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緋色の島  作者: 都月 敬
1日目
9/46

開封

——下って、登って、また 30 分。

もうじき我が校舎へ戻ろうかというところで。


「次はこっちだ」


要が脇道へとそれていく。


修人

「次て。まだ何かあるのかよ」

「バカもの。この島のスポットがたった一つしかないはずがあるまい」

修人

「知らねぇよ」


今は島のスポットの数よりも、腿に溜まった乳酸の方が問題だ。

しかし筋疲労にすら気づかなそうなバカはとどまるところを知らない。


「次こそが、本日のメインディッシュにしてメインイベント!」

修人

「どっちだよ」

「近見高校七不思議が一つ、『開かずの石櫃 (せきひつ)』!!」

修人

「ええ〜」

「いや、そこは驚くところだろ、上がるところだろ。なぜ下がる、嫌そうに」

修人

「まさか、これから、あと七つも回るつもりか?」


もはや夕刻、黄昏時。西に開けたこの島全体が鮮やかなオレンジに染まる頃合いだ。

というより、もう足が痛い。山歩きは慣れてないんだってば。

しかしバカは自信満々、悠々と。


「安心しろ、友よ。我が高校の七不思議は、一つしかない」

修人

「は?」

「七不思議の最初にして最後、筆頭にしてトリを飾る『開かずの石櫃』へ、今こそ招待しよう!」


マントでも翻すかのごとく腕を開く。ジャージで。


修人

「……バカなの?」

「バカじゃね〜よ」

修人

「いや、バカだよ。なんだよ、一つしかない七不思議って。なら一不思議にしろよ。むしろただの不思議で十分だ」

「ふざけんな。『近見高校の不思議』じゃおかしいだろうよ。語呂悪いし」

修人

「なら、なんか作れよ、あと六つ。七不思議なんてどうせアレなんだから、どうとでもなるわ」

「アレとか言うな。どうにもなんないの。思いつかなかったの」

修人

「作ろうとしてんじゃねーか。定番なのあるだろう。階段の十三段目とか、開かずの教室とか」


曰く、屋上へ続く十二段の階段が、夜になると一段増える、とか。

曰く、鍵が紛失された使われていない教室から、夜な夜な何かが聞こえる、とか。


「うちの学校の階段な、十七段あるんだ」

修人

「多いな。十七段から十三段は、さすがに減りすぎだ」


露骨すぎて怪談にならない。校舎の高さすら変わってきそうだ。


「教室自体少ないしな、使ってないのは二階の奥くらいしかない。で、鍵は元々かからない」

修人

「開くんじゃ話にならん。じゃあ、校庭の銅像とか、人体模型とかは?」


曰く、二宮さんが歩く、とか、走る、とか。模型が内臓丸出しで踊る、とか。


「どっちもない。ついでにトーテムポールもない」


いや、トーテムポールの怪談なんて知らねぇよ。笑うのか? 怖いわ。


修人

「じゃあ、音楽室。目が光る肖像画とか、夜中に一人でに鳴るピアノとか」

「肖像画はないな。ピアノはあるけど、コンセントに繋ぐヤツでもいいか?」

修人

「うわ、電子ピアノか。幽霊が勝手に弾くんだから、問題はないんだろうけど、雰囲気がなぁ」

「あと、普段は抜けてる。弾ける人いないから」

修人

「わざわざコンセント挿す幽霊はダメだな。怖くないから却下。じゃあ————」


トイレの花子さん。

そう言おうとして、躊躇する。

なぜか、ふと、昨日の少女が思い出されたから。

いやトイレ関係ないし、ただの見知らぬ島少女その 1 なんだろうけどな。

口ごもったオレに、なぜかバカは誇らしげに。


「な、どうにもならないだろ? 自殺した生徒とかもいないしな」

修人

「それはいいことだろ。ならいっそ、残る一つもなかったことにした方がすっきりしないか?」

「んなわけあるか。代々受け継がれてきた由緒ある噂だぞ。で、これが『開かずの石櫃』」


唐突に。

予告もなしに登場したそれは、少なくとも見た目だけはそれらしい、石造りの何かだった。


修人

「——なにこれ?」

「なんなんだろうな」


そんな間抜けな会話が交わされるほどに、なんだかわからない代物。

お地蔵様でも祀られていそうな木造りの祠? に入った、四角い石柱?

