより早く彼女を中へ入れるぞ、手伝ってくれ」

「あ、はい!」

「そっと運べよ。老後の俺をいたわるようにだ」

「じゃあ大きなゴミ箱を用意しないといけませんね」

「実に冷たいな。なんで俺の周りにはこんな冷たいやつばかりが居るんだ」

「あたたかい人は察して館長から逃げ出すからじゃないですか」

「正解だ」

 そんなことを言いながらも、二人は慎重にアリアーヌの体を運んでいく。彼女はまた意識を失っていた。


 ヴェラルドがちらりと外へ目をやると、地面には彼女がここまで移動してきた血の痕跡が残っていた。

 面倒事になりそうだとヴェラルドは察したが、そんなことよりも、今はもっと重要なことを考える必要があった。


「ルルの大冒険か……。いま貸出中だったな」


 彼女が目覚める前に、きちんと本を用意できるのか。

 ヴェラルドはそちらの心配ばかりをしていた。

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