ハローウィン前日、一人の魔女と出会う
何度か修正しています。最新更新日2020.04.07
第一章 プロローグ
『Witch's Cafe』
看板にはそう書いてあった。
「魔女…の?」
ニスの塗られたベニヤ板に、手書きで書かれた看板からは妙に惹かれるオーラが出ていた。
俺はそのオーラに誘われるように、扉の方へ歩いて行く。
店の扉には黒猫の装飾がされていて、それとなく男が入るにはハードルが高いように感じさせるが、意を決してドアノブを引いた。すると、歓迎するように珈琲の香りが俺を包んだ。
第二章 見知らぬ喫茶店
「やっと…おわった…」
今日、10月30日は後期中間テストの最終日で、たった今、最後の科目である現国の解答用紙が回収された。
眠い。さすがに一夜漬けは応える。
ここ、私立海浜高校の2年1組の教室は、校内で一番日当たりがいい。窓際の俺の席は、仮眠をとるにはベストポジションだ。
「蓮が計画的にテスト勉強しないからそうなるのよ」
コツコツとシャーペンを持った右手で、俺の頭を軽く叩きながらそいつは俺に言った。
「それが出来たらこんな苦労しねぇーよ。それと麗奈、シャーペンで人の頭をつつくのはやめろ!」
俺は麗奈からシャーペンを取り上げた。それからまた突っ伏し、目を閉じたものの…麗奈は定規で俺の頭を再び叩き出した。
「だから、やめろっての!」
「あら、中にちゃんと詰まっているか確認しているのよ?」
この女は、こうゆうことを真顔で言うから困る。
「はぁ~、頼むから休ませてくれ。今は内容量より限界を超えた稼働時間の方で頭がピンチなんだ」
「そうなの? それじゃ、ひとまず寝たら?」
こいつ……。
結局、あの後はすぐ掃除で寝れなかった。あくびを噛み殺し、ひとり呟く。
「早く帰って横になりたい…」
立ったまま寝れそうだ。まぶたが重力に負けそう、視界が狭まっていく。
「あんた……駅のホームで寝るつもり?落ちるわよ」
はっ と驚き、隣をを見る。そこには本を立ち読みしている少女が1人。麗奈だ。
「大丈夫だ、寝てない」
「寝てたわよ」
視線を本に落としたまま麗奈は答えた。彼女とはいわいる幼馴染の関係である。前髪から覗く黒い瞳が上下に動き、文字を追っているのがわかる。女子にしては少し長身の印象、すらっとした立ち姿はいかにも優等生と言える。やや長い黒髪はいつもはそのままなのだが、今日はテストのためかポニーテールにしている。
こんな所でも読書とは、やはり学年トップの成績を持つだけはある。
「何読んでるんだ?」
「幼馴染を振り向かせる方法100選」
麗奈はまたもや本に視線を固定したまま答える。
「へ、へぇ……」
本当なのだろうか。ちょっとだけその真偽を問いたくなる。
「というか、今日金曜だろ?部活はいいのか?」
彼女は運動も優秀である、現に陸上部エースの実力を持つ。
「あんたがふらふらしながら帰ってるのが見えたから、心配で追いかけてきたのよ」
「…………」
「嘘よ、今日は休みになったの」
なんなんだろう、この人…。
これが、文島麗奈という人間である。
「寝過ごさないようにね。じゃ、また。」
そう言って麗奈は電車を降りていった。中学までは隣同士の家だったのだが、高校に入った途端「一人暮らしをする」と言って最寄り駅からひと駅先のアパートで今は生活をしている。
少し憧れるが、ちょっと俺には真似ができないことだ。
「…どうも今日はついてないらしい。」
完全に乗り過ごした。言っておくが寝てはいない、少しだけウトウトしていたら終点に着いたというだけである。
といっても終点が最寄り駅から二駅だったのは助かった。次の電車までたいぶ時間があるので、歩いて帰ることに決めた。
「よっこらせっと」
まだ眠気の取れない体をホームのベンチから無理やり引き剥がし、俺はとぼとぼ歩き始めた。
五分ぐらい歩くと眠気も薄くなってきた。しかし、徹夜特有のだるさまでは消えず、早く横になりたい気持ちは変わらなかった。
近道をしようと、いつもは通らない路地裏に入った。小学生の時はこの道でよく遊んだものだ。
古い記憶を頼りに進んでいくと、ひとつの店が建っているのに気づいた。
「あれ、こんな所に店なんかあったっけ?」
新しく開店したのだろうか?
しかし、それにしては年季の入った雰囲気を醸し出しているように感じる。丸太組のログハウスで、所々にツタが生い茂り、至るところに黒猫の装飾がされている。
そう、まるで………
「魔女の家みたいだな」
すると、その言葉に反応したのだろうか。風がどこからか吹いてきて、背中を押されるような感覚に見舞われる。
しばらくすると風はやみ、もとの静けさが戻っていた。
ふと、看板に目をやる。
『Witch's Cafe』
白い文字でそう書かれていた。
第三章 魔女の家
店内も、やはり黒猫の装飾や置物ばかりで、この店の持ち主の趣味がうかがえる。その中で一際目立つ黒猫の剥製に惹かれた。
撫でようと手を伸ばすと、剥製がいきなり噛み付いてきた。
「痛ったっ!」
猫は にゃー と一言満足そうに鳴いて、近くの窓から店の外へ出て行った。
「手慣れてやがる、初めてじゃないな…」
趣味の悪い猫もいたもんだ。
俺は噛まれた指をさすりながらテーブル席に腰掛けた。改めて店内を見回すと、案外居心地がいい。温度も心地よくて、珈琲のいい香りもする。
俺はまた、うとうとしてきて…窓枠に寄っかかった。そのまま寝るつもりは無かったが、眠気の魔力にはかなわなかった。
次に目を開けた時、俺は目の前の光景に言葉を失った。テーブルを挟んで向かい側に一人の少女がカップを片手に座っていたのだ。
少女は、華奢な色白の指でカップをテーブルの上に置くと、こちらを見て、笑顔をつくった。
「ようやくお目覚めですか?」
それが彼女の最初の言葉だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。