少女姿の魔女
何度か修正しています。最新更新日2020.04.07
第4章 魔女
「魔女」
それは古来より人々から畏怖される存在であるが、現代において憧れを向けられる存在でもある。とんがり帽子に魔法の杖を持ち、空飛ぶ箒を自在に操る。あるいは、怪しげな色をした液体に満たされた大釜を掻き混ぜる姿がお馴染みの魔女。その不可思議な姿に、きっと常人は違和感を持つだろう。
しかしあの日、「彼女」は普通の女の子に見えた。少なくとも、俺の目にはそう映っていた。
第5章 少女姿の魔女
目が覚めると、そこには一人の少女がいた。
黒のとんがり帽子に黒いローブ、胸元の銀のブローチ。
身につけているものは、まさに「魔女」なのだが、気になるのはその中身である。年は16歳前後に見えるが、妙に大人びた雰囲気をを感じる。おそらく、帽子の下から覗いている銀色の双眸のせいだろう。まっすぐとこちらに添えられた瞳は、美しくも怜悧な光を放っている。帽子から肩下まで伸びた髪も同じく銀の巻き毛で、ローブに包まれた透き通った白色の肌は、触れたら壊れてしまいそうなガラス細工のようだ。目の前の少女の姿に、俺はただ黙っていることしか出来なかった。
すると、彼女はテーブルからティーカップを持ち上げ、林檎色の唇にそっと傾けた。紅茶の香りが、空気を伝って俺の鼻を刺激する。
少女はそっとため息をつくと、その林檎色の唇を動かした。そこから生まれた言葉が、空気を揺らす。
「ようやくお目覚めですか?」
それが彼女の最初の言葉だった。
第6章 存在意義
さて、どうしたものだろうか。声はかけられたものの、なんと答えたらいいのやら……
とりあえず、もう一度彼女に目をやる。ローブから帽子、そして顔に目を移し、なにか言おうと努力したが……
また沈黙が続く。
さすがにずっと見つめられて、向こうもしびれを切らしたらしく、少し不満げにこう言った。
「何か言ってくださいよ…」
さすがに何か言わなければ、ほんとに怒らせそうなのでとりあえず、こう言ってみた。
「ぼ、ぼうし似合ってますね」
すると少女の表情が変わった。
おぉ、俺でも紳士的対応ができるじゃないか…と自分に感心していると…
「もしかして、喧嘩売ってますか?」
……どうやら怒らせてしまったようだ。
彼女は俺にコーヒーを出してくれた。そして、テーブルの反対側の席に座るとこう言った。
「それでは、あなたの悩みをお聞きしましょうか」
「へ?」
つい変な声を出してしまった…気を取り直して質問する。
「悩み?悩みってなんですか?」
「そこを問いますか…哲学者ですね、確かに悩みとは一概には言えませんが…」
「いやいや、そうじゃなくて!」
話があらぬ方向へ飛んでいきそうなのを寸前で止めると、彼女は不思議そうに言った。
「そうじゃないとはどうゆうことですか?」
いや、こっちが聞きたい。
すると、彼女は当然のようにこう言った。
「まったくない ってことはないでしょ?」
「…無いですけど」
そう聞いて彼女は困ったような顔をした。しばらく考えこむような仕草をすると今度は身を乗り出して俺の目を真っ直ぐ覗き込む。
同時に俺自身も彼女の瞳を見る。近くで見るとよくわかる、鏡の色に近い。なんだろう、紋様らしきものが入っているようにも見える。銀色の光に吸い込まれそうな感覚が少し怖い、何か奥の方にあるものに見られている…そんな感覚に見舞われる。いや、飲み込まれそうと言った方がいいのかもしれない。自分の頭の中が「銀」に塗りつぶされていく、徐々に、少しずつ、ゆっくりと…
あぁ…おれはここでいったいなにを……
「大丈夫ですか?」
彼女の声で我に帰る。
気づくと、乗り出していた彼女はもとの位置に戻っていた。
「えぇ、大丈夫です…たぶん」
どうやら睡眠不足がかなり効いてるらしい。
「うーん、わかりました。とりあえず説明しましょう」
説明が始まるらしい、家に帰って寝るのはもう少し時間がかかりそうだ。
彼女は右手を胸に当ててこう言った。
「私は魔女です」
第7章 困惑
「…………」
目の前にいる少女から突然正体を明かされ、驚くべき所なのであろうが、単純に こいつ何言ってんだ… と思ってしまった俺はどうすればいいのだろう。いや、うすうす勘づいてはいたのだ。しかし、いざ言われてしまうと何だか、遠いところに来てしまったような気分になる。
そんな気持ちとは、裏腹に少女は話を続けた。
「別に信じてもらえなくても結構ですよ、どちらにしても私が魔女である事実は変わりませんから」
「なるほど…あの、いくつか聞いても?」
「年齢はダメです」
「あ、はい」
そうじゃない。
俺は一番の疑問をぶつけてみた…
「その…ま、まじょさン? あなたは…」
「魔女です。語尾を上げないでください、疑われている気がします」
さっき、信じなくていいって言ったじゃないか!
「すみません。それで…魔女さん。あなたはここで何をなさっているのですか?」
「お悩み相談を受けています」
意外と平凡だった…
「まぁ、具体的にはここに迷い込んだ人達の悩みを聞いて、解決するというもので…場合によっては私が軽く手を施すって感じですね…」
「魔法的な何かですか?」
それ聞いた途端、急に魔女が吹き出した。
「あはは、そんな大層なものじゃないですよ…そうですね、おまじないのようなものですよ。」
少女は、余程ツボにはまったらしく、しばらく笑い続けた。正直こちらとしては、真面目に聞いたので結構傷ついた…
そんな気も知らず、彼女は先程と同じ質問を繰り返した。
「すみません、おもしろくて つい…それではあなたの悩みを聞きましょうか。警戒しなくても大丈夫ですよ、ここに来たからには必ず解決しますから。素直に言っちゃいましょう!」
俺はその質問について、様々な思考を巡らしたが、最終的に“素直”にこう言った。
「…ないですね……」
「あー、そうですか大変ですよね。私も経験あり………は?」
少女は俺の返答を聞き間違いと思ったらしく、もう一度尋ねた。
「すいません、もう一度お願いします」
「ないです」
店内は再び沈黙の空間と化した。
「やっぱり、喧嘩売ってますか?」
どうやら、俺は魔女を怒らせるのが得意らしい…
「そ、そもそも、この店を尋ねた人すべてが悩みを抱えてるとは限らないじゃないですか」
間違いなく正論だ。そう思った。
すると彼女は、「それこそない」といった口調で話し始めた。
「ここには悩みを抱えた人しか辿り着けないようなまじないがかかってるんですよ。それも、ある程度の悩みを抱えた人だけしか……」
そこまで言って魔女は、俺を軽く睨みつけた。
これはさすがに何か一つでも悩みを言わなければと思い、必死に考えた上でこう言った。
「強いて言うなら、金欠です」
「いい加減、怒りますよ…」
…また怒らせてしまった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。