だいたい 30 cm 四方で、高さは膝下くらいだろうか。人が入るサイズではない。

その上に碁石のように丸く削られた石が載っている。直径はやはり 30 cm ほど。

全体に一切の彫り物はなし。その他、一切の正体は不明。


修人

「なにか、言い伝えとかはあるのか?」

「先輩から聞いたところでは、この蓋が開かない、って」

修人

「いや、それは言い伝えとは言わない。もっと正式な、由来とか、縁起とか」

「さぁ?」


役に立たない。どこに由緒があるというのか。そもそもここって学校の内なのか。

こんな雑さでよく七不思議になったもんだ。もはやこのバカだけが呼んでいる可能性すら出てきたぞ。

考えれば考えるほどに重くのしかかってくる不信感。なのに、このバカはいと軽々と。


「というところで、さぁ、修人。開けてみようか」

修人

「開けてみようかって、開かないんだろ? っていうか、これ、本当に蓋か? 円いぞ」

「円いな。だが開けてみないと、開かないかどうかはわからない。蓋かどうかもわからない」


いや、蓋じゃなかったら、開かなくても当然なんだが。

ともかく、ここで問答していても埒が開かない。というより、そろそろマジで帰りたい。

見た感じ、石蓋? は載っているだけのようだ。本体とも、たぶん繋がってはいないだろう。

大きさ的にも、素材感からも、持ち上げられないほどの重さには見えない。


修人

「これで、もし開いたら、本当に七不思議は全滅だからな」

「これこそ我らが最後の砦。そう簡単に破られるものか」


どういう立場なんだ、お前は。


修人

「問題が発生したら、責任取れよ」

「任せておけ。認知でもなんでもしてやる」


最悪な返答を背に、オレは円石に手をかけた。

最後の疑念を振り払って、思い切って力を込める。


修人

「い、よっ、と————」


ゴ。

ゴゴ。

石同士の擦れる音がして————


「————あ、あれ?」

修人

「おい、開いてる、よな?」


重い。想像よりは、遥かに重い、が。

でも、間違いなく、持ち上がっては、いる。


修人

「開いたぞ」

「開いたねぇ」


さすがに、この次の展開は想定していない。まさか本当に開くとは思わなかった。

いい加減にしろ、このバカ。怒りとも呆れともつかない感情が湧く。

しかし、それ以上に。


修人

「重い! もういいな。下ろすぞ」

「——あ。ちょっと待て!」


開いた隙間を覗き込んでいたバカが、急に石櫃へ手を伸ばした。

すでに半分以上力を抜いていたオレは、慌てて力の方向を変えて。


ガゴン。


「……あ。」

修人

「おい。『なんてことしてくれたんだ、お前』みたいな顔すんな。お前のせいだろうが」


石蓋は、本体の上から外れ、盛大にひっくり返っていた。

もちろん、バカの手の圧潰回避のため、とっさに落とし所を変えた結果である。オレのせいじゃない。

見たところ、割れたり欠けたりということはないようなのが、不幸中の幸いというところか。


修人

「で、なんで、ちょっと待てだったんだ?」

「ああ、そうだ。見ろよ、これ」


バカの指が示す先。石蓋を取り除いた箇所に、白いなにかがあった。

本体と思っていた石柱は、どうやら土台だったらしい。

石蓋が置かれていた場所がちょうど円く凹んでいるだけで、中が空洞ということはなさそうだ。

そしてその凹みの中央に、白い紙が置かれていた。


修人

「なんだ、これ? お札か、なにかか?」

「っていうか、果し状みたいだな。宛名はないけど」


何と呼べばいいのか、オレにはわからなかったが、確かに要のいうとおり、果し状の形状に近い。

厚めの紙に包んであって、上下を折り返してある。おそらく、中身があるのだろう。


修人

「開けてみるか?」

「ここまできたらな」


恐る恐る手を伸ばす。

冷静であれば、別に怖がるようなことは何もないのだろう。

