ヘッジホッグ@零(ぜろ)
二十五世紀末、旭本とGCは経済的衝突を……戦争で解決することに。私達は殺戮を正当化しなくていい。ただ生き残る為の手段なのだから。
ハニカム構造のチャンバーに納められた私。
同僚達と並んで入ってはいるが、身動ぎ一つ打たないので静かなものだ。出撃前は大抵、連結仮想空間内に漂っているだろうし、その状況では何も動く必要もない。
戦闘開始前の今は、自分だけの時間を守りたい者は私のように、狭く窮屈なチャンバー内部で色々と夢想に耽っているのだろうか?
強固に設えられた装填管の見た目はその構造からfighting bee house(戦闘蜂の家)と揶揄されている。だけど私は思うのだ。
戦闘蜂、とは私達のことなのだろうが、私達は蜂としては長く翔べる訳ではないし、蟻として見ても少々違う気がする。
大半の蜂は肉食で、巣穴に運ぶ幼虫の餌は捕食した昆虫や、生き物の死体から噛み千切って作った肉団子だ。
それらを巣穴に運び、幼虫に与えるのが働き者の蜂達なのだ。ましてや蟻に至っては巣穴の補修や維持管理まで行うのだ。とてもじゃないが我々とは似ても似つかない。
そうは言っても、客観視すれば我々は相手に死を分け与え、己の為ならどんな非道なことも厭わないのだ。やはり戦闘蜂、と呼ばれるべきなのだろうか?そして……敵はそう思っているのだろうか?
《……眠りの時は終わりを告げる、水面から飛び出そう…………命の限り、風と舞い…………炎をかざし、灯を点そう…………そして大地に、脚を着け…………眠りに就こう、目覚めまで……♪》
そうやって無想していた私の脳内に、甘美な歌が鳴り響く。忘れたくても忘れられない……作戦行動時間を伝えるアラームだ。
格納チャンバーが動き、直下の投下口が開く準備を始める。我々が搭載されている巨大な航空要塞……通称beenest(蜂の巣)が飛ぶ高度は宇宙のやや手前。空気が薄い為、与圧された制御室以外で防護服無しの行動は生身では出来ない。
《……作戦行動開始前、…………五、四、》
睡眠時学習機能、と言えば聞こえはいいが、結局は寝ている間に洗脳一歩手前の情報挿入をされているのだ。……人権?そんなもの戦場では見たことないし、落ちていたら即座に射殺してやる。私が知ったことか。
《……二、一、》
投下口が開けられれば即時戦闘開始だ。目的地に降下して友軍ビーコン以外を全て抹殺するだけの簡単なお仕事。捕虜に成らない捕虜は採らない。簡単なお仕事だ……本当に。ただし、実行中に【自分が殺されない】ようにするのを両立させながら、と言う条件付きだが。ドローンだらけで働かなくとも活きていける世界なのに、その世界を確保する為の戦争を強いられる人間達は、蜂より下等生物に決まっている。
《零。武運長久を……》
瞬時にハッチが開き、チャンバーが回転すると一瞬後には大気の只中へと放り出される。自由落下による大気圏放出。原始的で乱暴だがこれが一番簡単で安全だ。機械任せと違い重力は間違いなくその仕事を確実に果たす。
自由落下していく私の周りを、綺麗な放射状に拡散されていく様々な欺瞞ビーコンや攪乱用ドローンが、直ぐ様互いにぶつかりもせず縦横無尽に飛び回る。だが自分達はそれらとは異なる動きも何もせず、ただひたすらに落下していく。
大気圏突入するとマグマみたいに過熱しないかって?当然そのまま自由落下をすればそうなるが、ブレーキの為の補助翼を上手に使い減速は行う。しかしいずれは分離廃棄しなければならない。過熱した物体は赤外線追尾を容易に受ける。
ドローン等が意図的にする不規則な行動は、地上からの攻撃対象に選定され易いが、自由落下の物体は後回しにされ易い。戦闘終了後に陸上要員に拾わせれば、それで事足りるのだから。
今回、私の戦闘行動はこの陸上要員を狙う。軍人だろうが民間人だろうが関係ない。殺しが仕事、破壊が仕事。死神よりも速やかに躊躇い無く実行せよ。
さぁ、無事に地対空キルゾーンは切り抜けられた。今のところ友軍の損耗率は無視できる数値らしい。これが六割を越えたら作戦中止、策案者は更迭再洗脳。……私達を助けてはくれないのか?まぁ毎度のことだ。
地に着いた私達は、まるで小さな蟹のように地表の下へ潜り込む。硬い岩盤ではなく軟らかい黒土……噂ではGCは今でも地表での畑作もしているらしい。……病原菌や細菌兵器は怖くないのか?それだけ余裕があるのか、それとも只の個人主義なのか。
空を舞った蜂達が次は土竜か……忙しないな。
地表から地下に潜り込み、暫しの休息……戦闘時間が終了すれば帰投、作戦行動が満了すれば同時間の休暇。実に明瞭でホワイト。……だが既に作戦行動は一ヶ月続いている。……実にブラック。
使い道の少ない慰労金は貯まる一方で有り難みも薄らぐのだが、無いよりはいい。いつか生身に戻ったら……何をしようか?
さて、敵が来るまで暫しの眠り……それまで生身の頃の夢でも観られたら幸せだ……果たして思い出せるのか、不安だが。