1人目のお客さん。
何度か修正しています。最新更新日2020.04.07
1人目のお客さん。
第13章 受験生と魔女
わからない、自分が何をしたいのかわからない。
目の前には返された自分の答案用紙。隣の別紙には『合格判定D』の文字。
「今11月、受験まであと3ヶ月しかないのわかってるよね?」
「はい」
返事をする。
「うちの塾としてはね、生徒の気持ちを優先したいからギリギリで志望校変更はしたくないわけ、わかる?」
「はい」
返事をする。
「ほんとにわかってる?君は普段の学習態度からして 受かりたい ていう気持ちがあるようには見えない。今日だって課題忘れたんだろ?」
「……はい」
返事をする。
僕を一瞥して塾長はため息をつく。そして何度も言われた言葉を僕に突き刺した。
「成斗君、きみは本当に受かりたいと思ってる?」
返事を……
返事を…しないと…
でも、いつも考えてしまう。
この解答は「はい」でいいのだろうか…
「合格!!」と書かれた塾のガラス扉を開けて、暗くなった帰り道をとぼとぼと歩き始める。
幼稚園、小学校、そして中学校。全て私立で母に言われるがままに受験してきた。
今回も同じ、親の選んだ高校に行く。迷う理由なんか無い。
そのはずなのに、半年前からだろうか…成績が下がり始めた。理由は簡単だ、勉強をしなくなったからだ。最近ではやる気どころか机に向かうこともしなくなってしまった。
母に褒められることが自分のやりたいことだった。
なのに今は……よくわからない。
わからない、自分が何をしたいのかわからない。
—嘘ね、本当はわかってる—
「えっ…」
“声”が聞こえた気がした。しかし、辺りを見回しても人らしきものは見当たらない。
というか……
「ここ、どこだ?」
立っていたのは知らない路地だった。この街には生まれた時から住んでるが、こんな場所は見たことがない。道の先に目を凝らすと、ぼんやりとだが灯りが見える。
先に進むと古めかしい木で組まれたログハウスがどっしりと構えていた。窓の灯りが辺りを薄暗く照らし、なんとも言えない雰囲気をまとっている。
看板には青い文字で「Witch’s Cafe」と書かれていた。
なるほど、外観が黒猫を基調として飾られたこの店はいかにも「魔女の館」っぽい。
「まぁ、入る気はしないけど」
そう呟いて、僕は来た道をUターンして歩き始めた。
どうやらかなり深い所まで迷い込んでしまったらしい。しばらく歩いても見覚えのある道にはならなかった、不安になり無意識に足並みが速くなる。
途中に曲がる箇所が無く、一本道なのは助かるが街灯が1本もないせいでよく見えない。
ようやく視界の先に再び灯りが見えた。安心感と共に歩く速さがもとに戻る。
「えっ…」
唐突に安心感が裏切る。
灯りの根源は例の魔女館だった。どう見てもさっきと同じ店である。
背筋をゾォォッと悪寒が撫でる。
気づいた時には走り出していた。おかしい、どう考えてもおかしい。
恐怖にまかせて走り続ける。しばらくしてペースが落ちてきた、体力が限界になって立ち止まる。
「はぁっ………はぁ…はぁ……どうなって…っ……」
その言葉は途中で切れた。なぜなら目の前に再び「Witch’s Cafe」の看板があったからである。そこで固まったことを僕は後悔した。
ばんっ と勢いよく店の扉が開き、そこに吸い込まれるように体が宙をとんだ。
ズッテェェーン と板張りらしき材質の床に派手に着地した、顔から。
すると2人の声が聞こえた。
「いらっしゃいー」
と明るく機嫌のいい声が一つ。
「アリアさん、ちょっと強引過ぎません?」
と呆れてたような声が一つ。
店内だった。
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