開くはずの石蓋が開き、中から封書が出てきただけだ。

由緒由来のあるものならば、勝手にいじれば叱られることもあるだろうが。

たぶん、今の恐れはそんなことじゃない。


手に取った。見たところ、年月は感じられない。

裏返す。裏にも表にも、石に潰されたシワなどもない。

上下の折り返しを広げ、開く。ぴんと、しっかりとした紙質。ついさっき折り込んだかのようだ。

中身を取り出す。左右二つ折りの、半紙よりは厚い、和紙。うっすらと、墨の色が透けている。

開く。細く、柔らかさを感じさせる墨跡が、四行。詩、いや、歌、だろうか。

隣から覗き込んでいた要が、おずおずと口を開いた。


「なんて、書いてある?」

修人

「読めるか、こんなもん」


流暢に崩した書体は、ワープロ慣れした高校生には読めるはずもない。文字の境すら曖昧だ。


「お前の父さんなら、読めるんじゃないか?」

修人

「そりゃ、まぁ。たぶん、な」


仮にも民俗学を趣味とするだけあって、古文書なんかを開いているところも見たことはある。

たぶんこれだって読めるだろうが。


修人

「でも、持って帰っていいのか、これ?」

「書き写すか? いや、ケータイで撮れば————」


その時。

ふわり、と。光が通り過ぎた。


「————へ?」

修人

「なんだ、今の」


次に。

がさり、と。茂みが鳴った。


修人・要

『————————っ !!』


同時に、走り出していた。声も出せずに。

光のせいでも、音のせいでもなく。単に張り詰めていた緊張が限界を迎えたせいで。


禁忌に触れた。

それを破った。

取り返しのつかないなにかを犯してしまったんじゃないか。

親とか、教師とか、そんなんじゃない、もっと絶対的ななにかに叱られるんじゃないか。

祟られるんじゃないか。なにかに。

そんな、根源的な恐れに突き動かされるように。


後ろを振り返ることもなく走って、転がるように坂を下って、しまいには本当に転んで。

足は棒のようで、全身は綿のようで、立ち上がることも考えられず、息を整えることも忘れて。

ただ、空を見上げて。

それで、ようやく気がついた。


修人

「————さっきの、灯台の光じゃね?」

「————音は、タヌキかなんかだよな」


幽霊の、正体見たり。


修人

「いっそ、ただの風、っていう可能性すらあるぞ」

「なんか、オレのケツのせいだった気もしてきた」


——バカだ。

考えてみれば、黒歴史として塗りつぶしてしまいたくなるくらい、恥ずかしい状況だ。

それでも。

オレたちは、二人揃って、腹抱えて笑った。

どうせ転んでるんだし、ひっくり返って笑った。


修人

「あ〜、さっきの紙、持ってきちまった」

「せっかくだから、お前の父さんに読んでもらおうぜ」

修人

「蓋も、落っことしたまんまだ」

「お前の指紋は残ってるな」

修人

「押しつける気かよ。責任取るって言っただろ」

「真面目で、大人しいヤツだったのに、まさかあんなことするとは。。。」

修人

「なに、声変えて取材受けてんだよ。尋問受けろよ、主犯!」


転がったまま、バカな話を続ける。

きっと、まださっきの興奮が続いていたから。

でもそれは、二人きりだったからできたことで。


駐在

「なぁにしてるんだ、お前ら?」

修人・要

『え?』


照らされる懐中電灯の明かり。

薄闇の中、浮き上がるのは、寝っ転がったバカ二人。


駐在

「仲良いのはいいが、そんなとこに転がってたら危ねぇだろが」

修人

「あ、ごもっともです。すみません!」

「もう、すぐ帰りま〜す!」


すぐさま立ち上がり、疲労も忘れて走り出す。

今度は、本当に顔から火が出るくらい、恥ずかしかった。

こんなにバカなことをしたのは、生まれて初めてのことだった。


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