表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

悩み

何度か修正しています。最新更新日2020.04.07

第8章 黒猫ペル

ドアノブを持つ右手が異様に重い。本能的にこの扉を開くことを拒絶しているようだ。


「はぁ~」


ひとまずドアノブから手を離し、ため息をつく。

ふと横に目を向けると、『Witch's Cafe』と書かれた看板が目に入る。


「ニャー」


背後からそんな声が聞こえ、ギョッとして振り向くと黒猫がちょこんと座っていた。


「おまえ…」


見覚えがある。それもそうだ。最初にこの店を訪ねた時、こいつに噛まれた記憶はまだ新しい。


「おまえ…」


先程と同じセリフだが、確かにこめられた殺気に向こうも気づいたらしく、背筋を緊張させた。ゆっくり後ずさりしていくが、そちらには閉ざされた門がある。いくら猫に跳躍力あるといっても、ここからなら必中距離だ。飛び上がったところを狙ってやる。


「さぁ、この前のお礼をたっぷりしてやる」


こちらも足を曲げ、踏み込む準備をする。


「にゃ、ニャー」


追い詰められた黒猫が、情けない鳴き声をあげる。

少しの間の直後。


「うりゃっ」


力強く踏み切った右足が地面と擦れて火花を散らす。

まっすぐ伸ばした手が猫に急接近する………はずだった。

不意に右斜め後方から衝撃に襲われた。進行方向を左へそらされ、門の横に伸びた石塀に激突する。


「ペル、ここにいたの?」


扉を勢いよく開けた張本人が飼い猫を見つけて、そんなことを言う。


「ニャー」


ペルと呼ばれた黒猫は満足そうに鳴いた。




第9章 バイト

昨日のことである。魔女に素直な悩みを述べ、怒られた俺は、魔女にこんな提案をされた。


「では、うちで働きますか?」


「………いや、なんでそうなるんですか」


「人手不足なんですよ、そろそろうちを一般の方にも解放しようと思っているので……」

そこまで言って魔女は、テーブル横の窓枠で丸まっている黒猫を見た。


「この子のお世話もお願いしたいし…」


「それは絶対に遠慮します」


何となく、黒猫も嫌そうな顔をしたのは気のせいだろう。


「そんなに悪い話ではないと思いますけど? あなたの金欠問題も解決しますし…」


「……………………」


もちろん、普通なら喜んでバイトを受けるはずである。しかし、残念ながらここは普通の喫茶店ではなく、ましてや魔女がオーナーである。そう簡単に首を縦には振れない。

すると、こちらの沈黙を肯定と受け取ったのか魔女は話を進めた。


「では、まずは自己紹介といきますか。私はアリア、ここのオーナー兼魔女です。よろしく」


どうやら、最初から俺に拒否権はなかったらしい。


「榎坂蓮です。よろしくです」


「早速だけど、バイトの経験は?」


「ありますよ、配達とファミレスのキッチンやってました。」


「接客ははじめて?」


「まぁ、そうなりますね。あまり自信ないです…」


「うーん、まぁ、何とかなるでしょ…」


アリアと名乗った少女は椅子から立ち上がりながら、そんなことを言った。


「…………」


対して、黙り込む俺。


「どうかした?」


その様子を見て、アリアは俺に問いかけた。

やはり、聞いておくべきなのではないだろうか…


「あの、どうして俺なんですか?別にバイトを雇うだけだったら、もっと接客経験のあるやつとかに頼んだ方が…」


「バイトを雇うだけじゃないからよ」


少女は、話を遮るように答えた。


「だけじゃない、とは?」


今度は、向こうが黙り込む番だった。

アリアは、しばらくしてこう言った。


「だって、あなた…本当に悩みが無いわけではないんでしょ?」




第10章 バイト初日

昼下がり、『Witch's Cafe』のカウンターで俺は考えていた。


「なんでこうなったんだ…」


具体的に言うと、なんでここでバイトをしているのだろうという問である。昨日魔女に出会って、雇われて…


「今喫茶店で皿洗いをしてる訳なんだが…」


一度手を止め、蛇口を閉める。勢いを失った流水が、水滴となってシンクに溜まる。


「なんでこうなった?」


電車を乗り過ごしたから 否

充分な睡眠を取っていなかったから 否

この店に入るという選択をしたから……たぶん否

悩みを抱えているから…


「いや、それも違うか…」


そう、悩んでない。


「でも…ここに来たことを考えるなら、」


悩んでいるのかもしれない…


「考え事?手が止まっていますよ」


気がつくと目の前に先程の"どうしてこうなった?"の元凶がいた。


「いえ、別に」


「間違いなく、今何か考えていたように見えたけど?」


俺の事を怪訝そうな目で見た彼女は、昨日と変わらず、とんがり帽子とローブに身を包んでいる。


「まぁ、いいわ。それより準備して、そろそろお客さん来るから…」


「どうしてわかるんですか?」


俺がそう言うのと同時に店の扉かカラカラと音を立てて開いた。

すると、扉の中から一人の男性が入ってきた。




その男性は酷く落ち込んでいた。

歳は20代前半、整ったスーツとカバンから真面目な性格なのが伝わってくる。

おそらく、会社で何かあったのだろう。俺は勝手にんなことを思った。

男性は、店の奥にある暖炉を少し見つめたが、結局一番近い席を選んだ。椅子にかけると窓の外を眺め始めた。しかし、その目は何かを捉えている訳ではない。ただひたすら、遠くに据えられている。

相当やられてるな………


「あれはそう簡単に立ち直れないんじゃないんですか?」


俺はアリアに尋ねた。


「それを何とかするのが、私の役割よ」


そう言いながら男性に歩み寄って行った。


「ご注文はお決まりですか?」


男性はアリアを見ると、驚きながらも不思議そうな顔をした。それもそうだ。だって、目の前に魔女がいるのだから…

正直、男性がどんな反応をするのか楽しみだった。しかし、俺の期待とは裏腹に男性は冷静だった。


「そうか、今日はハローウィンだったか」


えっ……

俺はその言葉を理解するのにしばらくかかった。

そっか、昨日のテスト最終日は10月30日はハローウィン前日だった。

どうやら、アリアの姿は仮装と捉えられたらしい。

男性はアリアの不思議な姿を見て少し怪訝そうな顔をしながらも、ブラックコーヒーを注文した。



「お待たせしました」


アリアはコーヒーを男性の前に置いて、こう言った。


「何かあったんですか? 随分と落ち込んでらしゃいますけど…」


「えっ、あ、いや…」


まさか、喫茶店で自分の悩みを聞かれるとは思ってなかったらしく、男性は動揺した。


「いや、他人に言うことではないので」


「これは自分の問題だから…ですか?」


「えぇ、まぁ…」


「そんなふうに心を塞いでいると、向こうも振り向いてくれませんよ…」


アリアは真剣な眼差しを男性に向けた。その銀色の瞳に宿る光は、男性の何かを見抜いたようだった。


「なんで……」


男性は単純に驚いた。どうやら魔女の予想は当たったらしい。





「また来ます」


男性は吹っ切れた様子で店を出ていった。


「お待ちしています」


アリアは笑顔で客を見送った。

男性は会社の上司である一人の女性に恋をしたそうだ。が、最近その上司の婚約が決まったらしい。


「これからどうするんでしょうね、あの人」


「さぁ、それは彼次第よ…でもそれなりのとこに落ち着くんじゃない?」


「だといいですね」


不思議なことに、この時俺は、清々しい気分だった。



第11章 帰宅


「ただいまー」


返事はない。

玄関を上がってリビングに入ると、食卓に一枚の紙が置いてあった。


「今日は遅くなりそうです。冷蔵庫に入ってるものを適当にどうぞ。詩音に早く寝るように言っておいてー 母より」


今日も兄妹だけの夕飯になりそうだ。バイトのことをきちんと話しておこうと思ったのだか、明日になりそうだ。

そんなことを考えていると、玄関から知っている声がとんできた。


「ただいまー、あれ?お兄ちゃん今帰ったとこ?」


そこには、妹の詩音が立っていた。同じ長さに切りそろえた黒い前髪、そして勝気な両眼は完全なる母親譲りである。


「ちょっとな…そっちは部活?」


「そうだよ、ねぇ聞いて、レギュラー取ってきたよ!」


「ほんと?凄いじゃん」


「リベロ貰ってきた!」


「あぁ、あのネット際の真ん中に居るやつか」


「お兄ちゃん…それセッター…」


バレーボールはあまり詳しくない。


「そろそろ覚えようよ、何度か試合見に来てるんだから」


そう言いながら、詩音は肩にかけていたスポーツバッグを食卓の椅子に置き、母の残したメモを手に取った。


「お母さん、今日も遅くなるんだ」


「みたいだな、飯の準備始めるか」


キッチンへ行き、冷蔵庫を開ける。


「てか、なんで今日はお兄ちゃんも遅かったの?」


詩音が壁の時計を見ながら言う。時刻は午後8時をまわったところである。


「まぁ、ちょっとな…」


俺は先程と同様に誤魔化した。バイトのことを悟られるのはいささか面倒だ。魔女に雇われたなんて、どう説明すればいいのやら…


「もしかして、お兄ちゃん…バイトでも始めた?」


もしかして、女の子というものはみんな見抜く力が高いのだろうか。


「…………」


俺は固まることしか出来なかった。


「お兄ちゃん」


「はい…」


「私、レギュラーに選ばれたんだよねー」


「へ、へー、凄いじゃないかー」


この話、落ちが読めた。


「最近すごく頑張ってるんだよねー、私」


「あぁ、うん、この調子で頑張ればいいんじゃないかな、うん…」


「うん、だから今後より良いプレーをするために……新しいシューズが欲しいなー」


やはり、そう来たか。


「まぁ、学業の方も良かったらな。詩音も昨日まで、テストだったろ?点数しだいかなー」


俺は何とか乗り切ったと思った。


「ほんと?やった!今回手応えよかったんだ、上から10位には間違いなく入ったよ!」


この中学二年生の妹は学業も出来るのを忘れていた。





「ふぅー」


浴槽の中で満足な息を漏らす。

昨日、そして今日とよくわからないものに振り回されている気分だ。

あのバイトには、やはり違和感を覚える。

でも、こんな俺でも誰かの悩みを解決することを手助け出来ている。そのことが純粋に嬉しかった。

案外アリなのかもしれない。それに……


「言ったからには買ってやらないとなー、シューズ…」


買うからにはそこそこいいものを買ってあげたい。


「頑張りますか…」


俺は風呂の水面に映る俺に向かって言った。


そういえば、あれはどうゆう意味だったのだろうか。


昨日バイトの話が決まった後、アリアが俺に向けて言った…あの言葉

俺は湯けむりの中で昨日の出来事を回想した。






「だって、あなた…本当に悩みが無いわけじゃないんでしょ?」


俺は、魔女に尋ねた。


「なぜ、そう思うんですか?」


魔女は紅茶に移る自分の顔を見つめながら、こう言った。


「だって、あなた……」


アリアはどこか悲しげに続けた。



「私と同じ目をしてるもの…」



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